第17話

アキ子と島中は心斎橋駅から出ると難波の方向へ歩いて行った。二人は会社での愚痴などを言い合いながら、目的地に向かっていた。金曜日の夜の心斎橋は多くの人でごった返している。多くのサラリーマンやOLが辛い現実を忘れるためアルコールを求め、うろついているのだ。そんな中、二人は迷うことなく御堂筋をまっすぐ進んだ。

「しばらくまっすぐやから、わかりやすいな」アキ子はスマホを片手に島中へ同意を求めた。

「あっ、そうなんだ。あんまり興味なかったから場所完全にあっちゃんに任せてしまっているね」島中は白々しく応えた。

「そんなん。全然ええよ。大体うちから誘ったわけやから」アキ子はまた感情に蓋をして言った。内心アキ子としてはこんなやつと街コンに参戦して大丈夫なのかと思えてきた。

「なんか申し訳ないねぇ」島中は心にもないセリフを口にした。

「次の筋を左やわ」アキ子はスマホの画面を指さしながら言った。

アキ子は人ごみをかき分けてどんどん進んでいく。こういうときアキ子はその辺の男よりも頼もしい。島中はアキ子の後ろにぴったりついて歩いた。

そして、二人は左に曲がり、先程歩いていた道よりも少し小さい通りに入った。

「あっ、あれじゃない?」島中がイタリアン風のレストランを指さした。

「ほんまや。たぶんあれやわ」

「へーこんな感じのお店なんだ」島中はあえて無関心そうに呟いた。

「結構思ったよりも、オシャレな感じやな」アキ子はお店をまじまじと見ながら応えた。

「そうだね。入ってみようか?」

「ちょっと早いけど、入っておこう」と二人はお店の中に入った。お店の中には受付があり、街コンの予約を確認された。そして、二人は係の人間に会場へ案内された。中には既に女性が10名、男性が6名ほどいた。彼女、彼らは一緒に来た友人と会話を楽しんでいた。しかし、皆慣れてないのか若干の緊張感のようなものが漂っていた。二人はすぐさまカウンターに向かいドリンクを受け取った。アキ子はジンジャエール、島中はビールをもらった。

「あっちゃん、なんか緊張するね」島中はいつも通り、薄ら笑いを浮かべて言った。

「ほんまそれやで。うちもこんなところはじめてやからやばいわ」

二人はお互いの緊張感を鎮めるために、いつもよりもよりどうでもいい話を続けた。

「いや~やっぱり緊張するな」アキ子は周りを見渡した。

「うん、そうだね。なんと言ってもはじめてだからね」島中もアキ子と同じように周りを見た。

そうこうしているうちに、街コンパーティーの開催時刻になった。

「はい、では7時となりましたので街コンパーティーの方をはじめさせて頂きます」とマイクを持った坊主頭で小太りの男性が話し始めた。

「本日は、わたくし、伊佐木がこのパーティーの司会進行を務めさせて頂きます」坊主頭の小太りの男性は良く響く低音ボイスで続けた。

「本日は、女性25名、男性18名と少し男性が少なめです。男性のみなさんラッキーですね」と司会者伊佐木が言うと、少しざわつく程度に会場は笑いに包まれた。それを聞いたアキ子は心の中で少し焦りを感じずにはいられなかった。もちろん、実は島中の心もざわついていた。アキ子と島中はお互いに目を合わせニッコリ笑った。

「では、皆さま、お手元のドリンクを持ってください」伊佐木が言うと会場の皆はグラスを手に持った。

「はい、準備はいいですね。では、今夜が皆様にとって良い出会いとなりますように!乾杯!」伊佐木はより低くかつ良い声で言った。すると、会場の男女は近くにいた異性と互いにグラスを交わし話し始めた。

「ちょっと、はじまってしまったで。しまちゃん」アキ子はなぜか男性でなく真っ先に島中に話しかけた。

「うん、そうだね。どうしよう」島中は少し困惑気味に応えた。

そんな様子に気が付いた一人のチャラ男がアキ子と島中へ近づいてきた。その男の名前は原井啓太。彼は現役大学2回生である。前に社会人の先輩に街コンに連れて行ってもらって以来はまってしまい、一人でこのように街コンに参加することも多いようである。

「あっ、なんか困ってそうですね」と、軽快に啓太はアキ子と島中に話しかけた。

「えっ?」と二人は急に話しかけられたことに驚き、言葉を返せずにいた。その様子を見た啓太はすぐに勘付き、「もしかし、二人ともはじめてですか?街コン」と人懐っこい笑顔を見せ、二人に尋ねた。

「そっ、そうやな」アキ子が言うと、島中は慌てて横で肯いた。

「やっぱり、はじめては緊張しますよね。なんか二人からそんなオーラ出ていましたよ」啓太は笑顔で続けた。

「ちょっと、そんな雰囲気出してたうちら?」アキ子が表情を強張らせながら無理な笑顔で応えた。島中も不気味な笑顔でアキ子に合わせて首肯した。

「あはは、出ていましたね。僕の見る限りだと、この会場で一番、不慣れな感じでしたよ」

「やばいね。私たち」島中はアキ子に同意を求めた。

「ほんまや。街コンはじめてなんバレバレやん」

「まあ、いいじゃないっすか。はじめてであろうとなかろうと、楽しみましょ」啓太はビールの入ったグラスを差し出し、二人と乾杯しようとした。二人が少したじろぐと啓太は「せっかくなので乾杯しましょうよ」とグラスをクイッと持ち上げる仕草をした。

「乾杯!」とグラスを交わすと、三人は各々の飲み物を一口飲んだ。

「えーと、二人はどちらから来られたんですか」啓太が慣れた様子で二人をリードして話し始めた。

「森ノ宮とか玉造とかあの辺やな」アキ子は堂々と応えた。島中は横で肯いた。

「やっぱり、社会人さんですか?」

「そらそうやろ?あんた一体何やっている人なん?サラリーマンには見えへんけど」

「いやー僕は大学生なんですよ」啓太はばつの悪そうな笑顔を浮かべた。

「ちょっと、あんた学生の癖してよくこんなところ来たな」アキ子は目を見開いた。

「あはは、早速言われちゃいましたね。前に社会人の先輩と街コンに参加してから、ちょっとはまってしまって、そんで一人でもちょくちょく参加しているんですよ」啓太は恥ずかしそうに頭を掻いた。

「じゃあ、一体今は何歳なの?」と島中がぎこちない上目づかいで尋ねた。

「22っす。大学二回生なんですよ」

「ちょっと、どうなっているんよ。めっちゃくちゃ若くない?」アキ子は島中の方を素早く向き言った。

「いや、若くないですよ。お二人の方が若そうに見えます。二十歳ぐらいに」啓太は顔をくっしゃっとさせた。

「あはは、あんたがそう感じているなら二十歳でええわ。永遠の二十歳で」アキ子は昭和のアイドルのようなセリフを口にし、右手に持っていたジンジャエールをゴクリと飲み干した。島中は横で苦笑した。

「あっ、僕おかわりとってきますよ」啓太はさっと気を利かせた。

「おう、悪いな。ジンジャエールな」アキ子は啓太にグラスを渡す。その様子を島中は呆然と見ていた。これでは彼氏を探すのではなく、舎弟を探しに来たようなものではないかと、島中は思った。それを見ていたおじさんも島中と同じく、これでは彼氏どころではないと感じとった。

啓太がグラスを持って立ち去ると、「あいつ、結構ええやつやな。なかなか気が利くところあるし」とアキ子は島中に言った。

島中は若干引き気味に「そうだね」とだけ応えた。島中はアキ子に彼氏ができない理由をまた一つ見つけてしまった気がした。

「でも、正味あいつはないな」と、上からアキ子は言い放った。

「えっ?どうして?」島中は動揺を隠し応えた。

「ちょっと、しまちゃん、うちとこんだけ一緒にいてそんなんもわからんの?あんなチャラくて子供なやつ、うちに全然相応しくないに決まっているやん。うちはもっと大人の男性がええねん」アキ子は自分の立場を全くわきまえず言った。

「そっ、そうだね。あっちゃんは理想が高いからね」島中はアキ子を直視できなかった。

「しまちゃん、まだわかってないな。うちは理想高いわけやないで。うちぐらいになるとそれぐらい求めるのは当然ってもんやんか」アキ子は大きく笑った。

島中はアキ子の勘違いぷりにもう何も言えずにいた。それを見ていたおじさんはおでこに手をあて、アキ子の方を見ないようにしていた。

「まあ、しまちゃん、あいつはもしかしたらうちのこともう好きかもしれんけどな。さっきも自主的におかわりとりにいったし。てか、あいつ遅いな」

「そうだね。ちょっと並んでいるみたいだね」島中はカウンターの方を横目で見た。

「ほんま、うちを待たせるとかどういうつもりなんやろ?あいつ」アキ子が言うと、島中とおじさんは二人して、お前こそどういうつもりだという気持ちでいっぱいになった。

「すみません。遅くなりました」啓太は少し駆け足でアキ子と島中の方へ戻った。

「ちょっと、あんた少し遅いで。うちもう喉カラカラやわ」アキ子は大きな態度で言った。

「すみません、少し人がならんでいて…」

「まあ、ええわ。はよちょうだい」アキ子は啓太の言い訳を遮り、彼からグラスを奪った。

アキ子はそのジンジャエールを一口ぐいっと飲むと、「ところで、あんた名前なんなん?」と訊いた。

「あっ、自己紹介お互いまだでしたよね。僕は啓太って言いますと啓太は軽くお辞儀をした。

「うちはアキ子。こっちは会社の同期のしまちゃん」アキ子が島中の方を見ると、島中は「島中です。よろしくね」と奇妙な上目づかいで言った。

啓太はやや困惑した表情で、「アキ子さんと島中さんですね。こちらこそよろしくお願いします」と応えた。

「あっ、そうや。なんかお腹空かへん?うち会社出るときにメロンパンとクリームパン食べたきりで何も食べてないねん」アキ子はバイキングコーナーを横目で見て言った。

「そういえば、パン食べていたね。私は朝から何も食べてないや。お腹すいたね」島中も続けた。

「えっ、朝から何も食べてないんですか?それ良くないですよ」啓太はアキ子のパンに関しては完全にスルーして島中を心配した。

「うん、ちょっとね」島中は多くを語らず下を向いた。

「ちょっと、あんたしまちゃんの心配ばっかりしてないで、うちだって全然食べてないんやから、料理、料理」アキ子は顎をバイキングコーナーの方へ向けた。

「あっ、すみません」啓太は駆け足でバイキングコーナーへ向かった。

「ほんま、あいつまだまだやな」アキ子は怪訝そうな顔を浮かべ吐き捨てるように言った。

それを聞いた島中とおじさんはどうしようもない気持ちで既にお腹いっぱいになっていた。

二人は慌ててアキ子のために食べ物を取りに行く啓太を可哀想に思った。彼は恐らく女の子と気軽に楽しく話をしたかっただけのように思えたからだ。にも関わらず運悪くアキ子に捕まったせいで、ただの召使いに成り下がってしまったようだ。

アキ子はふと周りを見渡し、「あんまり良い男おらんよな」とぼやいた。

「どうだろう?でも、さっきの啓太君、優しいよね」島中は素直に啓太を褒めた。

「まあ、あいつはええわ。とりあえずうちの言うこと訊いてくれたら」アキ子は王様気分で応えた。

「そうだね。今も頑張って料理取りに行ってくれているしね」

啓太は両手にお皿を持ち、料理をそのお皿に沢山よそっているところだった。

「あいつ、けっこう頑張り屋やな」アキ子はその様子を見てまた大きく笑った。その様子は出来の悪い後輩を見守る先輩のようであった。

「すみません。やっと料理ゲットしました」啓太はいっぱいの料理をアキ子たちに見せた。そのお皿にはシーザーサラダ、サーモンのカルパッチョ、マルゲリータがどっさり乗っていた。

「ちょっと、あんたこんなにのせたらぐちゃぐちゃやん」アキ子は睨みを利かせた。

「すみません。でも、島中さんも朝から食べてないって言っていたので」啓太がいうと、「ほら出た。こういうときって大抵男はしまちゃんみたいな女の子のニーズに合わせるよな」アキ子は不機嫌そうに口を尖らせた。

「どうしたの?あっちゃん」島中は慌てた。

「だって、男とかみんなそうやん」アキ子はいつものように僻み始めた。その様子を見たおじさんは困ったようにおでこに手をあてた。

啓太は苦笑しながら、「そんなことないですよ。アキ子さん、素敵だと思いますよ」と言った。しかし、このフォローがアキ子の逆鱗に触れた。

「ちょっと、何適当なこと言ってくれてんのよ。そんなことこれぽっちも思ってない癖に」

「いやいや、本当ですって」啓太は慌てて取り次いだ。しかし、それが逆にアキ子をより怒らせてしまった。

「じゃあ、うちの何が一体良いんよ。言ってみいや」アキ子は喧嘩腰に言い放った。

「もうやめようよ」と島中が言うと、アキ子は間髪入れずに「そらしまちゃんは男からチヤホヤされてきているから、そんな余裕あること言えるんやろ」と島中を責めた。

「お前、何回僻んだら気が済むねん」おじさんはアキ子の後ろから言った。

「ちょっと、」とアキ子が振り返りおじさんに反論しようとしたが、おじさんが周りの人間には見えないことを思い出し、言葉に詰まった。

アキ子が急に後ろに振り向いたから、「大丈夫ですか?」と啓太が心配した。

「いや、何でもないわ。気にせんといて。うちちょっとトイレ行ってくるわ」アキ子はジンジャエールの入ったグラスをテーブルに置き、歩き出した。

アキ子はトイレに入るとすぐおじさんの胸ぐらを掴んだ。

「ちょっと、あんたなんなんよ。みんながいる前では余計なこと言わんといてよ」

「お前の僻みがあまりにも酷いから、思わず声が出てしまっただけや。なんやねんあれ」とおじさんはアキ子の目を真っ直ぐ見て言った。

「うちは事実を言っているだけやん。あの啓太って男は結局しまちゃん狙いで。完全にしまちゃんに合わせて料理いっぱい取ってきたやん」

「そんなもん。まだわからんやんけ。お前らが喜ぶと思って持ってきてくれただけやと俺は思ったけどな」とおじさんが言うと、アキ子は目を強く見開いたが、何も言えずにいた。すると、おじさんは続けて「大体、仮に島中狙いやったとしてそれの何が悪いねん?ここはそういう場所やろ?」おじさんはアキ子に負けじと、小さな目を頑張って見開いて、アキ子に問いただした。

「ちょっと」と、アキ子はいつもなら続けるところであったが、おじさんを掴んだ手を離し、うすっら涙を浮かべた。

アキ子はすっかり意気消沈して、島中の方へ戻った。

「あっ、あっちゃん、遅かったじゃん。入れ替えがあって啓太君は違うところ行っちゃったよ」と島中は言うとアキ子の異変に気が付いた。

「あれ?大丈夫?」島中は心配したが、アキ子はコクリと肯いただけだった。

「あっ、はじめまして。田中です。島中さんのお友達のアキ子さんですよね」とメガネをかけたサラリーマン風の男性はアキ子に尋ねた。

アキ子は「はい」とだけ言い、静かに首肯した。

「ちょっと、今日は調子悪いみたです」島中は珍しく取り繕った。

「体調悪いんですか?大丈夫ですか?」田中は尋ねた。

すると、アキ子は「うちもう帰る」と言い、すたすたと歩きだした。

「えっ?」と田中はビールを右手に持ったまま立ちつくし、島中は慌てて「すみません」と田中に一礼して、アキ子の後を追った。

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