第19話

アキ子は気が付くと心斎橋駅にいた。アキ子は近くに他人の気配を感じたので、ふと横を見ると島中が一緒にいた。

「どうしたの?あっちゃん?」島中は不思議そうな表情でアキ子の顔を覗き込んだ。

アキ子は状況を瞬時に理解し、「いや、なんでもないで。気にせんといて」と言いスマホを確認した。


2014年10月24日(金)18時27分


「うん、大丈夫や」とアキ子はスマホを見つめながら深く首肯した。スマホから目を離すとアキ子は「じゃあ、行こか」と島中に向かって言った。多くのサラリーマンの中をかき分け二人はまっすぐ歩を進めた。アキ子の目にはもうすでに迷いはなかった。

うちは今まで猪瀬君との時間を何回、何十回とやり直してきたんや。それ比べればこんなん一回目の繰り返しやし、大したことはない。今度こそモテるんや。

アキ子がかなり険しい顔をして考え事をしているように島中には見えたので、島中は心配そうに「どうしたの?緊張している?」と尋ねた。

「あはは、ちゃうよ。逆にわくわくしているわ」アキ子は少年漫画の主人公が強敵を目の前にしたときのような心境を口にした。

「とにかく、前に進むしかないんや」アキ子は意味深に応えた。

「そうだね。スマホのマップによるとまだまっすぐだしね」島中はスマホの画面をアキ子に向けた。アキ子はその画面を横目で確認すると軽く肯いた。

その後、アキ子はスマホをそれから一切確認することもなく歩を進め、二人はお店の前に無事到着した。

島中は、アキ子が初めから知っていた、いや既に行ったことがあるかのように行動するものだから島中は驚きながらも「この街コン、あんまり興味なかったから場所完全にあっちゃんに任せてしまって」と少々嫌味ぽいセリフを口にしようとすると、アキ子は「別に謝らんでええで」と島中の言葉をすっぱり遮った。

「じゃあ、しまちゃん、店入るで」アキ子はまるでお化け屋敷にでも入るような緊張感のある声で島中に確認した。

「うん」と何故か島中はアキ子の醸し出す緊張感のせいで恐る恐る歩き出した。

その島中の様子に気が付いたアキ子は「しまちゃん、大丈夫やで。今度こそはちゃんとするから」と穏やかに声をかけた。

「えっ、どういうこと?」島中はやや困惑気味に訊いた。

「いや、ごめん、こっちの話や。しまちゃんは普通にしていたらええで。きっとそれで上手くいくはずやから。一番の問題はうちや」アキ子は恥ずかしそうに鼻のてっぺんを掻きながら応えた。

二人は戸惑うこともなく、街コンの受付を済ませ、カウンターでドリンクを受け取った。島中はビール、アキ子はジンジャエールをもらった。

アキ子は一口ジンジャエールを飲むと、遠くを見つめながらおじさんの言葉を思い出していた。


「前回とほぼ同じ行動をとれば、必ず啓太という男ははじめに話しかけてくるはずや」

「そうやな。今までもそうやけど、大抵同じようになるもんな」アキ子は深く首肯した。

「そうや。だから、お前が行動を変えるタイミングは啓太っていうやつが話かけてきて、会話がスタートしたところからや」おじさんは細く真剣な眼差しで言った。

「うん、わかっている。で、うちはどういう風に行動すればいいん?今回は騙されたと思ってあんたのいうことに従ってみるわ」アキ子は力強く応えた。

「お前にしては素直やな。モテる上で素直というのも重要やからええ心がけや。とりあえず、あの話かけてくれてきた啓太という男の前で僻んだことを絶対言わないこと。まずはこれだけでも徹底してくれたら結果は変わると思うぞ」

「ちょっと、それだけでいいん?それだけやったら、あの子うちのことちゃんと興味もつかな?」アキ子は首を捻った。

「ああ、今回の二週目に関してはそんな感じでええやろ。たぶん、それだけでは付き合うかおろかデートできるかもまだ怪しいな。デートできれば上出来やろ」

「ちょっと、あんた。うちにこの時間何回繰り返させる気なん?」アキ子は目をぱっと見開いた。

「あはは、結構繰り返してもらうつもりや。この時間は初めての出会いの反復練習にはもってこいやしな」おじさんは上機嫌に応えた。

「ふん、初めての出会いの反復練習?矛盾にもほどがあるわ」アキ子は鼻で笑った。

「でも、お前と俺やったらその矛盾を実現できる。お前理系じゃないからわからんかもしれんけど、こんな感じで全く同じ条件下で実験できることなんて人生ではそうそうないからな。普通実験というのは全く同じ条件とかにそろえてやれれば比較しやすいし、何があかんかったかもすぐわかる。だから、一回のループに対して変える行動をそんなに増やしたらあかん。変数は一つでええんや」

「なるほど、わかったような。わからんようなやけど、要するに前と違う行動をいっぱいしたら次に戻るときになんも参考にできひんから、少しずつやれよってことやんな?」

「まあ、簡単に言ってしまうとそういうことになるな」おさじんは頭を掻いた。

「でも、うちあの啓太って男あんまりタイプじゃないねんけど」アキ子は冗談ぽい笑顔を浮かべながら口をとがらせた。

「はっ、お前それはこの時間で一番モテるようになってから言えや」おじさんはアキ子の冗談に言葉を返した。


「あっちゃん、なんか緊張するね」島中はいつもの薄ら笑いを浮かべ言った。

「しまちゃん、そんな緊張せんでも大丈夫やで。街コンなんて男女が楽しく飲めたらそれでええねん」アキ子は慣れた表情で応えた。

「そうだね。まあ、普通にしていたらある程度は楽しく飲めるよね」

「うん、まっ、その普通というのが難しくて、ついつい普通に当たり前のことが出来なくて、僻みまくって、何回もやり直そうとするアホもおるんやろうけどな」アキ子は自分のことを言いながら、おじさんを横目で見て、笑みを浮かべた。

「そんな人いるかな?」島中はクスクスと笑った。

二人が談笑していると、街コン司会者の伊佐木が話し始めた。

「はい、では7時となりましたので街コンパーティーの方をはじめさせて頂きます。本日は、わたくし、伊佐木がこのパーティーの司会進行を務めさせて頂きます」伊佐木はまるで司会者をする為に生まれてきたかと言わんばかりに良い声で説明を始めた。

「本日は、女性25名、男性18名と少し男性が少なめです。男性のみなさんラッキーですね」と司会者伊佐木が言うと、少し会場の緊張感が穏やかになった。

「では、皆さま、お手元のドリンクを持ってください」と伊佐木が参加者に促すと、会場の皆はそれぞれのグラスを手にした。

「はい、準備はいいですね。では、今夜が皆様にとって良い出会いとなりますように!乾杯!」という声に合わせて、アキ子と島中はグラスを交わしあった。

アキ子と島中は一口飲み物を口にした。すると、原井啓太が予定通り、アキ子たちの方へ向かって歩いてきた。

「あっ、きたきた」とアキ子が呟くと、島中は顔をあげて「どうしたの?」と啓太の方を見た。

「こんにちは。一緒に飲みませんか?」啓太はアキ子と島中に話しかけた。

「ええよ。飲もうや」とアキ子は島中へ目配せをし、グラスを持ちあげた。

島中は少しぎこちない雰囲気ではあったがアキ子の意図を理解し、自分のグラスを手にした。

「乾杯!」と三人はスムーズにグラスを交わした。

「お二人は街コンとか初参加ですか?」啓太はビールを一口飲むと尋ねた。

「そうやな。はじめてやな。あんたはなんかこなれた感じだしてんな」アキ子はその啓太以上にこなれた感じで尋ねた。

「あっ、ばれていますか?僕は結構街コン参加していますね。街コン好きの先輩に連れられてくることが多くて」と啓太が言うと、アキ子は間髪を入れずに「でも、今日一人やろ?先輩おらんやろ?自分がはまってるんとちゃうの?」と言葉を入れ、笑った。

「すごい!よくわかりますね。先輩に連れられるうちに自分自身がはまってしまいました」啓太は照れた表情を見せた。

「まあ、人生経験の差やな」アキ子はまるで年寄りのようなセリフを口にした。

啓太はアキ子の言葉を聞くと穏やかな笑顔を浮かべながら、「いやいや、そんな変わらないでしょ?」と返した。

「だって、うちら社会人やで。少なくともあんたより年齢上やし、人生経験も豊富やわ」アキ子は自然な笑顔で応えた。島中はアキ子の言葉に合わせて首肯した。

「だって、若そうにみえるよ」と島中は言い、ビールを口にした。

「あーばれてますね」啓太は少しばつの悪そうな顔を浮かべ頭を掻きながら「実は大学二回生なんですよ。だから22歳です」と続けた。

「ま、そんなところやろうな」アキ子は全てを見切り勝ち誇ったような表情を見せた。

「いやーお姉さん方には勝てないですね。洞察力が半端ないです。やっぱり、こういうの社会人の人が多いから僕とか場違いですかね」啓太は苦笑した。

啓太が少し不安を抱えているように感じたのでアキ子はすかさず、「いや、そんなことなやろ?なあ、しまちゃん?」と島中の方を見た。

「そうだね」島中は頷いた。

「安心しました」啓太はほっと胸をなでおろしした。

「そう言えば、お互い自己紹介まだじゃない?名前教えてよ」島中は思い出しかのように尋ねた。

「あっ、そうでしたね。僕は原井啓太っていいます。現役大学生で今工学の勉強してます」啓太は意外にも真面目な自己紹介をした。

「うちは松井アキ子。現役社会人やで」アキ子はピースサインをした。啓太と島中はアキ子のピースの意味は一切理解できなかった。

「あっ、私は島中綾子っていいます。大学ではデザイン関係かな。そんな感じの勉強してました」島中は伏し目がちに応えた。

「へえー、デザイン関係とは凄そうですね」啓太は島中の経歴に興味を持ったようだった。

その時、アキ子はいつものように僻んだことを考えてしまった。

ほら、どうせしまちゃんみたいな可愛い子の話には興味持って広げようしているやん。結局また一回目と同じでしまちゃんばっかり構うつもりなんやろうな。

アキ子はそんなことを考えていると、おじさんが視界に入って思い出した。おじさんは自分の姿がアキ子以外の人間には見えないのをいいことにお皿にに沢山のお肉を乗せ、口に運んでいた。アキ子はおじさんの行動が目立つものだから、その姿に思わず見入ってしまった。あかん。またうち僻んでる。今回は僻まないって決めたのに。

しかし、おじさんが必死に食べ物を口にしている姿を見ると、何故がアキ子の気持ちは自然と落ち着きを取り戻し始めていた。ふと、アキ子の視線を感じたのかおじさんはアキ子の方を向き笑顔を見せた。

「アキ子さん、ご飯取ってきましょうか?」啓太はアキ子が料理を置かれたカウンターをずっと見ているものだから気をきかせてくれた。

アキ子ははっとし、「おう、じゃあ、頼むわ」と咄嗟に応えた。

「お二人とも苦手な食べ物とかありますか?」

「私はないよ」と島中はアキ子に視線を向けると、アキ子も「うちは何でも食べるで」と元気に応えた。

その様子を見た啓太は安心した笑顔を見せ、「じゃあ、取ってきますね」とカウンターの方へ向かった。

アキ子は啓太とおじさんが一緒に並んでいる様子を見て、少し笑みがこぼれた。

「あっちゃんは啓太君はどうなの?」島中が急に話始めた。

「どうなの?って何なんよ」

「いや、だからありかなしかで言うとってこと」島中は意地悪そうな表情を浮かべ、ほくそ笑むように言った。

「そんなん。決まってるやん」とアキ子は続きを言おうとして、言葉に詰まってしまった。

うち、自分のこといつも棚に上げて、チャラいからあかんとか、他人のこと格付けしまくってたなとアキ子は今までの自分の過去の発言を省みた。

「どうしたの?」と島中はアキ子が考えて混んでいるようだったので聞くと、アキ子は「まあ、まだわからんな。見た目チャラいけど話してみたら案外いい奴ぽいし」と言った。

「珍しいじゃん。あっっちゃんが男の人褒めるなんて」島中は思わず驚きを見せた。

「ちょっと、やめてよ。しまちゃん。そういうのちゃうって」アキ子は慌てた。

そうこう二人がガールズトークらしきものを楽しんでいると、啓太がお皿いっぱいに料理を持ってきた。お皿にはシーザーサラダ、サーモンのカルパッチョ、マルゲリータがどっさり乗っていた。

「あっ、どうぞ」啓太は二人の前の立食用の丸いテーブルににお皿を置いた。

「あんた。よくこんなにいっぱい持ってこれたな」アキ子は素直に感心した。

「僕、ファミレスでホールのバイトしていたことがあるんでこれぐらいは余裕です」啓太は得意気な笑顔を見せた。

「もっと欲しかったら言ってくださいね。僕いっぱい持てるので」と啓太は続けた。

「じゃあ、お言葉に甘えて」と言い、島中がサラダに箸を伸ばしたころには、アキ子の口にマルゲリータが既に入っていた。

「うまいな。これ」アキ子は上機嫌に言った。

啓太はアキ子が美味しそうに食べるので、嬉しそうにニッコリ笑った。

「じゃあ、僕も食べよう」啓太はマルゲリータに手を伸ばした。

「うん、美味しいですね」

「やろ、チーズが濃厚で最高やな」

二人は楽しそうに美味しそうにもぐもぐ食べた。一方、島中はサラダをシャキシャキという音をさせながら食し、二人を見つめ続けていた。

「そう言えば、さっきあっちゃんが啓太君のこと褒めてたよ」突如島中が切り出した。

「ちょっと、しまちゃん何言ってのよ」アキ子は急な島中からパスに驚いた。

「えっ?そうなんですか?普通に嬉しいです」啓太は特に島中の言葉を重く受け止めず、軽い感じで喜びを見せた。

「なんかね。けっこう気がきくとか言っていたよ」島中はアキ子の方を見て微笑した。

「ちょっと、違うから!ほんまやめてや!」アキ子は凄い目力で島中を見た。それでも島中は挑発をやめなかった。

「あっちゃんがね、こんな風に男の人を褒めるのは珍しいんだよ」

「そうなんですか?僕嬉しいです」

「ちょっと、あんた勘違いしたらあかんで!別に比較的ええ奴そうやなぁって話してただけやん。別に好きじゃないし」とアキ子は慌てて口にしたあと、自分がミスを犯したことに気がついた。

おじさんがおでこに手を当てながら、がっかりした表情でこちらを見ていた。

「へぇーそうなんだ。私は啓太君みたいな人良いと思うけどなぁ」島中は独り言のように呟いた。

「えっ?マジですか?島中さん」啓太はアキ子に思わず背を向け、島中に近づいた。

「うん、良いと思うよ」島中は特に恥ずかしがる様子もなく応えた。

「ありがとうございます!島中さん、なかなか良い趣味していますね」啓太は嬉しそうに冗談を言った。

「あはは、啓太君おもしろいね」島中は笑顔で応えた。

「あっ、そういえば島中さんってもう彼氏とかいたりします?」

「えっ、いないよ。だから街コンにきてるんじゃん」島中はアキ子を横目で確認し、返答した。

「ラッキーですね。けっこういるんですよ。友達に恋人いなくて、付き合いできている人とか」

「へぇーそうなんだ。でも、私たちはそのパターンじゃないよ。安心して二人とも彼氏募集中だから」島中はアキ子を横目に微笑した。

「いやー安心しましたね」啓太は胸をなでおろした。

「でも、島中さんモテそうなのになんでいないんですか?」啓太は好奇心旺盛に質問を続けた。

「ま、別に今はいい人がいないだけだよ。遊びに誘ってくる男子は割といるし」

「うあ、ライバルいるんっすか?でも、そらそうですよね。島中さんぐらい綺麗だとね」

二人が盛り上がっている様子をアキ子は呆然と眺めていた。そんなアキ子の悲しそうな表情をおじさんは見てられなかった。

「うち、ちょっとトイレ」とアキ子は二人に言うと、啓太と島中は「はーい」とだけアキ子に応え、また二人で話を続けた。

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