第26話

結局のところ、物事の真相というのはシンプルで大したことないことが大半である。そのような感じのことをおじさんはアキ子に言い、アキ子の怒りを鎮めようとした。しかし、的外れなおじさんの指摘はよりアキ子をイラつかせた。二人はファミリーレストランのガストのトイレの個室の中で話し合っていた。あの昆虫からの誘いにアキ子は乗り、ガストで夕食を二人でとることにしたのだった。正確にはおじさんを含めて三人ではあるが。

「だから、なんでしまちゃんが昆虫にうちが街コン行ったこととか話しているんよ」アキ子は更に声を荒げた。

「まあ、落ち着けよ。まだ昆虫とのデートは終わってないし、また家でゆっくり話そうや」おじさんは取りあえずその場を凌ごうとした。

「でた。そうやってうちのことめんどくさがって、話流そうとしてるんやろ」アキ子は強く目を見開き、不満を口にした。どうやらアキ子におじさんの目論見は完全にバレているようだった。その状況におじさんは焦りを感じつつとも、頑張ってさらに反論した。

「いや、それ違うって。落ち着けよ」

「この状態で落ちけると思う?落ち着けるはずないやん!」アキ子のボルテージは一向に下がる気配を見せなかった。

実はことの真相は、あの島中が昆虫にアキ子が街コンでいい感じになっている人がいると吹き込んだからだった。だから、昆虫はアキ子に彼氏が出来たのではないかと思うに至り、アキ子に直接ラインをしてきたということだったのだ。要は全て島中が余計なことを話しただけで、他にタイムトラベルしていたやつがいるわけでも、昆虫自身がタイムトラベルしていたわけでもなかったのだ。

「ほんまなんなんこのオチ。許されると思ってるん?」アキ子はさらに声を荒げた。

「まあ、ほんまに島中はいらんことしいやな」おじさんはアキ子に同意してみせた。

「ほんま腹たつわ。こんな昆虫と無駄な時間を過ごすことにもなってしまったし」

アキ子の発言を聞いておじさんは改めて昆虫が可哀想だと感じた。何故よりにもよって昆虫はアキ子のような女を誘うのだろうかと疑問に感じていた。

「まあまあ、せっかくご飯食べにきたんやから、デザートまでしっかり食べて帰ろうや」おじさんは気を取り直して説得した。

「ほんまや。なんか甘い物でも食べなやってられへんわ」アキ子は言い放つとトイレの扉を強く開け、自分の席に戻った。

アキ子は、昆虫と一緒にいることを一切気にすることなく、チョコレートパフェとマンゴーのパンケーキを注文し、残すことなく平らげた。

おじさんはその様子を見て驚愕したが、一方昆虫はいたって冷静であった。その後、昆虫と別れるとアキ子は家路に急いだ。

アキ子は慌てて電車に乗り込み、どさっと近くの席に腰をおろした。

「お前、ほんまによく食べたな」おじさんはアキ子に言った。

「ちょっと、あんた外では話しかけんといてや。あんたと違ってうちの声は周りの人に聞こえるんやから」と、誰もいない車両の中でアキ子は大声で応えた。

「いや、誰もおらんから」おじさんはいつも通りツッコミを入れると、アキ子はため息混じりに笑った。

「なんかうちの人生ってなんなんやろうな」アキ子は静かに呟いた。

おじさんが黙って聞いていると、アキ子は続けて話し出した。

「しまちゃんには嵌められて、結局こんだけ人生やり直してもイケメンと付き合えないだけでなく、誰とも恋できひんかった。なんか泣けてくるわ。うちのことを誘ってくるやつは昆虫ぐらいやし。意味わからんし。もう嫌やし。どうしたらええやろう。もううちわからんわ」アキ子は涙目になった。

「もう疲れたか?」おじさんはアキ子にいつもにもなく優しく問いかけた。

アキ子は静かにコクっと頷いた。


2017年6月大阪

「ちょっと、そんなこと言ったってうち全然納得出来ひんわ」アキ子は大阪市内の某結婚式場で喚き散らしていた。

「いや、しゃーないやろ。猪瀬君だって好きで盲腸になったわけやないぞ」おじさんはいつも通りアキ子をなだめた。

「なんでよりにもよって結婚式の日にそんなことになるんよ。うちの花嫁姿見たくないん?大体、急に盲腸なるとかあり得るん?」

「そんなしょうもないことで嘘ついても仕方ないやろ。どうせ後でバレるわけやから」

「うあ、もう結婚式中止やわ」アキ子はうなだれるように言った。

「お前、猪瀬君こうへんぐらいで中止したるなや。昆虫可哀想やろ?」

アキ子はプイと横を向き、椅子にどさっと腰をおろした。

昆虫とガストデートをしてからアキ子は昆虫と交際することになったのだ。あのデートの後、アキ子が家に着くとすぐに昆虫から電話がかかってきて、今から会いたいとかいうようなことを昆虫から言われ、アキ子も何故かその提案を承諾し、昆虫が家までやってきたのだ。

その後、昆虫はアキ子に自分の気持ちを告白し、二人は付き合うことになったのだ。

「でも、まさか最後の結末が昆虫とゴールインとはな。面白いものを見させてもらったわ」おじさんはお腹を抱えケタケタと笑った。

「ちょっと、他人の結婚笑わんといてよ」アキ子は語気を強めた。

「あはは、すまんすまん。で、お前はこの人生で良かったんか?」おじさんは急に真面目なトーンでアキ子に尋ねた。

「そんなん最悪に決まっているやん。昆虫とか全然タイプじゃないし、ジャニーズ系でもないし、気もきかへんし。ほんまありえへんわ」

「ほう、そうか。お前がそんなに後悔していたとは流石の俺も気付かんかったわ」おじさんは深々と首肯した。

「ほんまちょっとは気付いてよ。後悔しまくりなんやから。なんでうちがこんなイケてない男と結婚しなあかんのよ」アキ子は更に付け加えた。

「はあ、ほんまお前はしゃーないやつやな。じゃあ、久しぶりにチャリ乗って過去に帰るか?」

「ほんまや。その手があったな。ここ一年以上タイムトラベルしてなかったからええかもしれんな。昆虫なんかと付き合う前に戻ろう」アキ子はさらっと言いのけた。

「おい、でもよく言うマリッジブルーとかちゃうやろうな?」

「そんなん違うよ。そんなこと言ってんとさっさとチャリ乗って帰るで。うちはもっとイケメンと付き合って幸せな結婚するねん」アキ子はおじさんを急かした。


二人は結婚式場を飛び出し、自転車で近くの坂道の方へ向かって走り出した。


キーコー、キーコー


「お前、やっぱり重いな」

「ちょっと、花嫁に向かって何失礼なこと言っているんよ。ウエディングドレスが重いから仕方ないやん。しかも、めっちゃ暑いし」

おじさんは花嫁姿のアキ子を後ろに乗せ、自転車のペダルを苦しそうに漕いだ。

「よっしゃ、着いたぞ」とおじさんはそう言うと、坂道の頂上から下を見下ろした。

「ちょっと、今回は結構高くない?」アキ子は表情を強張らせた。

「大丈夫や。安心しろ。俺は今まで無事故無違反やぞ」

「いや。それはわかってんねんけど」アキ子は不安気に応えた。

「じゃあ、過去に行くか」おじさんは後悔の量を測定するメーターのスイッチを入れた。

「うん」と、アキ子は覚悟を決め強く頷いた。

すると、おじさんはやれやれといった表情を浮かべ、「おい、お前これじゃ過去に戻れへんわ」と半笑いで呟いた。

「ちょっと、ここまできてなんなんよ」

おじさんはアキ子の方へ顔を向け、「だって、お前これぽっちも後悔してないもんな」とおじさんは言った。

アキ子はおじさんの言葉を聞いてハッとした。そのアキ子の表情を見ておじさんは思わず笑顔になった。

「無自覚なんやな。お前、この人生全く後悔してないみたいやぞ」

「ちょっと、どういうことよ?」

「このメーターが示している。過去に帰るには後悔のエネルギーが必要。それはわかっているよな?」

「うん」

「メーターが動かへんということは後悔してないってことや。だから、お前はもう過去には戻れへん」

「ちょっと、なんでよ。うち昆虫みたいなカッコよくないやつと結婚とか後悔しかないで」アキ子は目を丸くした。

「この幸せ者がよく言うわ」おじさんは吐き捨てるように言い放った。

そして、アキ子はやや恥ずかしそうな表情を見せ、「だって仕方いないやん。そんなん頑張って生きてきたら後悔なんか出来るはずないやん。うち幸せやもん」と強く言った。

「それで正解や」と、おじさんはそういうと満面の笑みで親指を立てた。

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