第14話

「ちょっと、早く宴会の会場に戻らんと終わってまうやん」アキ子はそう言いながら慌てて駆け出した。

「おい、待てよ」おじさんは息を切らしながらもアキ子に何とかついていった。

二人は先ほど下った坂道を全力で駆け上がったため、完全に息が上がってしまった。

アキ子は周りのみんなに不審がられぬ様に、何とか呼吸を整え島中の隣に座った。

「あれ、あっちゃん、どこに行ってたの?」島中は素直に疑問を口にした。

「別にどこも行ってないで」アキ子はシラを切ることにした。

しかし、あまりの不自然さに島中は気付かないはずもなく、アキ子が息が上がっていることを指摘したがアキ子がそれでも事の真相を話そうとしないため、島中は大人しく引き下がる事にした。

「アキ子、あやちゃん、この後二次会行こか?」田辺は当然行くであろうという表情を浮かべ二次会を提案をしてきた。

「えっ、どうしよう」島中は伏し目がちにアキ子の方を見た。

アキ子は島中の視線に気付かぬふりをし、「じゃあ、田辺さんの部屋で飲みません?」と島中が最も嫌がりそうな提案をした。しかし、これも最終的には島中のためになるはずアキ子はそう信じて、一人頷いた。

「えっ、でも部屋はちょっと」島中がそう言おうとするのを制し、田辺は嬉しそうにアキ子の提案を二つ返事で承諾した。

「じゃあ、あやちゃん、アキ子行こか」田辺は二人に言い歩き始めた。

三人は部屋に行く前にホテル内のコンビニでつまみやビールを買うことにした。

「アキ子、そのポテチ美味そうやから二袋買おう」田辺はそう言いながらポテチをカゴに入れた。

「あやちゃんも好きなもん入れや」田辺は嬉しそうに言った。

島中はコクって小さく頷き特に何も言葉を発しなかった。これから始まると予想される地獄を想像してしまったのか、代わりに溜息を静かに吐いた。


「アキ子、今日やたら酒勧めてくるな」田辺はビールを飲み干し、違和感を口にした。

アキ子は田辺の部屋に着くとすぐに「飲みましょう」を連呼し、やたら田辺にお酒を勧めていたのだった。流石の田辺もいつも以上にアキ子からお酒を勧められるため、若干の不信感を抱き始めていたのだった。

「ちょっと、何言ってるんですか?いつもこんな感じですよ」アキ子はひきつる笑顔で反論した。

「そうかな。なんか変やぞ。なあ、あやちゃん」田辺は島中に同意を求めたが、島中は「さあ」とだけ無関心そうに応えた。

「まあ、ええわ。あやちゃんも部屋に来てくれて楽しく飲めているわけやからな」田辺はそういうとポテチに手を伸ばした。

「おい、田辺お前の作戦に気付いてるやんけ」おじさんはおでこに手を当てた。

アキ子はおじさんの方へ視線を送ると「ちょっと、トイレ借りて良いですか?」と田辺に尋ねた。

田辺は「おう」とだけ応え、すぐさま島中の方へ身体を向け直し、特段面白くもない話を続けた。


「ちょっと、もうどうすんのよ」アキ子はトイレの中で嘆いた。

「おい、『どうすんのよ』ってお前のミスやんけ」

「そんなんわかってるわ。あーほんま田辺おもんないわ」

「そうやな。あいつの話はおもんないな」おじさんは深々と首肯した。

「もうあれやな。最終手段しかないわ」アキ子はおじさんの小さな瞳をしっかり見つめた。

「おい、マジか。勘弁してくれよ。俺田辺の部屋にずっとおらなあかんのやろ?」

「せやで。一応田辺を酔い潰せたら、あんたを置いていかなくても良かったけど、こうなったら仕方ないな。うん、うちは十分頑張ったし」

「おい、お前があんなバレバレなお酒の勧め方するからやろ」

「ふん、何言ってんのよ。大体、あんたうちらの部屋に泊まろうとか思ってたん?うちはもうええけど、あやちゃんも一緒なんやで。そんなん無理に決まってるやん」

おじさんは「はあ、分かった」と肩を落とした。


アキ子はトイレから出た後、田辺にそろそろ御開きにしようと提案した。田辺は島中も帰ってしまうことを嘆いたが、島中はほっとした表情を浮かべた。

「じゃあ、あやちゃん、また明日な」田辺は名残惜しそうに言った。

「では、失礼します。おやすみなさい」と二人は田辺に別れを告げ、田辺の部屋を出た。

一方、その頃おじさんは田辺の部屋の隅っこの方で待機した。

「あーやっぱり、あやちゃん可愛かったな。アキ子おらんかったらめっちゃ良かったんやけどな」田辺は一人、失礼なことを呟いた。

「そうやな。まあ、結局あやちゃんとはそういう関係になれへんことは分かってるからな。そこまであほじゃない」

「なんやねん、こいつ一人でいるときもこんな喋るんか」おじさんは思わず疑問を口にしたがおじさんの声は田辺には認知できないため全く問題ではなかった。

そうこうしていると、田辺は服を脱ぎ散らかし、ベッドの上で横になった。

田辺は酔っ払っていたせいか、すぐさま眠りに落ちた。

おじさんは念のために田辺に近づき、寝息を確認し、クーラーの温度設定を下げられるだけ下げることにした。

「うぁ、寒っ」おじさんは身体を震わしながらひとりで呟いた。


結局、田辺は全く起きることなく、朝がきた。その間、もちろんおじさんと田辺は一緒である。

「これじゃ、俺も風邪引くやんけ」おじさんはまたしてもひとりで怒りをあらわにした。

「あれ、めっちゃ寒い」田辺は起きると同時に掛布団に包まった。

「なんやねん。クーラーガンガンやんけ」田辺はそういうとリモコンの方へ向かい、慌ててスイッチを切った。

しかし、こと時に既に遅し。田辺は完全に風邪を引いてしまっていた。

おじさんはその田辺の様子を見届けると笑顔でアキ子たちの部屋に向かった。

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