第18話

本日は、よく晴れた土曜日の午後、アキ子とおじさんは真っ暗にした部屋の中でAKB48のライブDVDをおとなしく鑑賞している。最近、アキ子の部屋は特に荒れており、真っ暗なので分かり難いが多くの洋服やタオル、食べかけのお菓子などが散乱している。

「おい、お前ちょっとは外に出たらどうやねん。ここ最近、週末はずっと引きこもって菓子食って、DVDばっかり見ているやろ」おじさんはポテチをむさぼるように食べながら注意した。

いつものアキ子なら、ここで怒涛のように反撃、反論の嵐であるが、最近は「うん」とか「ごめん」とかだけ言い、全く言い争いにならない。

今日は、アキ子は「わかった」と一言だけ言い、画面から目を離さず、ポッキーをポリポリ食べ始めた。

「はぁ、お前まだあの街コンのこと気にしてんのか?」おじさんは呆れたように頭を掻いた。

「うん」

「俺もあの時は言いすぎた。すまん。ただ、週末いつもこんな感じで一切外食もなしでDVD観てお菓子ばっかり食べているのもどうかと思うぞ。最近、お前友達に誘われても断っているやろ?」

「ごめん」

「あーなんか調子狂うわ」おじさんは地団駄を踏んだ。

おじさんは続けて「とにかく、せっかく過去に戻って人生やり直しているのに、こうやって部屋に引きこもっていたら何の意味もないぞ」とアキ子に言った。

「うん」とだけアキ子は言い、次はキャラメルポップコーンの袋を開けた。

「はあ、やっぱり、お前は永遠にモテへんな。たぶん、この調子やとデブにもなるやろうし」おじさんは残念そうにボソッと呟いた。

「ちょっと、デブってなんなんよ。よりにもよってあんたに言われる筋合いないわ」アキ子は急におじさんの方を向き、すごい目力で睨んだ。

「あっ、ごめん。聞こえていたか」おじさんは慌てた。

「何が『あっ、ごめん。聞こえていたか』なんよ。聞こえた、聞こえていないという問題やないやろ」アキ子はいつものように吠えた。

「いやさあ、でもあれやぞ。こんな毎週末引きこもって、ろくに動かずDVD観て、お菓子ばっかり食べていたら、おデブになってしまってモテるものもモテへんやろ」おじさんは冷静に応えた。

「ふん、どうせうちはモテへんわ。デブになっても誰に迷惑かけるわけでもないやん」アキ子はあえてキャラメルポップコーンを口いっぱいに入れた。

「おいおい、僻むなよ。モテなんか別に難しいもんじゃないないぞ。適切な努力さえすれば大抵のやつはそれなりにやったらモテるようになる」

「ふん、そんなこと言って、うちになんかさせて、どうせモテへんうちを見て裏で笑っているんやろ?」アキ子は毒づいた。

「なんで。そうなんねん。そんなもん俺にとってなんの得にもならんやろ?こっちとしては早くお前がお前なりに納得して2020年に無事到着してもらわな、次行かれへんから言っているんや」

「じゃあ、このまま2020年まで行きますわ」アキ子はあえて嫌味ぽく言った。

「あはは、まあ無理やろうな。今のお前やとどっかでまた後悔して戻りたいって言いだすに決まっている。あと、お前に限ってはないと思うけど途中で自殺してしまうことになったらそれこそ目も当てられん。あれはきつかったな」

「ちょっと、自殺ってしたらどうなんのよ」とアキ子はやや前のめりになり訊いた。

「言ってなかったか?あれは最悪やぞ。俺と契約した状態で自殺すると、死ねずにまた俺と契約した時間まで遡るんや。まあ、それに付き合う俺も最悪やけどな」

「ちょっと、それやばくない?」アキ子の顔が急に青ざめた。

「ああ、尋常なくやばいな。結局自殺する瞬間に後悔してしまっているんやろうな。そのエネルギーが膨大過ぎて、勝手に契約時にまで戻ってしまう。チャリで坂道を下る必要もないんや」

「あんた、ほんま最悪やな。死神より性質悪いやん」アキ子は悪寒を感じたように身体をぶるっと震わせた。

「あはは、死神か。まだあいつはええ神様ちゃうかな?俺に憑りつかれて自殺した場合はこんな感じで無限に続く地獄に陥るからな。後悔した人生を何度も繰り返すとかやってられんし、死ねる方がまだ楽やろ?」おじさんはケタケタ笑いながら言った。

「そんなことになるなら、あんたなんかと契約なんかせずにはじめから自殺した方がマシやん」とアキ子はそういうと、数歩ほどおじさんから離れた。

「まあ、そういうことになるな。でも、俺だってお前らにチャンスをあげて付き合ってやっているんやぞ。これはそれ相応の代償みたいなもんやろ?なんの代償も支払わずにタイムトラベルしようなんて虫が良すぎるよな」とおじさんは明るい笑顔で応えた。それがよりアキ子に恐怖を感じさせたようだった。

「ちょっと、あんた見た目にもよらず、怖いこと言うな」

「まあ、でも自殺さえしんかったらええわけや。簡単なことや。後悔なき人生を歩めば何の問題もない。自殺も思わんやろうし、後悔がなければ過去に行く必要性もない」おじさんはあっけらかんとした表情で応えた。

「そんなこと言ってうちかなり苦戦中なんやけど」アキ子が不安そうに呟いた。

「そうやな。お前はかなり苦戦しているな。一体、今回のタイムトラベルでなくしたい後悔は何か、叶えたい願いは何か、今一度真剣に考えてみてはどうや?」

「うーん」

アキ子はおじさんから本質を考えてみるように言われて、改めて悩み始めた。アキ子は部屋の中をうろうろしながら、手に持っていたキャラメルポップコーンを食べていた。悩めば悩むほど口と手は良く動き、いつの間にか一袋食べきったときアキ子は言った。

「うち、やっぱり男からモテたい。男の人と付き合って恋愛とかしてみたい」アキ子は己の言葉に深く肯いた。

「あはは、そうくると思っていたわ」おじさんはケタケタと笑った。

「ちょっと、笑わんといてよ。人が自分の願いを真剣に言っているんやから」アキ子は少し恥ずかしげに言った。

「すまん、すまん、まあ、でもそらそうやろな。お前がタイムトラベルした一番の理由やからな。よし、叶えようぜ。その願い」おじさんは力強く親指を立てた。

「でも、どうやって叶えるんよ。あんたも知っての通り、うち全然やったやろ?」

「ああ、かなり重症やな」おじさんはアキ子の気持ちも気にせず、さらっと言いのけた。

「ちょっと、あんた。まあ、ええわ。で、うちはどうしたらええの?」アキ子は、今回は素直に聞くことにした。

「ま、まずは僻むことをやめることやな。男の前で『どうせうちは~』とか『○○さんの方が可愛いと思っているやろ』とか、そういうやつを」

「ちょっと、うちそんなこと言っている?」アキ子は睨みを利かせた。

「言っているわ。お前マジで重症患者やな」おじさんは言い放った。

「とにかく、男の前でどうせとか言って困らせるのをやめろ。お前はとにかく男からモテている実感が欲しくて必死過ぎる。男からのそんなことないよ待ちやねん」

「そんなことないわ。なんなんよ。『そんなことないよ待ち』って?」とアキ子は言い返した。

「簡単に言うと、あえてネガティブなことを男の前で言って、それを否定させて自己肯定感を得る姑息なテクニックやな」

「姑息なテクニックってちょっと酷くない?」

「ああ、性質が悪いな。だから、姑息やと言っているんや」

「いや、ちゃうって、うちがやっていることを姑息なテクニックって言ってしまえるあんたが酷いって言っているんやん」アキ子は必死になった。

「あはは、そういうことか。まあ、この際俺が酷いとかは置いておこう。とにかくお前は自分自身に自信がないんや。表面上いくら強がってもな。だから、そうやって、そんなことないよ待ちをしてしまう。そうして、自分が受け入れられている感覚を他者から得ようとしてしまう。そして、それを自分の自信に変えようとしているんや」

「ちょっと、うちのことえらく分析してくれるやん。でも、うち結構周りから自信満々やなとか言われるで。だから、うちは自信ある方やと思うねんけど」

「ほら、でた。周りが言っているからとか。その発言自体がお前の自信というやつが他者から来ていることの証明や。自信というものはただ純粋に自分を信じるだけのことや。他者がどうこう言ったとかではない。しかも、そのお前がいう周りの人というのは、たぶんお前の表面的なところしか見てないぞ」

「ちょっと、うちの友達がうちのことを表面的にしかわかってないって言いたいん?あんたほんま最悪やな」アキ子は目を見開いた。

「ああ、そうや。もしくはお前に噛みつかれんように適当に言っているかのどっちかやな」

「はあ、ここまで言われたんはじめてかもしれん」アキ子はため息をつき肩を落とした。

アキ子は気持ちを立て直し、「じゃあ、うちはどうしていったらええんよ」と訊いた。

「根本的に治さないといけないのは自信のなさや慢性的な自己肯定感のなさやな。ただ、こういうお前の本質に関わることはすぐに治すのは難しい。だから、とにかく最低でもお男の前で僻むのをやめる。まずはそこからやな」おじさんは何故か仁王立ちになって言った。

「わかった。ちょっと意識してみるわ」アキ子は素直に首を縦に振った。

「よし、もう一回、前の街コンやり直すぞ」とおじさんは言いアキ子の手を引っ張り部屋から出た。

「ちょっと、うちまだ部屋着やから」アキ子は慌てた様子で訴えた。

「すまん、すまん、はよ着替えろ」

「ちょっと、わかったから、先外で待っていて」アキ子はおじさんを手で払う仕草をした。

アキ子は着替えると家から出て、おじさんと一緒に自転車でいつもの坂に向かった。いつものようにおじさんが自転車を運転し、後方にアキ子を乗せた。

「お前、やっぱり太ったって」おじさんは脂汗を額に滲ませながら自転車のペダルを漕いだ。

「ちょっと、女性に向かって太ったとか軽々しく言わんといてよ」アキ子はおじさんの背中を叩いた。

「痛っ」とおじさんは言い、「お前、なんでそんな力強いねん?」と続けた。

「そんなん仕方ないやん。そういう仕様や」アキ子は言い返した。

そうこうしていると、二人はいつもの坂の頂上に到着した。

「じゃあ、いくぞ。覚悟はできているか?」おじさんは大きく息を飲み、アキ子に尋ねた。その瞬間、急に冷たい北風が強く吹き、アキ子の髪の毛は大きく乱れた。

アキ子はこれからRPGのボスを倒しにいくような表情で「わかった。大丈夫」とだけ応えた。

すると、おじさんは勢いよくペダルを踏み込み、坂を下った。

「ちょっと、」と言う声だけが周囲に響き渡り、二人は消えた。

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