第十五章 破壊の使 其ノ一

第十五章 破壊の使 其ノ一


 師と弟子は、長らく二人きりで話を続けている。

「血は、争えんな」

 セルゲイはため息をつきながらも、感慨深げにうなずくいた。

 トリエルからの言伝を聴いた後、クリノは言ったのだ。

「師匠、ご迷惑をおかけすると思います。私は、破壊の使になります」

 と、晴れ晴れとした顔で。

「あの手帳をマロウ様がラピナ国内のどこかで探し当てたということは、父は転換期にラピナへ戻り、星の霊司になるつもりだったのでしょう。父と母がなぜ死んだのか確かなことはわかりませんが、たぶん、父の素性と私を守るためだったのではないかと思います」

「戻ることはかなわぬと気付いて息子に託したか。小刀を造り魂込めをし、三重の封印をし、お前にも数々のまじないをかけて……」

 息子が自らの運命を見出した時にとける封印は、トリエルらしく、秀逸であったとセルゲイは思う。

「父は、私にはまだよくわからない人ですが、小刀を見ると機転の利く人だったのではないかと思います。私はそのような人にはなれません。みんなをまとめて調停するとか、そういうのは他に誰かぴったりの人がいるはずです」

「それで破壊の使か。お前は何を破壊する?」

 やはり晴れやかな声で、弟子は言った。

「まずは戦争を。ラピナのトラピスタリアへの侵攻の無意味を。それから、今の両国の政(まつりごと)を」

 小気味よい返事だった。自分には導いた責任があると、セルゲイは思う。

「クレイユノ、一つ約束しろ」

「何でしょうか」

「これから私と話し合う破壊の手順を、必ず守ること。いいな」

「はい」

 そして二人は「破壊」の手順を長らく話し合い続けている。

「戦争を激化させようとしている国家、お前はこれをどう破壊する」

「レリディア様はもうカルヤラにいるのでしょうか」

「いるはずだ」

「私がお会いしてお話できそうなこの国の偉い方は、師匠を除いてレリディア様だけです。戦争にも深くかかわっていらっしゃる。城を飛び出しておいてなんですけど、会いに行ってみようと思います」

「会ってどうする」

「ラピナ創史の真実を話して、戦争を止めるのと薬学や医学を広めるのに力を貸してもらえないか相談してみます。レリディア様の協力が得られたら、大四司に会ってラピナ創史について話をしてみます」

「それから」

「沢山のトラピスタリアの人とラピナの人に、四霊司ハクビ、ギンビ、グノムス、カルヤンを会わせます」

「なぜ」

「本当に美しい生き物なんです、あいつら。師匠にも早く会わせたいです。一目見たら、捕らえるのではなく共にこの星にあることを歓びに思えると思います。

 トラピスタリアの人たちはあの美しい生き物たちの力を借りて魔術を使うのを、悪しきこととは思わなくなるんじゃないでしょうか。

 ラピナの人たちはその力を無理矢理に一部の人たちのためだけに使うような国を、変えたいと思うのではないでしょうか」

 心優しく狡猾さの足りない弟子の望みを理解した上で、師は弟子に別の提案をする。

「レリディアと大四司には、私が会って話をつけよう。残念だが今のお前では役不足だ。国の中枢にいる腐った権力者どもにお前が会ったとして、トリエルの二の舞になるだろう」

「そうか、父はクパピルハールツムビで無茶して、無理矢理大四司に会いに行ったのですね」

「あいつは身寄りもつてもなかったので無茶をしたのだろうが……ラピナ創史の謎解きのために軍を利用したようで、英雄にならざるをえなかったあいつも利用されたのだ」

「私もそうなるでしょうか」

「お前は軍人には向いていないが四霊司を呼ぶための餌に良い。大四司議会堂の雨どいからの逆さ吊りならましな方だろう」

「逆さ吊りはちょっと……でも、師匠はレリディア様と会って話すことは出来ないのではありませんか?」

「心配するな。私と話し合わなくてもレリディアがお前の出した結論に賛同するように仕向ける。

 まず、レリディアはそのまま侵攻軍と一緒に国境近くまで進軍させる。トラピスタリアへの侵攻はどう考えてもウルファ平原からだ。ベダリウ山は不利だ。富炎山脈も責める側の消耗が激しい。黒牙森はティクリートから攻め込まれる危険があり、魔物に兵が喰われる怖れもある」

「はあ……」

「今、『食われることはない』と思ったな」

「……はい」

「クレイユノ、全ての霊がお前と親しくしているものたちのようであると思ってはならない。相手が人であろうと動物であろうと霊であろうと、手当たり次第に憎んで呪うものも世界にはある。とにかく、まず先に大四司をお前の結論に向けて落とす」

「でも、師匠だと警戒されませんか? 大四司はわかってくれるでしょうか」

 この弟子は、警戒されない自分であればと、レリディアにも大四司にも行き当たりばったり、ただひたすら真っ直ぐに話をしようとしていたのだろう。話し合いで合意しなかった時の策を講じようとしていない分、トリエルよりも無鉄砲かもしれないとセルゲイは思う。

「安心しろ。お前が謎解きしたラピナ魔術創史と星の霊司について、こちらの方が多く情報を持っているのだ。希望はある。力ずくになったとしてもレリディアがいなければ勝算はある。攻撃魔術の基本は闇魔術だからな」

 クリノは「この国の最強はシュワルツニコフ」というカティスリーの話を思い出す。

「レリディアに大きな作戦の先陣を切らせるのは、私より国民にも兵にも人気があるからだ」

「レリディア様は、あの、その、お美しいから……」

 もごもごと何やら言った弟子をセルゲイは無視した。

「薬学や医学の公示については、やはりレリディアより先にアミ・サヘリアに助力を願おう。アミ・サヘリアは貴族議会でも大きな発言力を持つ。お前の考えはこの国では新しい。賛同する者を少しでも増やす。

 大四司と議会をおさえてあればレリディアも否とは言えん。そうなればウルファで私、レリディア、四霊司で調停だ。創史の通りになり、お前の希望通り多くのラピナ人とトラピスタリア人に四霊司を見せることができる」

「師匠とレリディア様は、一緒にはいられないのでは」

「心配するな。互いの本拠地でなければ、互いの魔力を弱めればいい」

「そういうもの、なのですか……?」

「そういうものだ。だがこの手順で最も重要なのは、お前の役割だ。ウルファに四霊司を呼べるか」

「はい。呼べます」

「早すぎてもだめだ、遅くてはトラピスタリアは救えない。これは、この世界でお前にしかできない役目だ。誰も代わることはできない。わかるな」

「はい、大丈夫です。あの、レリディア様がウルファからトラピスタリアに進軍を開始されるのは、今から何日くらい後でしょう?」

 既に暦は十二月に入っている。

「転換期への国民の期待を大四司は逃さない。トラピスタリアを制圧するのに手加減はしないだろうが、開戦から五日間は欲しいだろう。勝利宣言を年内に納め歓喜のうちに新年を迎えるためには……侵攻開始まで約二十日程だな」

「師匠、二十日間あるのなら私はやってみたいことがあります。トラピスタリアへ行ってきます」

「どうする」

「ラピナが進軍をやめただけでは私の考える破壊に至りません。ラピナと、トラピスタリア両国が内側から崩壊しなければなりません」

「私の弟子は恐ろしいことを言うようになったな。何かあてがあるのか」

「私を逃してくれた司祭様が『お前は一人ではない、この国の中にお前を救いたいと思う者は多くいる』と言っていました。それから魔道師狩りの人が、エーレイという名を知って私を逃がそうとしました」

「トリエルが関わった反政府勢力がある、ということか」

「そう思います。父も『私を信じてくれた人々が、お前の力になってくれるはずだ』と」

「その人々の内の誰に会う?」

「逃げる時にルクランの領主に会って小刀を見せるよう言われました。まずそこを当ってみます」

「そこが外れたら」

「貴族だった母の血筋を。父が惚れた人が何も知らなかったはずがないと思うんです。父も、小刀を造って魂込をしただけだとは思えない。二人が遺してくれた何かが、あの国にあるはずです」

「しかし、二十日で内戦を起こせるか」

「内戦も戦争です。戦争をこの手で起こす気はありません」

「内戦紛争のない現二国政の崩壊か。お前は最も難しい道を選んでいるぞ」

「やります」

「よし。それでこそ私の弟子だ」


 クリノは急ぎトラピスタリアへ発つことにした。あてがあるとは言ったが、会ったこともないルクラン領主も、母の血筋も、国政を壊すなどと大それた話に簡単に賛同してもらえるとは思えない。少しでも時間が惜しかった。

 黒猫が調達してきたヨーギスの防寒服は見事なでき栄えだった。サヘリア家で服を作ってもらった時、弟子装束を作ってもらった時と比べて、クリノは背も伸び、体つきもしっかりし、立派な青年となった。だがまるで昨日採寸したかのように寸法はぴったりだった。

 柔らかく軽い羊革で、中綿は薄くて動きやすく、炎のまじないがしっかりとかけてある。ボタンで留める部分は全て二重になっており、冷気が入り込む隙間はない。揃いの手袋、ブーツまで用意してある。襟元は高く、フードには耳当てもついており、マントは外せるようになっていた。

 全て闇夜の賢者の弟子装束と同じく紺を基調としており、所々の金糸の装飾が美しく品があり、着てみると飛行服としての機能だけでなく、どのような権力者とも渡り合える風格を着る者に与えてくれる。まるで、クリノがこれから何をするか知っているかのような、そんな仕立だった。

 もう一つ、黒猫に渡された物にクリノは驚いた。

 大きくはない容れ物なのに、何重にも巧妙に様々な容器が入っている。直接火にかけられるボウルやカップ、フォーク、スプーン。しっかりと焼いた固めのビスケットと乾し肉、チーズ、ドライフルーツもびっしりと詰められていた。それとは別に今夜中に食べるようにと、タマゴ、ベーコン、ローストビーフのサンドイッチに、クリノの大好きなお菓子のツァツァ。

「代理の施設長、ありがとうございます。全てが落ち着いたら、この旅支度を手伝ってくださった方々にどうかお礼をお伝えいただけますか?」

 黒猫は無表情のまま言った。

「ご自分で言いに行きなさい。それがその方々の望みです」

「……はい」

 セルゲイは笑って言った。

「トリエルの願いは既に一つ叶ったな。お前は人々に愛されている」

 出発に合せていつの間にかにハクビはその姿を現していた。今はやや離れた所で早くしろと言わんばかりに前足で地を掻いている。

「師匠、行って参ります」

「ウルファ平原で会おう」

「はい!」

 クリノは走り出した。そして、ハクビの背に乗り、一度も振り向くことなく静かに夜空へと消えた。


 黒猫はやや、気が重かった。クリノから内密に、セルゲイへの短い手紙を預かっていたからである。


「師 セルゲイ・キヴィ・シュワルツニコフ  

 どうか、一度だけあなたの教えに背くことをお許しください。そしてどうか、私を破門せずにあなたの弟子でいさせてください。

 クレイユノ・トマ・ティ・ラナイ」

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