第15話

「このピザもなかなか美味いな」とおじさんは口いっぱいに入れて言った。

「だって、うちのおすすめやもん。そら美味しいに決まっているわ。ここのバイキング美味しいし、食べ放題やし最高や」アキ子もカルボナーラをそばみたいにすすった。

良く晴れた日の土曜日の正午、アキ子とおじさんはランチタイム限定の食べ放題に参戦中である。ランチタイムであれば、ピザ、パスタ、パン、ケーキ、アイス、ドリンク、その他サイドメニューが食べ放題で大人1280円とかなり安くて楽しめるのだ。店内は土曜日の正午ということもあり、とても混雑している。そのため、二人は店の中でもバイキングコーナーの近くに陣取り、新しく料理が出ればすぐに食べられる体制を整えていた。

「ちょっと、あのクリームチーズケーキ見てみいよ。めっちゃおいしそうやん。うちホールでもいけるで」アキ子は、赤いストロベリーのソースのかかった真っ白なクリームチーズケーキを指さして言った。

「おお、やばいな。あれはめっちゃうまそうや」おじさんは目を輝かせた。

「早く取りに行こう」二人は駆け足でクリームチーズケーキを取りに向かった。

「あっ、そうや。アイスも一緒に食べたら絶対おいしいやつやん」とアキ子が言うと、おじさんも「もちろん、皿いっぱいに盛るやろ」と言い、二人はチーズケーキの横にバニラアイスやチョコレートアイスを盛り付けた。

二人は席に戻ると早速、クリームチーズケーキとアイスクリームを頬張った。

「やばいわ。これ、ほんま美味しい」

「うあ、ほんまこれたまらんな」と言いながら二人はあっと言う間に平らげた。

「はあ、満腹満腹」おじさんは爪楊枝で歯の掃除しながらお腹を掻いた。一方、アキ子はコーヒーにスティックシュガー三本とミルクを入れ、ゴクゴク飲み始めた。

「ふう、今日は結構食べたな」アキ子は空のティーカップを置いた。

「いやあ、今日はほんま幸せやな。やっぱり休日は食べ放題に限るな」

最近、アキ子とおじさんは二人して休日は食べ放題に行くのが習慣となっていたのだ。というのも事の発端はおじさんがよく食べるので食費がバカにならないからだ。どうしても外食をするとアキ子とおじさんで二人前以上にはなってしまう。そのお金を全てアキ子が払っているわけであるからアキ子も経済的に厳しくなってきたのだ。

「ほんまに金額気にせんで好きなだけ食べられるのは幸せなことやで。食べ放題というシステムがあってくれてほんま助かっているわ」

「ほんまありがたい話やな」おじさんはしみじみと言った。

「ほんまあんたは食べたい、食べたい、うるさいしな。あんたを満たせるのはほんまこういうお店ぐらいやで」というとアキ子は席を立ち、おかわりのコーヒーを取りに行こうとした。

「おっ、おれももう一杯コーヒーついでにお願い」おじさんはカップをアキ子に手渡そうとした。

「ちょっと、あんた少しは自分で動きいや。しゃーなしやで」アキ子はおじさんのカップを受け取った。

「サンキュー」とおじさんは言い、ポケットからスマホを取り出してニュースアプリを開いた。

「あっ、また間違っていらん広告を押してもうた」おじさんは独り言を言い、スマホに表示された広告を見た。


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「こんなんちょうど今ぐらいの時期から流行りだしたんやな」おじさんは感慨深くひとり呟いた。

「ほい、コーヒーやで。あんたブラックで良かったんやな?」アキ子がカップをおじさんの前に置いた。

「おう、そうや。ありがとう」とコーヒーを受け取ると、おじさんはスマホの画面を熱心にタップする。

アキ子はホイップクリームが大量に入ったカプチーノをすすりながら、「なんかおもろいもんでも見つけたん?」とアキ子はおじさんに訊いた。

「おう、街コンのサイトを見てたんや」

「ああ、街コンね。あんなんでほんまに彼氏とかできたりする人おるんかな」

「そら、おるんちゃうか?だからこんだけ流行っているんやろ?」おじさんはスマホを見ながら言った。

「まあ、そらそうか。でもなぁ、うちはああいう出会いはちょっと違う気がするな。なんかお互いのことを少しずつ、毎日知っていって。なんか育んでいく感じが本物の恋愛って感じするな」アキ子はカップを両手で抱え、少し上目使いで言った。

「はっ、何が本物の恋愛やねん。聞いて呆れるわ」おじさんは怪訝そうな顔つきでアキ子を見た。

「ちょっと、なんなんよ。あんたあんなんで本物の恋愛できるはずないやん。軽い感じの男しかどうせこうへんやん」アキ子は強気で反論した。

「お前さぁ、ろくに恋愛もしたことない癖に何が本物の恋愛やねん。そんなもん参加して体験してみなわからんやろ?」

「ほら、また出た。恋愛したことないってことをまた馬鹿にしている。めっちゃむかつくわそれ」アキ子はコーヒーカップをテーブルに音を立てて置き、目を大きく見開いた状態で言い放った。

「俺は事実を言っているんや。したことないやんけ」

「そうや。したことないよ。何が悪いん?」アキ子は開き直った。

「まあ、とにかくやってみな何事もわからんぞ。お前なんか知らんけど保守的やもんな」とおじさんは言い、アキ子がこれほどにも攻撃的な性格であるのに保守的であるのを今まで不思議に思っていたのだった。ただ、よくよく考えてみるとアキ子が自分自身に自信がなく、弱いからこそ保身の気持ちが現れ、それが周りに対する攻撃になっているということに、おじさんは気づいていた。

アキ子はいつもおじさんが出会いの場へ行ってみてはどうかと提案しても、いつも何かしら理由をつけて行こうとはしない。今まで猪瀬君と付き合うために人生を繰り返して3回目ほどのときに猪瀬君を狙いながらも、他の男性とも出会って遊んでみたりしてはどうかと言っても全く聞き入れなかった。アキ子は恐らく自分がモテないという現実を見るのが嫌なのだろうとおじさんは感じた。また、アキ子の特徴として既婚者を好きになるというものがある。これもある種の現実逃避の一種とも考えられ、アキ子はなぜか既婚者に対しては迷いなく好意を伝えることができるのだ。アキ子の上司の上西さんに対する猛アプローチも上西さんが既婚者だからこそアキ子はそうすることができたのだ。既婚者とは絶対付き合うことはできない。この安心感があるからこそ、アキ子は既婚者に対して猛アプローチできる。そもそも振られるのが当たり前で当然のことだからだ。つまり、上西さんと付き合えなくてもそれはアキ子の魅力がないわけではなく、上西さんが既婚者だからだという意味づけをしてしまえるのである。これでアキ子は現実を見ることなく幸せに暮らせるのだ。しかし、人間というものは案外皆そんなものなのかもしれない。程度の差こそあれ現実を知るのは怖いことだ。おじさんだって体重計に乗ることが怖い。自分の本当の姿を知るのはいつも怖いものなのだ。おじさんはそんなことを考えながらアキ子の話を聞いていた。

「とにかく、うちはそういう出会いはちょっと違うと思うだけやん。」アキ子はいつものように勢いよく反論した。

「ただ、猪瀬君はもう難しいわけやから次の男探した方かいいぞ」おじさんは頬を人差し指で掻いた。

「それやったら、うち上西さんがいい」

「おい、それも現実的じゃないやろ?」おじさんはまたしてもアキ子から非現実的な言葉を受け取った。

「お前さぁ、そんな夢みたいな話してないで、一回現実見ろよ。上西さんは既婚者やぞ。そんな人とは付き合えるはずないやろ。まして付き合ったことないお前なんてなおさらや」

「ちょっと、そんなん分かっているわ。しかもなんか一言多いし」アキ子は目を見開いた。

「わかっているんやったら…」とおじさんは言いかけると、アキ子はそれを制し「ちょっと、あんたほんま女心わかってないな。そんなことわかっていても、夢やってわかっていても、上西さんがいいなぁとか思ったり、話したりして何が悪いんよ」アキ子は闘犬のように吠えた。

「いや、別にそれはそれでええぞ。楽しめば。ただ、本格的に男と付き合うことはできひんやんけ」おじさんは冷静に応えた。

「それはそうやけど…」アキ子は元気がなさそうに下を向いた。

アキ子自身が実はおじさんが言ったことを一番わかっているのだ。これだけ時間を繰り返して猪瀬君とも付き合えない現実を目の当たりにしてきたアキ子だからこそ、おじさんの言葉はアキ子の胸に突き刺さった。

「まあ、無理に街コンとかに参加しろとも言わん。ただ、別に一回行ってみるぐらい個人的にはアリやと思う。あの同期の島中とか連れて行ってみたらどうや?」

「えっ、なんでしまちゃんと一緒にうちが街コン行かなあかんのよ」

「いや、なんかちょうどよさそうやんけ。あいつも彼氏おらんわけやし」

「ほんまあんたあほちゃう?あんな男受けしそうなしまちゃんがいたらうちとかほんまやりにくいわ」アキ子はおじさんに眼を飛ばした。

「いやいや、別に島中は男受けええわけじゃないと思うけどな」

「ちょっと、全然意味わからんねんけど。田辺さんとかめっちゃしまちゃんのこと好きやん。うちには見向きもしない癖に」

「あの田辺のことはあんまり考えに入れない方がいいぞ。あいつは普通の存在ではないからな。あと、ズバリ言うと島中は別にモテてない」

「ちょっと、どういうことよ」

「そうやな。説明すると、あんだけ休日に男と遊んだとかお前にアピールしてくる時点であいつは全然モテてきてないんや。それ休日に男と遊べるくらいはモテているという意味ではモテているんかもしれんけどな。ただ、あれぐらいの年齢の女やと、別に見た目が特別可愛くなくても女から男へそれなりの好意を軽く見せたら、血の気のある男やとほいほい出てくると思うぞ」

「ちょっと、ほんまにそうなん?」

「ああ、ほんまや。20代の男なんかちょっとやれそうやなとか遊べそうやなって思ったら簡単に釣れると思うけどな」

「そんなん、うち全然知らんかったわ。もしかしてうちでも釣れるん?」

「お前がどうかはやってみなわからんけど、お前もそんなに不細工ってわけでもないわけやから、いけるんちゃうかな」

「でも、うちそれなりの好意の見せ方とか全然わからんねんけど」

「そらそうやろな。だから今まで付き合うこと出来んかったわけやし」

「ちょっと、また悪口言った」アキ子はおじさんに人差し指を向けた。

「まあ、落ち着けや」おじさんはアキ子をなだめようとした。

「本題はここからや。島中は実はモテてない。それはなぜなのか?それはお前がさっき分からないと言った『それなりの好意』を使っているからや」

「だからなんなんよ。その『それなりの好意』ってやつは」

「そうやな。『それなりの好意』というのは安売りの手段の一つやな」

「安売り?」

「そう安売り。お前もチョコレートとかが値下がりしていたら絶対買っているやろ?」

「そらそうやん。だってせっかく安くなっているんやったら買わへんと損やん」

「そう、そういうことや。損するのが嫌やから買われているんや。あいつは男から簡単にやれそうとか思われるような態度をあえてとっているんや。だから、チョコレートで言ったら本来の価格の半額とかかな。それやったらみんな買おうかなって思うはずや。あの島中ぐらいのルックスの女が結構簡単に好意を見せてきたら、そら買わんと損やろ。デート誘わんと損やろ?そうすることでモテているように見せかけている。でもそれって本当のモテではないと俺は思うんや」

「なるほど、本当に売れる商品は値下げしなくても買ってもらえるもんな。うちも毎日食べるチョコレートは少しでも安くしたいけど、たまに食べる高級なスイーツは何十円とかの差は気になれへんもん」アキ子は腕を組み深々と首肯した。

「安いから買う。簡単にやれそうやから付き合うっていうのはちょっと違うやろ?食べ物はそれでええかもしれんけど、追々人生を伴にするかもしれん相手ならそんな感じで選ばんと思うぞ」

「ほんまやん。しまちゃんって全然モテてないやん」アキ子の表情が自然と明るくなった。

「まあ、あいつはあいつで辛いと思うけどな。そういうやり方でしか男と関われないわけやから」

「そうやな。見方によってはうちよりも酷いかもしれん」アキ子は何故か自信満々に言った。

「あはは、それはどうやろな」

「ちょっと、あんたいい加減にしてやほんま」言ったアキ子は怒りよりも安堵が感じられた。

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