第21話

「どうしたの?あっちゃん、ちょっと機嫌悪くない?」と思わす島中は心斎橋駅の中心で聞いてしまった。

「別に悪くないよ」アキ子はいかにも不機嫌そうに応えた。現在、2014年10月24日(金)18時27分。アキ子は街コンに三回目の挑戦をすべく、またしてもこの時間にやってきたのだ。

「そう?ならいいんだけどね」島中は疑念を抱きながらも一応納得して見せた。

アキ子は特に島中と会話もせずに目的地に向かって歩いていた。島中も黙ってアキ子について行った。

「ねぇ、あっちゃん、なんか道とか全部調べてくれたの?なんか悪いね」とあまりにもアキ子が迷いなく歩を進めるものだから島中は言った。

「うち、だってこの街コン結構やる気あるもん」アキ子は堂々と言い放った。

「あっ、でも、うちがやる気あることとかいちいち男に言わんでええで。しまちゃん、そういうことすぐ言いそうやし」アキ子は矢継ぎ早に付け加えた。

「うん、わかっているよ。言わないよ。そんなこと。ただ、わたしは軽い気持ちで街コンに来てしまったなあって思っただけだよ」島中は前回同様に余裕を漂わせることにした。

何回やり直しても島中のこういうところは変わらないのだなとアキ子は思いつつ、「なら、ええねん。しまちゃんはそのまま軽い気持ちでいてくれたら」アキ子は冷たく応えた。

アキ子は今回、島中に対して優しくできないだろうなと思っていたが、自分でも驚くぐらいきつく当たってしまっていると自覚していた。ただ、前回の島中の邪魔が頭から離れず、思わずきつい言動をしてしまう。そんな自分が嫌だった。そんなことを考えていると、おじさんが、「落ち着けよ。こいつは嫌な奴やけど取りあえず、街コン自体は楽しい雰囲気で終わらせるのが重要やぞ」と小声でアドバイスした。

アキ子はこの時間に旅立つ前のおじさんの言葉を思い出した。


「お前、あれやぞ。いくら島中が嫌な奴でも街コン会場では仲がええ感じだせよ」

「そんなん、できるはずないやん。あんな妨害されて」アキ子は不機嫌そうに応えた。

「お前さあ、一緒に来ている二人が仲悪かったら男もよう上手いこと話されへんぞ」おじさんはあきれ顔になった。

「でも、うちの気持ちも考えてよ」アキ子は強く言った。

「お前の気持ちとか知らんわ。そんなもん、街コン来ている男にそんなこと関係ないやろ?」

「確かにそうやけど」アキ子は思わず言葉に詰まってしまった。

「とにかく、こぅいう飲み会は楽しそうな雰囲気が大事なんや。わかったか?他人にお前の事情を押し付けないように」おさじさんは念を押した。

「うん、わかったわ」アキ子は仕方なく同意した。


アキ子は黙っておじさんの言葉に首肯し、「しまちゃん、ちょっとうち緊張していつもと違うかもしれん」と言った。

「うん、そうだよね。ちょっとピリピリしているような気がしてた」島中は肯いた。

「ごめん、でも、もう大丈夫やから」とアキ子が言うと、島中は少し安堵の表情をみせた。

二人は心斎橋の街のサラリーマンをかき分け進んで行った。アキ子が道筋は全て知っているので一切の迷いはなかった。その満ち溢れる自信のおかけで島中は安心してアキ子の後について行った。

そうこうしているうちに二人は街コン会場に到着した。慣れた様子でアキ子は受付を終えた。その様子を見ていた島中はふと疑問を打ち明けた。

「あっちゃんって本当に街コン始めてなの?」

「うん、はじめてやで。前に言ってなかった?」

「言っていたと思うけど、あまりにも慣れているというか、既に三回ぐらいは行ったことある感じが出ていたから、つい不思議に思ったんだ」島中は伏し目がちに言った。

「あはは、もしかしたらあながち間違いでもないかもな。しまちゃん、デジャブって知っているやろ?実はうち今あの感じがすんねん」アキ子は大きく笑った。

「デジャブね。確かに私もなんかここ一回来たことがあるような気がする。もしかしたら本当にそうなのかも知れないね」島中は素直にアキ子の意見に同意した。

「しまちゃんもそう感じているならそうかもしれんな」アキ子は島中の勘の良さに感心した。島中はとぼけた顔をしているが勘のいいところがある。今までもアキ子がタイムトラベルをしているが故に知っていることに対して疑問を持ったりするので、内心ヒヤヒヤすることも多かったのだ。大半の人間はあまりそういったことを気にはしないが、この島中という女は侮れないのだ。アキ子がタイムトラベルしてからの島中の口癖は「あっちゃんって何でも知っているんだね。まるで預言者だね」だ。島中のそのセリフのせいで会社では預言者あっちゃんなどからかわれることも多くなったのだ。ただ、アキ子はその預言者キャラクターを進んで受け、みんなの前では道化に徹していたので、島中以外の人間からは特に未来を予知しても不思議がられなかった。

「預言者あっちゃんとしては、今日はいい出逢いありそうですか?」島中はいつものようにふざけた。

「たぶん、最低でも一人ぐらいは話かけてくれるかな?あとは努力次第」アキ子はいつも通り、堂々と予言を口にした。

「へーそうなんだ。なんか少し控えめな予言だね。でも、期待しているよ」島中は応えた。アキ子は一体何を期待してのだと思ったが特に何も言わず、とりあえず頷いた。

二人で盛り上がっていると、司会者の伊佐木が乾杯の音頭をいつものように取った。

男女は乾杯のかけ声に合わせてグラスを持ち上げ交わし合わせた。

「始まったね」島中はまずはビールを口にした。アキ子も「そうやな」と言いジンジャエールをグラスの7割ほど飲んだ。アキ子はよくしゃべるので喉がすぐ渇いてしまうのだ。

その様子見ていた啓太が前回と同様に気さくに話かけてきた。

「こんにちは、美味しそうに飲みますね。僕も一緒にいいですか?」

「ええよ」アキ子はグラスを差し出し、啓太と乾杯した。島中もそれに合わせようと遅れながらも乾杯に参加した。

「街コンは何度か参加されているんですか?」啓太は決まり切った質問を二人に投げかけた。

「はじめてやな」アキ子は島中と顔を見合わせ、頷いた。

「自分は結構参加してそうやな」アキ子は啓太に尋ねた。

「そうですね。分かっちゃいます?」啓太は恥ずかしそうに応えた。

「うん、なんかそんな感じて出ているね」島中は微笑を浮かべた。

「せやな。完全に小慣れた感あるな」アキ子は島中の言葉に同意した。

「あはは、そう言われてしまうと変に照れますね」啓太は恥ずかしい気持ちを誤魔化すように頭を掻いた。

「あっ、お二人ともドリンクもうなさそうですね。僕取ってきますよ」

「おう、悪いな。うちはジンジャエール。しまちゃんは?」アキ子はまたしても啓太を弟子のように扱った。

「そうだな。もう一杯ビールかな」島中は言った。

「わかりました。取ってきますね」啓太は元気よく、ドリンクを取りに向かった。

「啓太君って結構フレンドリーで話しやすいね」島中が唐突に言い出した。

「そうやな。ええやつぽいな」アキ子は同意した。

「あっちゃんはどうなの?」島中は前回同様、探りを入れはじめた。

アキ子はまた来たぞと感じながら、「まだわからへんわ。しまちゃんは?」と尋ねた。ここで下手に啓太を褒めれば島中がまた余計なことを言うのは目に見えていた。

「どうだろう?私もまだわからないなぁ」島中はとぼけた表情で応えた。

そうこうしていると、啓太がドリンクを持って戻ってきた。

「すまんな。ありがとう」とアキ子が言うと、島中も遅れながら感謝の意を伝えた。

「いえいえ、そう言えば自己紹介まだですよね」啓太は切り出した。

「せやな。うちはアキ子や」アキ子はそう簡単に自己紹介をすると島中の方を見た。

島中はアキ子の視線に気づき、「島中です。よろしくお願いします」とだけ応えた。

「僕は啓太って言います。実は大学二回生です」啓太は照れた様子で応えた。

「そうなんだ」島中は驚いた表情を見せた。一方で、アキ子の方は前から知っているのともう三回目なので流石に驚けなかった。

「じゃあ、私たちよりも若いね。私たち、社会人二年目だからね。もう年だよ」島中は心にもない言葉を続けた。

「そんな違いないですよ。お二人とも全然若いです」啓太は慌てて取り繕った。

「まあ、実際まだ衰えとかは感じひんからな。たぶん若いんやろ」

また、アキ子はさらに続けて「しまちゃん、恋に年齢は関係ないで」と笑顔を見せた。

「えっ、そんなんじゃないよ」島中はアキ子の意外な発言に困惑しているようだった。

「冗談やって、しまちゃん。そんな焦らんでも」アキ子は余裕の表情で応えた。

「あっ、料理取ってきましょうか?」啓太は急に思い出したように言い出した。

「えっ?」アキ子と島中は同時に啓太の方を見た。

「お腹空いてません?なんか取ってきますよ」

「あぁ、じゃあ、適当によろしく頼むわ」アキ子は啓太の背中を強くたたき言った。

啓太が料理を取りに行くと、アキ子は島中に対してさらに探りを入れた。

「ちょっと、しまちゃん、啓太君のこと実際どう思ってんのよ」

「えっ、別にタイプじゃないから何とも思ってないよ。あっちゃんこそ好きなんでしょ?」島中はリベンジを試みた。

「うーん、でも、うち今まで付き合ったこととかないからわからへんわ。でも、しまちゃんはタイプやないんや」アキ子はあえて自虐してみせた。

「うん、そうだね」島中は表情を強張らせた。

二人が謎の対決を行っていると、啓太がシーザーサラダ、サーモンのカルパッチョ、マルゲリータを持って帰ってきた。

「あっ、帰ってきたわ」アキ子は啓太の方へ目を向けた。

「すみません。遅くなりました」

「いやいや、ええよ。それよりいっぱい取ってきてくれたな。ありがとう」アキ子は素直に感謝した。

「ほんとだ。いっぱいだね。ありがとう」島中も続けて言った。

「食べましょう。好きなだけ食べちゃってください」啓太は立食用の丸いテーブルの上に料理を置いた。

「ちょっと、これめっちゃおいしいやん」アキ子はマルゲリータを口いっぱいに頬張りながら言った。

啓太と島中もアキ子につられてマルゲリータを口にした。

「チーズが濃厚でおいしいですね」

「そうやろ?」アキ子は何故か自分で作ったわけでもないのにどや顔で肯いた。

「アキ子さんってチーズ好きなんですか?」啓太はあまりにもアキ子が美味しそうにマルゲリータを食べるものだから気になった。

「どうやろ?うちなんでも好きやで。でも、甘いもんの方が好きかな。チョコとかケーキとか」

「あっ、そうなんですか?いつもこういうタイプの街コンでは最後の方にケーキとか出てくるので楽しみにしておいてください」

「マジで。ちょっと、ケーキ期待してるわ。しまちゃん、ケーキやって」アキ子はなぜか島中に話を振った。

「うん、ケーキ楽しみだね」と島中は言ったが、本当はケーキより刺身や牛刺しなどの生肉が食べたいと島中は思った。彼女は典型的な女子が好きな甘いケーキも食べるには食べるが、基本的に彼女は酒飲みなのでお酒に合いそうなものの方が好みなのだ。ただ、こういう場では男子の目も取りあえずは気にして、そういうことは自分からは言わないことにしている。

「そういえば、啓太君はどんな女性がタイプなの?」島中は唐突に言いだした。それを聞いたアキ子は思わず、焦りを感じた。恐らく島中は何かを仕掛けてくるのではないかと。

「そうですね。まあ、話とか合う人がいいですね」啓太はさっと応えた。

「そうなんだ。じゃあ、見た目は?」島中はさらに攻めた。アキ子は自分の動揺が周りに伝わらないよう細心の注意を払い、見守った。

「うーん、なかなか難しいですね。どっちかというとほっそりしている方がいいかもですね」啓太は腕組みをし、首肯した。

「じゃあ、私かあっちゃんだったら、完全にあっちゃんの方がタイプだねと島中は横目でアキ子の様子を確認した。

その瞬間、アキ子の恥ずかしさが閾値を超えた。もう島中の好きにはさせられない。

「ちょっと、しまちゃん、いい加減にしてもらえる?」と言おうと、アキ子が大きく息を吸った瞬間、おじさんの手がアキ子の肩を叩いた。

「落ち着け。取りあえず、ここはスルーや。島中の挑発に乗るな」とおじさんの安心感のある声が後方から聞こえた。

そんなことをアキ子が考えているうちに啓太は島中の困った質問を濁しながら適当に応えていた。島中はアキ子がただニッコリして話を聞いているものだから不思議に思っているようだった。

「ごめんね。どっちがタイプとか言いにくいよね。私酔ってしまって変なこと聞いちゃった」島中は赤くならない頬を赤くしようと必死だった。島中はアルコールには相当強いのでこの程度では絶対酔わない。

「あっ、全然気にしないでください。そんなことより、大丈夫ですか?」啓太は島中の顔を覗いた。

島中は「うん」とだけ応え、啓太の目をまっすぐ見た。アキ子にはそのアイコンタクトの時間は異様に長く感じられた。

啓太は若干動揺したのか慌てて「水取ってきますね」と言い、アキ子に島中を任せてカウンターに駆け足で向かった。

「ごめん、あっちゃん」島中は小さな声で呟き、アキ子の方を見た。アキ子は、啓太はこの島中のどんよりした目に見つめられたせいで動揺したのだと感じ取った。無理もない、可愛そうにと思い、アキ子は少し同情した。

「別に、ええよ。そんなことより、大丈夫なん?」アキ子は特に心配はしていないが形式的な質問をした。

「大丈夫だよ」島中は大丈夫じゃなさそうに応えた。

「こいつ、ほんまめんどくさい女やな」とおじさんが後ろからいうものだから、アキ子は吹き出しそうになってしまった。

そのせいで、アキ子は半笑で「なら、よかったわ」と全く心配していない様子で応えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る