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「まったく、異例のことだ」
玄晶の声は、内容とはうらはらに落ち着いていた。
「府に任じられるのは、もうすこし先になるだろうが、間違いはない」
視察団が帰ってすぐに、領主屋敷の食堂に集まった皆に、玄晶は普段と変わらぬ調子で言う。
「なんで、すぐに決まらないんだ?」
卓に並べられた料理に手を伸ばしながら、袁燕が問うた。
「視察団が、勝手に認定することはできないからです。袁燕、口の中に物を入れたまま、喋るものではありませんよ」
「だって、食べなきゃ料理が冷めちまうし、そうすると質問ができなくなるだろ」
「食べてもいいですが、飲み込んでからにしなさいと言っているんです」
「いいじゃねぇか、剛袁。俺等しか、いねぇんだしよ」
「蕪雑兄ぃ。こういうものは、クセになるものなんですよ。袁燕は、立派な細工師となって、豪族や領主などを相手に商売をするのでしょう。そこで料理を振舞われて、そのような無作法をしては、どれほど腕がよくても眉をひそめられてしまいます」
「はぁい」
唇をとがらせて、袁燕が反省する。剛袁が目元をゆるめて、うなずいた。
「でもよぉ。明江の豪族は俺だし、領主は烏有になるんだろ? だったら気にしなくても、いいんじゃねぇのか」
「領主は官の血筋のみと、決まっています。ですから、玄晶しかなれないんですよ」
事情を知っている剛袁が、物言いたげに烏有に流し目を送りつつ、何度目かになる説明を蕪雑にした。烏有は気づかないふりで、茶に口をつける。
「それは、表向きだろう。実質は烏有が領主になるんじゃねぇのか。なあ、玄晶」
「そうだねぇ」
ニヤニヤと玄晶が烏有を見る。
「烏有」
同様のさみしさを共有しているからか、袁燕は自分のことのような案じ顔で、烏有に声をかけた。大丈夫だよと、烏有は笑顔で示す。痛ましそうに顔をしかめて、袁燕は剛袁に不機嫌な声を投げた。
「兄さんは、どう思ってんの?」
「私、ですか。私は――」
物言いたげに烏有を見てから、剛袁は玄晶に確認するように首を動かし、蕪雑を見た。
「内部的には決めないでいたいです。むろん、立場は必要となります。ですがそれは、あくまでも表向き。内実は現状維持として、それぞれが意見を持ち寄り、明江を運営していけばいいのではありませんか」
「なるほどな」
「甘いなぁ」
蕪雑と玄晶の声が重なる。蕪雑が驚き、玄晶を見る。玄晶は含みのある笑みを返した。
「仲良しごっこで、いつまでもやっていけるわけではないよ。正しいことを、そのまま正しくおこなえると思っているのなら、大間違いだ。明江は急速に育った。いまは誰もが未来という希望を持って、未完成の部分に挑むという目的があるが、その次にやってくるのは、維持と成長という、相反する側面を持つ経営だ」
「経営?」
袁燕が首をかしげる。
「経営ってのは、店をやってくってことだろう」
「そう。国というものは、巨大な複合店だと覚えておくといい。小さな店が、たくさん集まった市の総元締めが、国。こう言えば、わかるかな」
「つまり豪族は、場所代とかを集める親分ってことか」
「そう。そしてその場所代を、この世を
「なるほどなぁ。それが、税ってわけか」
「その税をいくらにするのかは、土地の統治者である豪族が決められる。領主は豪族から申皇に送るための税を、きちんと集めて送る役人、というところかな」
「それと、申皇のお決めになられた規則から、逸脱していないかを監視する役目でもあります」
剛袁が補足すると、袁燕は2度うなずいた。
「それで、玄晶は甘いって言ったんだな。親分がいっぱいいりゃあ、混乱するもの」
「混乱しねぇように、よくよく話し合えばいいだろう」
「その案も、一理あるとは思ってはいるのだけれどね。そうなると、責任は誰がとるのか、という問題が生じたときに、困ることになる」
「分担仕事して、それぞれに責任を持ちゃあいいだろう」
蕪雑の案に、烏有が首を振った。
「代表者はひとり。そこに意見をする、という形のほうがスッキリとするよ。あまりに
「だから、表向きはそうすりゃあ、いいじゃねぇか」
「いまはよくても、後々のことを思えば、確定をしていたほうがいい」
烏有の言葉に、蕪雑が眉間にシワを寄せる。
「それでいいのかよ。玄晶が領主で、俺が豪族で……。ああ、烏有が豪族になりゃあ、いいじゃねぇか」
「蕪雑が豪族だからこそ、ここまでこられたんだ。僕が豪族になれば、蕪雑を信じ、慕っている人々を裏切ることになる」
「豪族ってなぁ、ひとりっきりじゃねぇだろう。豪族の中にも、いっとう偉ぇのと、その次のとって、あるじゃねぇか。烏有はいっとう偉ぇのになりゃあいい」
「蕪雑」
烏有はキッパリと首を振った。
「わかっているんだろう」
蕪雑の肩が落ちる。
「わかってるけどよぉ、納得できねぇよ。烏有が持ちかけなきゃあ、俺ぁ山の集落を出て、よそに村を造るってことすら、思いつかなかったんだからさ。明江は烏有から、はじまってんのによぉ」
くやしげにする蕪雑の姿に、烏有は唇を引き結ぶ。そんな彼を、玄晶はおもしろそうに、剛袁は物言いたげに見た。
「あのさ」
袁燕が口を挟む。
「とりあえずさ、飯、食おうよ」
全員の視線を受けて、袁燕はぎこちなく笑いながら、両腕をひろげた。
「冷めちゃったら、もったいねぇしさ。府にするとかなんか、連絡くるのは先なんだろ。だったらさ、いまは視察が来て、手ごたえがありそうだってことを喜んで、おいしく飯、食おうよ」
なあ、と訴える袁燕に、ほかの皆が顔を見合わせる。
「ああ、うん。そうだなぁ、そうするか」
蕪雑が苦笑しつつ頭を掻けば、玄晶も同意する。
「そうだな。せっかく視察団が帰って、ホッとしたところだからね。硬い話は、やめておこうか」
剛袁が安堵に頬をゆるめ、そうですねと相づちを打った。
「それなら前祝いということで、すこし
烏有はおもむろに立ち上がり、横笛を取り出した。自分が楽士であることを、皆と自分に言い聞かせ、納得をうながすために。
唇をあて、ゆるゆると音を紡ぐ。
誰もが音に身をゆだね、これから先に思いを
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