第27話
2020年12月大阪
「ほんま今日はめっちゃ寒いわ」アキ子は2歳半になる陽菜に向かって言った。
陽菜はおじさんとアキ子へ愛らしい表情を見せた。
「なんかこの子完全に旦那よりあんたに懐いているよな」アキ子は不思議そうに二人を見た。
「俺もよくわからん」おじさんは腕を組んだ。
「大体、陽菜があんたのこと見えるっていうのもビックリしたけど」アキ子は首を捻った。
「あぁ、それな。俺も最初はビックリしたけどな。こういうパターンは初めてやったしな」
「あれなんやろ、陽菜はうちから産まれてきたからうちの一部と認識されて、この子もあんたのこと見えるんやんな?旦那は陽菜がいつもあんたと喋っているときは不思議がっているけど子供にはよくあることやから、その辺はあんまり心配してないんやけど」
「まあ、子供だけに見えるお友達ってよくある話やしな」
「でも、陽菜が大きくなってもあんたと喋り続けていたら流石にみんな怪しむやろうな。それが心配や。あんたのことどう説明したらええかわからんし」
「それは大丈夫ちゃうかな?」おじさんは少し寂しそうに言った。
「なんでよ。陽菜は産まれたときからあんたのこと見えてるし、これからも見えるわけやからもし小学生とかになってもあんたと喋っていたら友達から変なやつやと思われてハブられるで」アキ子は真剣な顔で主張した。
「あはは、だから心配要らんって。なあ陽菜ちゃん」おじさんは陽菜の方を向いた。
陽菜は何故か急に言い泣き出した。
「ちょっと、あんたうちの子泣かさんといてよ」アキ子は声を荒げた。
「すまん、すまん」おじさんは言うと陽菜の頭を撫でた。
すると、陽菜は徐々に落ち着きを取り戻し、すぐに寝てしまった。
「この子凄いな。お前よりも勘ええわ」おじさんは感心した様子で呟いた。
「ちょっと、どういうことよ」
「いや、前に言ったよな?俺と契約してしまったらその契約した日に辿り着くまで一緒やと」
「そんなんわかっているわ。ほんまどんだけ長い間、あんたとおらなあかんのよ」アキ子はそう口にした瞬間、ハッとした。
「え?今日なん?うちとあんたが契約した日って?」
「ああ、そうやぞ。だから今日で契約は終わりや。だってもうお前は自分の人生に後悔がないわけやからな」
「ちょっと、そんなん」アキ子が言葉に詰まっているとおじさんは続けた。
「今日、もし過去に戻らんかったらもう俺はお前らの前から姿を消すことになるわ。あと数時間ってとこかな」
何故か別れの前にも関わらずおじさんはさっぱりした表情を浮かべていた。
「ちょっと、なんなんよ。急に。今日がその日なら前もって言ってや。こっちだって気持ちの整理ってもんがあるやん」アキ子は声を震わせていた。
そんなアキ子の気持ちを気付かぬ振りをし、おじさんは口寂しくなったのか台所からポテトチップスを取り出し、豪快に開けた。
「これも最後のポテチやな」と言いながら食べ始めた。
「ちょっと、あんたこんな時までなんなんよ」
「最後ぐらいいっぱい食べさせろや」おじさんは満面の笑みで応えた。
「ほんましゃーなしやで」
「ありがとう」おじさんは珍しく感謝の言葉を素直に口にした。
その素直さがアキ子にはとても寂しく感じられた。
「で、あんたこの後どうするんよ。うちらの前から消えて何処に行こうっていうのよ」アキ子は尋ねた。
「別に決めてないな。またのらりくらりやな」
「なら、もうちょっとうちらと一緒にいたらいいやん。陽菜も寂しがるで。あんた急に消えたら」アキ子はおじさんを説得し始めた。
「あはは、その気持ちだけで嬉しいわ。お前から引き止めてもらえるとはな。ただ、契約の時間がきたらお前らは俺のことを認識できなくなる。どうやらこればっかりはどうにもならへんみたいや。行くあてとかそういう問題じゃないねん」
「ちょっと」アキ子は言葉に詰まり、落胆しているようであった。
「まあ、寂しなるけどそう落ち込むなや」
「ちょっと、誰が落ち込むんよ」というアキ子の目にはうっすら涙が光って見えた。
「大体、あんたはなんでそんな平気そうな顔してんのよ」アキ子はあえて強気になり、おじさんを責めた。
「そんなん、俺慣れっこやしな。大体。お前らは契約が終わったら俺の姿が認識できなくなるだけでなく、俺といた記憶もなくなるんやぞ」おじさんは寂しそうに応えた。
「ちょっと、冗談やろ?そんなんどうなってしまうのよ」
「どうなるもくそも、俺が認識できなくなったら、お前らの記憶から俺は消えて、はじめから今回の人生やったことになる。だから、何回も人生を繰り返した記憶もなくなるぞ」
「なんでよ。そんなん、あんまりやん…」アキ子は何も言えないようだった。
「まあ、でもそれが本来やしな。この何回も繰り返した人生覚えてたら結構人生の後半キツいと思うぞ。飽きてまいそうやしな」おじさんはあえて的外れなことを言った。
「うちはそんなあきるとか、そんなこと言ってるんとちゃうわ」アキ子は語気を強めた。
「うちは寂しいんや。なんやかんや言って長い付き合いやし、それをうちが全く覚えてられないことが辛いんや」
「でも、そう思える気持ちもあと数時間で終わる。安心しろや」おじさんは素っ気なく言った。
「ちょっと、あんた今の酷くない?」アキ子おじさんを睨みつけた。
「ああ、酷くて結構や。その方が楽やろう」
アキ子はおじさんの言葉の意味を理解できてしまったため、何も言い返せなかった。
しばらく二人の間の時間が止まったかのような沈黙が続いた。
「あっ、雪や」アキ子は自然と沈黙を溶かすように言葉を発した。
「そうやな。今日、めっちゃ寒いからな」おじさんも違和感なく同意した。
「うちコーヒー淹れるわ。あんたもいる?」アキ子はすっと立ち上がった。
「おう、ブラックでええそ」おじさんはいつも通り応えた。
アキ子はコーヒーメーカーに専用のカートリッジを挿入し、スイッチを入れた。アキ子はその動作を二回すると、抹茶カプチーノとブラックコーヒーと一緒にお盆に乗せ、おじさんのいる縁側に向かった。
「おう、ありがとう」おじさんはカップを受け取った。
アキ子は抹茶カプチーノをすすりながら、やや上目遣いでおじさんに尋ねた。
「うち前から気になってたんやけど、なんであんたはタイムトラベルとかしてんの?うちらみたいな後悔している人間と一緒に時間移動しても何もあんたにメリットないやん」
おじさんは頭をぽりぽり描きながら、「それは単に俺がええやつやからとは思わんのか?」と笑ってみせた。
「ちょっと、冗談言わんといてよ。あんたがいい奴なんは分かっているけど、こんな長い時間うちみたいな人と一緒にいるんやからなんか流石に訳あるんやろ?」
「あんまり言っても面白ない話やけど、残り時間も僅かやから、ちょっと話すか」おじさんはコーヒーカップを片手に遠くを眺めながら話始めた。
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