第13話

「あやちゃん、アキ子、料理取ってきたったで」田辺は唐揚げ、肉団子、サラダなど様々な料理でいっぱいにしたお皿を両手に持ちドヤ顔で現れた。

結局、アキ子と島中は田辺の誘いを断ることができず一緒に夕食を共にすることになったのだ。

「あっ、すみません。自分のものは自分で取りに行くので気を使わないでください」島中はいつもにも増して低いトーンで言った。

一方、今回の宴会はバイキング形式であるためおじさんはアキ子や島中を尻目に存分に楽しんでいるようであった。

「ちょっと、あんた、さっきから食べてばっかりやん」アキ子は小声でそう言うとおじさんを睨みつけた。

「はっ、せっかくの食べ放題やぞ。思う存分食うに決まってるやろ」おじさんはステーキを頬張りながら応えた。

アキ子は大きくため息を吐きながら田辺の持ってきた料理に手をつけ始めた。

「あやちゃん、最近どうなん?」田辺は島中の現在の恋愛事情を訊ねた。

島中は少し困ったような表情を見せ、特に何も応えたなかった。

「そうか、あんまり調子良くなさそうやな。あやちゃん」田辺は分かったような口を利いた。

その後、田辺は誰も聞いてない過去の武勇伝を語り始めた。

昔、どんな女の子に告白されたとか、どんな感じで振ったとかいう話を得意げに話し続けた。田辺が気分良く話せば話すほど、島中とアキ子の気持ちは自然と沈んでいった。

田辺の話を聞き続けるのが限界だと二人が感じ始めたころ、ちょうど社員旅行恒例のビンゴ大会が始まった。

司会の寺田係長が「ビンゴ大会はじまるよ」とオネエ口調ぽく言った。寺田係長は口調はオネエのようであるがしっかりとおっさんである。

「あっ、ビンゴ大会始まったな。ほんま寺田係長キモいな」田辺は島中とアキ子に同意を求めた。二人は「キモいのはお前だよ」と言いたい気持ちを抑え、軽く頷いた。

「でも、この会社、このビンゴ大会だけは気合入っているから景品結構ええもんな」

と田辺が口にすると、寺田係長は今回の一位の景品は「4K対応の液晶テレビだよ」と得意げに言った。

「ちょっと、うちこれ普通に欲しいねんけど、これで嵐のライブ見れたら最高やん」

「ほんまや。凄いな。アキ子頑張れ」田辺はビールうを飲みながら言った。

「ちょっと、あやちゃん、ほんまビンゴ当てようや」

「でも、私、運良くないからどうせ当たらないよ」島中は寺田係長を横目で見ながら応えた。

「よっしゃ、じゃあ、俺が当てたるわ。で、当たったらあやちゃんにあげるわ」田辺はいつも通り、適当なことを言い出した。

「ちょっと、何で欲しがってるうちじゃなくて、あやちゃんにあげるとか言ってんのよ」アキ子はおじさんの方を向いて言ったが、おじさんは頷きながらエビピラフを食べていた。

アキ子はおじさんにも呆れていたが田辺に対しては呆れを通り越して軽蔑の感情が芽生え始めていた。


結局、田辺、島中、アキ子はテレビを当てることはできず、宴は無事に一本締めで終わった。その後、田辺は二人をホテルのバーに誘い、三人で飲み直すことにした。

「だから、あれやな。アキ子はもっと現実をみて、視野を広げて男を探すことやな」田辺はグラスに入った黒ビールを片手にアドバイスをした。

「でも、そんなこと言ったって理想の人と付き合わないと楽しくないじゃないですか?」

「ちゃうねん、アキ子の場合はとりあえず付き合った方がええ」

「ちょっと、うちが今まで付き合ったことないらから、そんなこと言うんでしょ」アキ子は目を強く見開いた。

「落ち着け、アキ子。それも確かにある。まずは経験って意味やな」田辺はしどろもどろになりながら、島中に同意を求めた。島中は赤ワインを飲みながら、コクっと頷いた。

「ちょっと、あやちゃん」アキ子はそう口にすると、酔いつぶれている島中に気が付いた。

アキ子は田辺の訳のわからない説教のせいで島中の状態まで気が回らなかったようだった。

「あっ、あやちゃんヤバそうやな」田辺もやっと気が付いたようであった。

田辺は女の子が髪型などを変えたときはすかさず気付き、いらない褒め言葉を発するくせに、こういう肝心なとこには一切気が付かない。そういった繊細な神経は彼は持ち合わせていないようである。

「ちょっと、しまちゃん、さっさと部屋帰ろう」

「うん、ごめんね」

アキ子は部屋まで送り届けようとする田辺を制し、島中を部屋まで連れて帰った。


「ほんまなんなんあいつ」アキ子は島中をベッドに寝かしつけた後、一人で呟いた。

「田辺はほんま空気読めてないな」おじさんもやれやれという表情で同意した。

「ちょっと、あんたしまちゃんのあの状態に気が付いていたんなら言ってや」

「いや、言ったし。でも、お前田辺に反論するのに集中してて俺の話一切聞こうとせんかったやろ?」

アキ子はおじさんが何度もアキ子に話しかけようとしていたことを今更思い出した。

「あーほんま最悪や。今回の社員旅行、田辺に付きまとわれて全然おもんないやん」

「おい、俺の話無視かよ。俺はちゃんと島中のこと伝えようとしてたからな」

「もうわかってるよ。そんな終わったことゴチャゴチャと。ほんまあんたちっさいな」

「誰がちっさいねん!大っきいわ!」おじさんはツッコミを入れた。

「ほんましょーもないこと言わんといてや。こっちは疲れてるんやから」アキ子は肩を落とした。

アキ子は一息入れようと思い、部屋のポットでお茶を入れながら「明日の美ら海水族館とかも田辺付きまとってくるんやろうな」と嘆くように言った。

「お前も大変やけど、今回は島中、かなり辛そうやな」おじさんはベッドで眠る島中を横目で見た。

「ほんまそれやで。前の世界やと社員旅行行ってなかったからこんなん想定外もいいところやわ」

「そうやな。あんまり前回と違うことせん方がいいかもな」

二人はそういうと同時にお茶をすすった。

「そうや、うち今めっちゃいいアイデア思い付いたで」

「なんやねん、急に大声出すなや。せっかくお茶飲んでほっこりしてたんやから」

「ちょっと、ちょっと、ほんまにいいアイデアなんやから」

「わかったから、とりあえず落ち着け。で、なんやんねん?」

「うちこの田辺に絡まれまくっている状況嫌やし、なんとかしたいと思ってるし、今回の旅行、若干後悔してるねん」

「おう、そらこんなおもんないことになったらそう思うやろうな」

「せやろ、でも逆に考えれば後悔しているということは過去に戻れるってことなんちゃう?」アキ子は目を光らせながら尋ねた。

「確かに今のお前の後悔が時の壁を越えるのに十分やったら、戻れるやろうな」おじさんは深く首肯した。

「ただ、あれやぞ。俺の見た感じではその程度の後悔やと戻れる時間は数時間か最高で24時間ちゃうか?それで田辺をなんとかできるんか?」

アキ子はもったいぶるような表情を浮かべながら、おじさんに作戦を説明し始めた。

「数時間もあれば十分やわ。宴会が始まる前ぐらいまで戻れたら理想やな。最低でもバーに向かう前のタイミングやな」

「いや、それやと結局田辺に絡まれて今と結果変わらんのとちゃうか?」

「せやな、今の時点まではうちもそんなに大きく変わらなくていいと思ってるねん」

「ほう、それはなんでや?過去を変えるために戻るんとちゃうんか?」

「あんた、結構タイムトラベルしてる割にわかってないんやな」アキ子はやや上から目線で言った。

「お前、もうそういういいから早く説明しろよ」

「ちょっと、ノリ悪いやん」

「あー、めんどくさ。早く教えてくれよ。過去変える必要ない理由を」

「しゃーないな。これからの未来を変えるために過去を変えるんやん」

「はっ?だからどういうことやんねん。具体的に言えよ」

「ほんまら仕方ないな。田辺は確実にうちらのことをバーに行くかなんなりかして二次会を誘ってくるやろ?」

「あぁ、それは確実にそうなるやろうな」

「これを逆に利用してやるねん」

「ほう、つまり?」

「田辺が二次会誘ってきたら『田辺さんの部屋で飲みたいです』って言って田辺の部屋で飲んで、田辺を酔い潰してやったらええねん」

「おい、それって田辺が酔いつぶれんかったら終わりやんけ。さっきだって田辺が酔う前に島中が潰れてもうたやんけ。余計危険やぞ」

「別に最悪田辺が酔い潰れなくても大丈夫やで。作戦の本質そこじゃなくて田辺の部屋にあんたを置いていくことやから」

「はあ?なんで俺が田辺の部屋に残らなあかんねん」

「あんた、ほんまなんもわかってないな。あんたが田辺の部屋に残ってエアコンとかガンガンかけまくって風邪引かせたらええねん」

「おい、俺田辺の部屋で徹夜でエアコンかけなあかんのか?」

「せやで、そうと決まったら過去行くで」アキ子はおじさんの手を掴みホテルの部屋を出た。


二人はホテルの近くの長い坂道を上った。その坂道にはハイビスカスやヤシの木が植えられていた。

「おい、マジでその作戦せなあかんのか」おじさんはうなだれるように訊いた。

「ちょっと、今さら何言ってんのよ」

「よくよく考えてみろよ。お前と俺は半径10メートルも離れられへんねんぞ。田辺の部屋とお前の部屋は階ちゃうやろ?」

「そんなん知ってるわ。でも、田辺の部屋はうちらの部屋の真上なんやで。だから大丈夫に決まってるやん」

「マジか、お前にしてはちゃんと考えてるやんけ」おじさんは残念そうに肩を落とした。

「わかった。もう諦めるわ。過去行こう」おじさんはそういうと、自転車に取り付けてあるメーターのスイッチを入れた。

「よし、宴会前の時間には戻れそうなぐらい後悔はしてるな」

「じゃあ、頼むわ」アキ子は意気揚々と自転車にまたがった。

そして、二人は沖縄の坂道を颯爽と下った。

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