失われた夢

「遼太郎さん。おはよう」

 バス停で待っていたミヅキが頬を朱に染め声をかける。その雰囲気はいつもと少し違いぎこちないようで愛念の想いが強く感じられた。

「おはよう」

「今日は涼しいですね。秋の気配が近づいているのかなぁ」

「うん。そうだね」

 とりとめのない日常的な会話だが、遼太郎に対するミヅキの眼差しはいつも以上に包容力があり、母性に満ちていた。

 ミコトがミレイを監視するように遼太郎のあとを付いてきている。ミヅキにはミコトの姿が見えない、彼女の存在を想いだけでも伝えるかどうか迷っていた。

「それじゃ、またあとでね」

 そう云い残し自分の教室へと向かおうとするミヅキをミコトは追おうとしたが、ふと立ち止まり、道影零という存在に目を留めた。ミコトは道影零という存在に対して、嫌悪感や、不快感、不安が混じり合ったような表情で凝視していた。

『なんやろう、あの人。まるで実体のない影みたい……』

 ミコトは怯えた表情で呟いた。

『なんや、この感覚』

 そう云ってミコトは遼太郎の身体にしがみついた。

 遼太郎はしがみつかれた感覚はないが、ミコトの表情から道影零に対してただならぬ感情を抱いていることがわかった。

 

 その日の夕方、叢雲が空を覆い、薄暗い秋日であった。

 遼太郎はいつものように昇降口で待ち合わせたミヅキと共に学校をあとにした。そして道影零との邂逅に終始怯えた様子のミコトがミレイと共に二人のあとを付いてくる。

 薄暗い景色が云い知れぬ寂しさを湛える。そこにあの黒猫が忽然と現れた。

 黒猫は長い尻尾を振り子のように揺らして遼太郎たちを誘っているかのようにじっと見ている。ミヅキは何かに取り憑かれたように微動だにせず黒猫をじっと観察していた。

 黒猫はまるで催眠術をかけるみたいに尻尾を揺らし、こっちの様子を伺っていた。遼太郎はハッと気づいたかのようにミレイの姿を確認すると、彼女は普段と同じく感情を露に現すことなく、黒猫を見つめていた。

 遼太郎はなんだかほっとするとともに胸中になにか引っかかるものを感じた。

 黒猫は対峙した遼太郎たちを誘うかのようにゆっくり歩き始めた。遼太郎は足を止めていたが、ミヅキが黒猫のあとを追いかけるように歩いて行った。その光景はまるでハーメルンの笛吹き男に導かれているみたいであった。

 遼太郎は自らも黒猫のあとを追うことにした。この猫がミレイや、自分という存在になんらかの真実を知っているのではないかという思いにかられたからだ。

 黒猫は踏切を悠々と渡り歩いて三十分ほど歩いた公園に一行を導いた。普段は人気があるはずの公園には人影は全く見当たらない。雲がさらに重く重なり、辺りはより一層暗い雰囲気に包まれていた。

 遼太郎はたまに通りかかる公園をしげしげと見渡した。普段なら人の憩いの場になるであろう場所が、なぜか人界の外れにあるような殺風景な場所のように思えた。

 黒猫はブランコの前で毛づくろいをしていると、すると、もうひとつの影が現れた。その人物はなんと道影零だった。

 道影零は制服姿で、学校の帰りに、そのままこの場所に来ていたと思われた。そして彼はまるで黒猫を使役として使う主人であるかのように黒猫を抱きかかえた。黒猫は甘えるような仕草をし、顔を道影零の胸に擦り付けた。その光景は道影零が黒猫を操っているんじゃないかとさえ思えた。

「やぁー」

 道影零は右手を軽く上げて挨拶をした。

 怪訝な表情をする遼太郎たちに道影零は屈託のない笑みでこう云った。

「この猫のことを知りたいんだろう? ついでにボクのことも。あっ、ついででもないか」

 辺りは不気味なほど静まり返っていた。

「この猫はシュレ猫って云うんだ。シュレーディンガーの猫を略してそう呼んでいる」

 道影零は饒舌に語り出した。

「シュレーディンガーの猫というのは、シュレーディンガーが量子問題についての問題点をつく為に考察した思考実験の中に出てくるのさ。この猫はかわしそうな猫でね。鉛の箱に閉じ込められ、その中には放射性物質を発生させる原子と、それを検知する装置と青酸ガスを発生させる装置が置かれているんだ。そんでもって原子が崩壊し、光子などを出すと装置が検知し、青酸ガスが発生する仕組みになっている。でも放射性物質を発生させる原子は五十パーセントの確率で崩壊するようになっていて、箱の中の猫は半分の確率で、死んでいるか、生きているかの状態になる。箱を開けるまでどっちの状態だかわからない。つまり死と生が重なりあった状態の半死半生の猫ってわけさ」

 遼太郎は彼が何を云っているのかほとんど理解できなかった。

「シュレーディンガーの猫は知っているわ。でも、そんなの思考実験に出てくる猫で、ほんとうにいるわけないないじゃない」

 ミヅキが反論した。

「君のいう通りさ。でも実際にこの猫は量子的振る舞いをする。素粒子でもなく、目み見えるほど大きいが、それは、そのように視覚化して見えるように情報を発信しているとでも云おうか。まー、なにを云っているのかわからなくてもいいや。体験することが大切なんだ」

 道影零は意味ありげな言葉を放ち、遼太郎をの方に視線を向けた。ミヅキは彼の言動に畏怖し、不安な表情を浮かべ、遼太郎の腕にしがみついていた。

 遼太郎は道影零を睨みつけるとこういった。

「おまえは、一体、何者なんだ? ぼくに語りかける影なのか? いったい何がしたいんだ?」

「答えは君が自分で見つけなくてはならない。だからボクは多くは語らない。それが君の為でもある」

「どういう意味だ!」

 道影零は遼太郎の問いを聞き流し、ミヅキの方を見据えた。

「君の夢はほんとうに心地よい」

 道影零はミヅキに視線を送り意味ありげな言葉を呟いた。

 ミヅキがキョトンとした目で道影零を見ている。それはまるで催眠術にでも掛かったかのようだ。

「例えば突然の雨に濡れた凍えた身体にそっと差し出された傘に、人の温もりのような心地よい心境になる。それが君の夢だ」

「何を云ってるんだ!」

 遼太郎の険しい表情とは対照的に、道影零は悟ったような穏やかな表情をしている。まるで世界が自分の掌で回っているかのような自信に満ちたオーラさえ感じられた。

「君がすべきことは簡単だ。アイデンティティーへの問いかけさ。だが、行為は簡単でも自分との対話は不確かで、難しい。君は夢の意味を問い続け、その答えを導き出さなくてはならない。それはとても過酷なものだ。なぜなら魂との問い掛けとはそういうものだからさ」

 道影零の言葉は哲学的で抽象的な表現だがその言葉は重く、遼太郎の魂にぶつかってくるものだった。

 遼太郎はまるで金縛りにあったかのように道影零の言霊から逃れられないでいた。そして彼のペルソナの奥に秘めた素顔が不気味に脳裏に浮かび上がった。

 険しい顔つきをしていたミコトが遼太郎たちの前に立ちはだかった。そして道影零に向けて言葉を放った。

『あんた、うちの夢、盗んだ奴ちゃうん?』

 道影零は沈黙している。そんな彼にミコトは次の言葉を発した。

『あんたうちが見えてるはず。どうなん?』

 道影零は抱えた黒猫をあやしながら微笑した。

(あいつにも、ミコトの姿が見えているのか? じゃー、ミコトの云っていることはいったいどういう意味なんだ)

 場の張りつめた空気に耐えきれなくなったのかミヅキが、道影零に「いったい、遼太郎さんに何をおっしゃっているんですか?」と、遼太郎と道影零の会話に何を意味しているのか問いただした。

「心地よい。君の夢はほんとうに心地よい」

「え?」

 呆然と立ち尽くすミヅキに『あいつの云うことを聞いたらあかん』とミコトがミヅキに必死に語りかけたが、ミヅキにはなにも伝わらない。

「私が夢を見なくなったのと何か関係があるの?」

「ボクは君の夢に救われた」

 端から見れば何を云っているんだと思うだろうが、場の空気に支配されその言葉は濁りがなく湧き水のように沁み込んでくる。

『ダメー! この子には絶対手を出させへん』

 ミコトは必死になってミヅキを護ろうと道影零の前に立ちはだかるが、彼はまったく意に介さない。

 道影零がミヅキの側まで歩み寄ってきた。そのとき、一瞬、道影零がミコトの制止を振り切って歩みが遅くなったように感じた。今度は遼太郎がミヅキの前に立ちはだかった。

「ミヅキには手を出させない!」

「そう、いきりたたなくてもいいのに。ボクはただ事実を述べただけに過ぎない」

 道影零はそう云って遼太郎の前に歩み寄って、抱いていた黒猫を両手で掲げた。遼太郎は気概とは裏腹に蛇に睨まれた蛙のように動けないでいた。

 道影零は更に黒猫を遼太郎の胸元まで差し出すと屈託のない笑みを見せた。遼太郎は差し出された黒猫を観察する。その黒猫はまるで漆黒の闇を纏ったかのように真っ黒であり、よく見るとキラキラと反射する粒のようなものが目に飛び込んだ。それはまるで宇宙に輝く星々のようにも見えた。

 遼太郎は黒猫を軽く触れてみようと手を差し出した。その刹那、頭の中にあの実態のない影の姿が浮かぶ。そしてミレイの面影が走馬灯のように駆け巡った。

「あの影はいったい誰なんだ? そしてこの猫の正体はまさかミレイなのか?」

 道影零は不敵な笑みを零す。

「君がミレイと呼んで夢想している少女はいったい君になにを伝えたいんだろうか?」

「いったい何が云いたいんだ!」

「君の影に聞いてみればいい」

「影? それはどういうことなんだ」

 道影零は余裕の含み笑いをし、遼太郎を見据えた。不安や、焦燥感、恐怖。それをも凌駕して、彼の存在は圧倒的であった。

「君の存在は世界にことわりに組み込まれているが、その世界に比べれば凄く矮小でちっぽけなもの。でも、自分という存在はこの世にたった一人。君はいったい誰なんだろうね」

「なにを云っているのかさっぱりだ。ぼくは、ぼく自身に決まっているじゃないか」

「ほんとうにそうなのかい?」

 脳裏に夢見の影が浮かぶ。

「ぼくは、ぼくは、ボクは……」

 遼太郎は、道影零の視線にまっすぐ射抜かれ反駁はんばくする気力を失っていた。

「ボクの存在意義はね、夢を見ることなんだ。夢を見ることでアイデンティティーを保てる。ミヅキさんの夢がボクの心を安寧に導いてくれる。しかし、悲しいことだけれど渇望する心の贖罪しょくざいは夢を食い散らし、やがて真っ暗な闇がいつのまにか心の空を覆い尽くしている。そしてボクは深い闇に堕ちる」

 彼の口から繰り出される言葉の羅列は道影零という脳内で想像されたファンタジーであった。客観的にみればそうである。しかし、舞台の演目で語られているかのような台詞は観る者の心を捉えて離さなかった。

 遼太郎は観客の一人として存在し、舞台に立つことすら出来なかった。

「それじゃー。ボクはこれで」

 そう云い残し道影零は去って行った。黒猫は遼太郎の方をちらっと見たかと思うと道影零のあとを追って行った。


 自失呆然となった遼太郎はきょの空間に取り残されたかのようにその場にしばらく突っ立ったままであった。

 その後、遼太郎はミヅキを家まで送り届けた。ミコトはそのままミヅキの側を見守るように離れないでいる。

「ありがとう。送ってもらって。私は大丈夫だから」

 遼太郎はかぶりを強く降ってこう云った。

「道影零の云っていることは気にするな」

「うん。ありがとう。でも……」

「でも。なに?」

「あの人は遼太郎さんのことをなんか知っているみたい」

「ぼくは、ついこの間、彼の存在を意識した。それに面識がほとんどないのにそれはあり得ないと思うんだ」

「そう……かなぁ」

「そうだよ」

 ミヅキは複雑な表情をし、そのまま押し黙ってしまった。

「ミヅキはあいつのことどう思う?」

「どうって……。よくわからないわ。でも……」

「でも?」

「やっぱり遼太郎さんと何か深く関わりがあるのかも。それに私が夢を見なくなったのも関係しているのかもしれない」

「だったらいったい奴は何なんだ」

 遼太郎の苛立った態度にミヅキはこれ以上どう言葉を掛けたらいいかわからず黙り込んでしまった。

「ごめんなさい。私、遼太郎さんに何もしてやれない」

「前に云ってくれたじゃないか、ぼくの側にいて話を聞いてくれると。ほんと嬉しかったよ。それだけで充分さ。言葉を荒げて済まなかった」

「大丈夫。全然気にしてないから。ほんと私の出来ることは話を聞いてあげることだけだね」 

 ミヅキは自虐的にそう云い寂しげな顔を覗かせた。

「それじゃー。ぼくはこれで……」

 遼太郎はバツの悪さを感じながらミヅキの側からあとにしようとしたときミコトが『なんで君のことはぼくが護るってちゃんと云わへんの?』と突っかかってきた。遼太郎はその言葉を聞かぬふりをして家路に向かった。

 

 遼太郎は着替えもせず、そのままベッドの上に仰向けになった。思念するその脳は道影零の言葉が反響していた。

 ミレイは宙に浮かび、仰向けになった遼太郎と向かい合っている。遼太郎はミレイの頬を撫でようと手を伸ばすが、その掌は空を切る。

(あの黒猫はいったいなんなんだ。ミレイとどんな関係があるんだ。そして夢で見る影の正体はいったい……。そして君はいったい誰なんだ。こんなに触れるほど近くにいるのに凄く遠くにいる感じだ)

「なぁー、ミレイ。君はなぜぼくの元に舞い降りてきたんだい」

 ミレイは軽く微笑み、深淵の彼方に視線を移した。

「君が誰であろうと、なにモノであろうと、ぼくは見続けなければいけない。そう、感じるんだ」

 言葉は発しないが、その優しい笑みに遼太郎は癒されると共に不安を打ち消すようにミレイの双眸を見続けた。ミレイに見守られるなか、包み込むようなオーラが遼太郎を眠りに誘い、やがて眠りの世界に落ちて行った。

 遼太郎は宇宙空間に放り出されたような感覚に陥った。身体の細胞が原子レベルまで分解され、さらに素粒子へと量子状態になり、自分という存在を俯瞰して見ているような状態に感じられた。

 そしていつの間にか幼き遼太郎は刹那の群青色の空の下、自身の影がまるで郷愁を呼び起こすかのように、そこに立っていた。

『いったい君は誰なんだ? ぼくになにを伝えたい。そしてミレイはいったいどういう存在なんだ。あいつは影に聞けと云った。君なら知っているだろ。教えてくれ』

 遼太郎がそう云い放った途端影は耳を塞いで蹲ってしまった。

『どうしたんだ。お願いだから真実を全て話してくれないか?』

 遼太郎の説得も虚しく影は耳を塞いで蹲って石のように固まったままだった。そのときだった一陣の風が吹いたと思ったらミレイが影を見下ろすように立っていた。

『ミレイ!』

 ミレイはしゃがみこみ、そっと影の肩に優しく手を置いた。その姿はまるで泣きじゃくる我が子を慰めているようにも見えた。やがて影はゆっくり立ち上がり、遼太郎と向かい合った。そして影は揺らめきながら、その思念が遼太郎の脳に何かを伝えようとした。が、今度は遼太郎が五感を閉ざし無意識の深層へとその身を投げ出した。今度はミレイが慈愛に満ちた哀憐な表情で遼太郎に手を差し伸べる。

 遼太郎は自分がなぜこれほどまでに影の思考を拒絶するのかわからなかった。だが本能が頑なに拒んだ。そして遼太郎は、これは夢であると無理やり認識して強引に目覚めた。

 目覚めるとそこには眠りにつく前と同じ姿勢でミレイは浮かんでおり遼太郎の姿をじっと見つめていた。

「ぼくはあの影を知っているような気がする。それにあの影には触れてはいけない気がする。でも、なぜだろう。すごく懐かしくてそして切ない。ぼくは……」

 そう云って遼太郎はベットに頭をうつぶし、咽び泣いた。


 秋雨前線が停滞し、朝から雨が降ったり止んだりしていた。

 その日、いつもならミヅキと昼休みを一緒に過ごすことが多いのだが、今日、彼女は教室に顔を見せなかった。たまに使う学食でお昼ご飯を食べようと教室を出たときのことだった。そのときふと廊下の窓から一階の校舎の北と南を繋ぐ渡り廊下に目が止まった。視線の先には二つの影があった。その二つの影は、なんとミヅキと道影零であった。気になった遼太郎はあとを付けた。ふたりは校舎の西側にある体育館の裏側へと向かって行った。

 遼太郎は体育館脇にある弓道場に身を隠し、その推移を見守った。しかし距離はだいぶあり、二人のやりとりを聞くことは出来ない。

 そうこうしているうちにミヅキが小走りで教室に帰っていく。道影零はいつのまにか消えていた。遼太郎はただその場に立ち尽くし云い知れぬ不安を抱えていた。

 そして下校時、昇降口でミヅキが待っていた。

寂しく、心を濡らす雨が降る中、二人は沈黙し、お互いの動向を推し量りながら歩いて行く。

「あの……」

 ミヅキがなにか云いたげに言葉を放った。

 遼太郎は押し黙っている。

 雨のしじまが周りの雑音を消し去り、二人は重い空気を纏ったままバス停に着いた。そして、二人は並んでバスの座席に座り、窓側の席の遼太郎は窓に当たって流れる雨粒をぼーと眺めていた。

「なんか寂しいね。この雨……」

 ミヅキがぽつりと呟いた。

 遼太郎は黙って頷く。

「私、夢を見なくなたって云ったでしょ。自分に起きていることも、遼太郎さんが心のうちに秘めていることも同じ気がして、道影零さんに会って話を聞こうとしたの。彼は確かに、なにか私達の知らない真実を知っている。そう感じた。でも真実を聞き出すことは出来なかった。私は彼のことを……」

「彼のことを?」

「ごめんなさい……。彼のことを、もっと知りたいと思ってしまった」

 ミヅキは俯き加減に云った。

「君は道影零に近づいてはだめだ」

「でも、あの人は真実を知っている。遼太郎さんにとっても私にとっても。だからあの人に知っていることを話してもらいたいのよ」

 今度は剛気を込めて云い放った。

「そんなに奴のことが気になるのか?」

「そんなんじゃないの。私はただ真実を知りたいだけ」

 バスが停留所に止まり二人は無言のまま降りた。そして遼太郎は彼女の影を素通りするかのように、沈黙を伴い家路へと向かった。


 虚ろな視線を漂わせ遼太郎は悔しさと自分に対しての苛立を滲ませていた。そんな遼太郎をいつもの純粋な視線でミレイは覗き込んでくる。

 喉の渇きを求めるかのようにミレイにすがりつこうとする遼太郎。ミレイは遼太郎の横に寝そべると赤子を見守る母のように慈愛に満ちた眼差しを向けた。遼太郎はミレイという存在に魂を預け、魂の揺籠に揺られ、眠りについた。

  影が夕日に背を向けて長く伸びている。その影が地べたから立ち上がり遼太郎の意識に語りかけてくる。

『真実は君の中にある。さあー、覚悟を決めるんだ』

 遼太郎は何となくわかっていた。真実を知れば全てが終わることを、だから真実を知るのが怖かった。

『ぼくは君を消し去りたいよ。そして全てを終わらせたい』

遼太郎は真実そのものを消したいと願った。

『ボクを消しても真実は消し去ることは出来ない。さらに君を苦しめるだけだ』

 遼太郎は瞑目した。それ以上、言葉が見つからなかった。

『また逃げるのかい?』

『ワアアアアァァー!』

 遼太郎は叫んだ。やりきれない気持ちが胸を突き破り、虚しさだけが残った。

『夢なら醒めろ。夢なら醒めろ。夢なら醒めろ。夢なら醒めてくれー!』

『また逃げるのかい?』

『もう、全てが嫌なんだー』

 遼太郎は全ての想いを消し去るように叫んだ。

 目の前にはいつもの見慣れた部屋の風景が広がっていた。

(ぼくは、どうしたらいい……)

真実の扉を開くのを無意識に拒絶している自分に対して問いかけた。しかし、いくら考えたところで答えは見つからなかった。

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