第24話

「ちょっと、なんで昆虫全然話さへんのよ」アキ子はおじさんを問い詰めた。

「俺にそんなこと言われてもな」おじさんは窮屈そうな顔を見せた。

おじさんはさらに続けて「あと、言ってもしゃーないことなんやけど、やっぱりトイレで話すしかないんか?あまりにも狭すぎて」と苦悶の表情を浮かべた。

アキ子とおじさんはあべのハルカスのとある女子トイレにいる。あの後、アキ子は昆虫とラインを続け二人であべのハルカスに行くことになったのだ。

「そんなん、こっちのセリフやわ。好きでやっているんとちゃうで。あんたの姿見えへんのやから、外でうちが一人で話していたら頭おかしいやつに思われるやん」アキ子は目力を強め、反論した。

「ごめん、ごめん、そらそうやな。いやーそれにしても狭い」おじさんは自分の非を認めつつも愚痴をこぼした。

「何が『それにしても狭い』なん。ちょっとは痩せーや。で、昆虫が全然話さへんし、かなり面白くないねんけど」アキ子は不満を訴えた。

「えっ、そこ?全然話さへんから手がかりつかめへんとかじゃなくて、お前楽しみにきてんのか?」

「さすがに、少しはうちだって楽しみたいわ。まあでもあれやな。楽しむより先にさっさと真犯人を見つけなあかんな。真犯人の狙いがうちらにあるんやったら、どっかでうちらのこと見てるはずやもんな」アキ子は深々と首肯した。

「そうやな。ただ、お前に言われた通り、尾行してくるやつとかおらんか警戒しているけど、それらしいやつはおらんねんなあ」おじさんは首を捻り、困ったように言った。

「ちょっと、なんでなんよ。昆虫を使ってうちらを嵌めようとしているんやったら、絶対見に来るやろ?」

「俺に聞かれてもなあ。あっ、でも田辺とかいうお前の会社の女たらしの先輩ならおったぞ。チョコレート屋うろついていたわ」

「ちょっと、なんでそれを先に言わへんのよ」アキ子は思わず語気を強めた。

「おいおい、落ち着け。でも、こっちのことは全く気が付いてなかったぞ。必死にチョコレート探していたからな」

「そうなん。でも、やっぱり近くにあの人いるの嫌やわ。たぶん、また可愛い女の子にあげるチョコレート探してたんやで。どうせしまちゃんとかちゃう?」

「まあ、田辺のことやから十中八九そんなところやろうな。あいつもようやるな」おじさんは思わずあざけ笑ってしまった。

「ほんまやで。で、話戻るけど田辺以外おらんかったん?知っている人は?」

「おう、おらんかったぞ。俺の姿はお前以外に見えへんし、探し放題やから結構頑張って動き回ったんやけどな」

「そっか、結局今のところ手がかりなしかあ」アキ子は落胆の表情を浮かべ肩を落とした。

「いや、でもまだわからんぞ。だってまだあべのハルカスに着いて30分も経ってないぞ」おじさんはさっと腕時計を確認した。

「ちょっと、嘘やん。一時間以上経ったと思ったんやけど」

「おい、流石にそれはないやろ。このあと昆虫とランチに行かなあかんわけやし」おじさんが言うと、アキ子は面倒くさそうに「ほんまもう嫌なんやけど。全然面白くないし」と応えた。


そして、アキ子はトイレから出ると「お待たせ」と言いながら昆虫の方へ向かってゆっくり歩いた。

昆虫は首を縦に動かし、頷いたようだった。

アキ子が昆虫の側まで来ると、昆虫は進行方向に身体を向け無言で歩き出した。

何故かデートなのに二人は一言も言葉を交わさずに、縦に一列に並び歩を進めた。その様子はまるでRPGの勇者、魔法使い、商人がならんでいるようであった。

ただ、今回は、どちらかというとアキ子の方が勇者であるから魔法使い、勇者、商人という並びと言ってもいいのかもしれない。

後方でおじさんが周りをキョロキョロ見渡していると、何かに気付いたようだった。

「おい、田辺がこっちに向かってくるぞ」おじさんがアキ子にこっそり耳打ちをした。

「ちょっと、やばいやん」アキ子は昆虫に聞こえないように呟いた。

アキ子は続けて、おじさんに無理難題を言った。

「ちょっと、あんたこの状況なんとかしてや。いくら真犯人を探すためやっても昆虫と二人で歩いているところを見られるのだけは嫌やわ」

「おいおい、無理言うなよ。俺はお前以外の人間に干渉できひんねんぞ」

「そこをあんたのアイデアで何とかしてや」アキ子はしかめ面で言った。

「うーん」とおじさんが腕を組み悩んでいると、アキ子が何か思いついたように「あっ」と言った。

「どうした?お前何か思いついたんか?」とおじさんが尋ねると、「ちょっと、うちのスマホどっか行ったんやけど」とアキ子は鞄の中を漁った。

「なんやねん。それやったらお前さっき紙袋の方に自分で入れてたぞ」おじさんは呆れたように言った。

「あっ、ごめん、ほんまや」アキ子はスマホを鞄の中にいつもの場所に入れた。

おじさんはその様子を見ながら、「おい、もしかしたら田辺どっかに行かせられるかも知れん」と呟いた。

「ちょっと、どういうことよ?」アキ子はやや前のめりになった。

「いや、俺は他人には知覚できひんけど、物理的には干渉できるわけやから田辺のスマホや財布を奪って、インフォメーションセンターかどっかに持っていけば、あいつはそこに向かうやろ?」

「確かに、何か失くしたら落し物センターとか迷子サービスとかあるところに行くよな?」アキ子は嬉しそうに言った。


おじさんはすぐさま後方にいる田辺の方へ向かった。何とかして人混みをかき分けおじさんは田辺に近づいた。

田辺はキョロキョロとお菓子や食料品を見ながら歩いていた。田辺は、基本的に鞄などは持ち歩かない主義のため、スマホと携帯はポケットに入っていることがおじさんにはすぐにわかった。

すると、おじさんは迷いなく、背後から田辺に近づき、ポケットから財布と携帯を奪った。

普通の人間が同じことをすれば、すぐさま気付かれそうなものだが、おじさんはアキ子以外の人間には知覚できないため、バレることなく奪うことができた。

後はアキ子がインフォメーションセンターの半径10メートル以内に入れば、おじさんはそこへ田辺の携帯と財布を置くことができる。

おじさんは駆け足でアキ子の側により、「おい、田辺の財布と携帯パクってきたぞ」と小声で報告した。

すると、アキ子も小声で「ナイス」と呟いた。

「あとは、お前がインフォメーションセンターの半径10メーター以内に入ったときに、そこにこの財布と携帯をポイッと置いておけば完璧や」おじさんは得意気に言った。

「ちょっと、めっちゃラッキーやん。あれインフォメーションセンターちゃう?」アキ子は前方を指差した。すると、おじさんからも昆虫がインフォメーションセンターの方向に向かって歩いて行く様子が確認できた。

アキ子がインフォメーションセンターの前を通り過ぎると同時におじさんは田辺の財布と携帯をそっと置いた。

しばらくすると、田辺はポケットを探り始めた。どうやら財布と携帯がないのに気がついたようである。田辺は首を傾げながらも館内の掲示板でインフォメーションセンター探し出し、そちらの方へ歩き出した。

それを見ていたおじさんは笑いながらアキ子へ「邪魔者は消えたな」と呟いた。

アキ子は満足そうな笑みを浮かべ、静かに首肯した。


アキ子は昆虫の後ろを文句ひとつ言わずに歩き続けたが、流石に嫌気が刺してきた。田辺を無事に処理できてから30分以上、昆虫は色々な店を見ては首を捻り考え込み、一向にお店を決めようとしない。

「おい、あいつ何してんねん」おじさんがややキレ気味に言い放った。

「ほんまやで」アキ子も大きく目を見開いて言った。

すると、昆虫がアキ子の方を向いたので、アキ子は慌てて「なんでもないで」と取り繕った。

「いや、それにしても優柔不断過ぎひん?」アキ子は小声でおじさんに同意を求めた。

おじさんは深く頷きながら、「あれじゃあ、なかなか彼女は難しいやろうな」と応えた。

「ほんま、あんなんやったら一生彼女できひんで」アキ子は偉そうに言うと、おじさんは他人のこと言えるのかよと言う気持ちでアキ子を横目で見た。

「ちょっと、あんた。何か言いた気やな」アキ子が喧嘩腰になると、またしても昆虫が二人の方を向いたため、アキ子たちは話すのをやめた。

「なんでもないで」とアキ子は昆虫に対して言うと、またしても昆虫は頷き、次のお店の方へ向かって歩き出した。

アキ子とおじさんはお互いに顔を見合わせ、昆虫のあとに続いた。

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