第12話

飛行機の中から見る限り、外は南国らしく太陽は眩しく輝き、爽やかな陽気のように見えた。しかし、アキ子たちは飛行機から航空内に入ると真っ先に外国人観光客の集団の中に紛れ込んでしまい、なかなか歩を進めることができないようである。彼女たちは残念ながら爽やかなとは言い難い状況に追い込まれているようであった。

「ちょっと、なんなんよ。この外国人の多さは」アキ子は外国人が日本語をわからないことをいいことに大きな声で愚痴を言った。

「まあ、仕方ないよ。沖縄はやっぱり外国人観光客は多いよ」島中は窮屈そうな顔を浮かべながらもアキ子をなだめた。

「それにしても、暑すぎるやん」アキ子は全く遠慮することなく言った。

「そうだね。沖縄だからね」島中は意図的かそうでないのかわからないが見当違いな言葉返した。

「ちょっと、しまちゃん、そういうことやないんやけど」とアキ子が応えると、おじさんが汗ばんだシャツがアキ子の身体に触れた。

「ちょっと」アキ子は鬼の形相でおじさんを睨むと、おじさんは「すまん」と一言だけ発し、コーラをゴクゴク飲んだ。

すると、近くにいた金髪の外国人男性が「ソーリー」と爽やかにアキ子たちの横を通り過ぎた。

「ちょっと、しまちゃん、今の外国人めっちゃイケメンじゃない」

「えっ、どこ?」

「だから、ほら今前にいるやん、あーもういっちゃうわ」

「顔見れなかったからわからないよ」島中はアキ子のテンションついていけず、少し困った表情で応えた。

そうこうしていると、外国人集団から無事に逃れ、彼女たちは空港の外に出ることができた。

アキ子はガラスの扉を開けると、「着いたで、沖縄!」といかにもなセリフを口にした。

「ちょっと、めっちゃ湿気ヤバイやん」

そう、この7月の沖縄は爽やかというよりジメジメした気候であった。数日前には台風が通り過ぎたせいもあり、より湿度が高かったのかもしれない。

「ちょっと、これやった大阪よりベタつくやん」アキ子はまたしても文句を言った。

島中は湿気とアキ子の愚痴で体力を削がれたのか、無言でアキ子の後ろをついて歩いた。

アキ子と島中はバスに乗り、隣同士の席に座った。アキ子は窓側を陣取り、島中は通路側に座った。バスの中は事前に冷房が効かせてあり二人は安心したようであった。

「ふう、ほんま助かったわ」

「そうだね。沖縄の暑さってもっとさっぱりしているかと思ったけど、そうでもないんだね」

「ほんまやで。イメージと現実ギャップが半端ないな」

「あー生き返るわ」と、田辺が言いながら通路を挟み島中の隣に座った。

「あっ、あやちゃんとアキ子やん」田辺はいかにも今気が付いたように言った。

「あっ、おつかれさまです」とアキ子が言うと、その言葉に合わせて島中は軽く会釈をした。

「今日も二人とも可愛いね」田辺はいつも通り軽口をたたいた。

「ちょっと、そんなこと思ってない癖にやめてくださいよ」アキ子もいつも通り返した。

「いや、思ってるって」

島中はそんな二人のやりとりを間で憂鬱そうに見ていた。

「こいつ、こんなこと女子が言われて喜ぶとでも思ってるんか」

アキ子たちの後ろの席に一人で座っていたおじさんが呟いた。

アキ子は横目でおじさんを見て軽く頷いた。

「ほんま可愛いって。なあ、あやちゃん」田辺はほんとんど反応しない島中に話しかけた。

「そうですね」

そう一言だけ島中は返事すると、すぐ黙ってしまった。

そんな島中の様子にも構うことなく、田辺はいつも通り面白くもない、しょーもない話を続けた。

田辺は島中にどんなに冷たい対応をされても、いっこうに話を止める気配はなかった。一方、アキ子は割と上下関係はしっかりとしているタイプであるため、島中のように冷たい対応をすることなく、苦笑いを浮かべながらも田辺の話に相槌を打ち続けた。

やはり、社員旅行というのはどこの会社でもそうであるが上司や先輩の話を聞く場であると、ある程度割り切らないといけないとアキ子は自分自身の心を無理矢理に納得させることにした。


田辺の面白くない話をなんとか二人は耐え切り、無事ホテルにバスは到着した。

すると、二人は真っ先にバスから降り、自分達の部屋に向かうことにした。

「急ごう、あっちゃん」

島中はいつになく真剣な表情でアキ子を急かした。

「せやな。ほんま早よせな、田辺がまた絡んでくる」アキ子はキャリーケースをカンカンと床にあてながら島中に続いた。

「ふう、やっと部屋ついたわ」アキ子はどさっと窓側のベットに腰を下ろした。

一方、島中はかなり田辺の話に疲れたのか、無言でベットの端に座った。

「ほんま、しまちゃん災難やな」アキ子は自分自身の肩を軽く揉みながら言った。

「うん、そうだね。ほんと最近、田辺のやつしつこくて困っているの」島中は深刻そうな声で応えた。

いつもなら男から付きまとわれて困るといった島中の話は自慢にしか思えないのだが、島中の声のトーンや表情から真剣悩んでいるのだなとアキ子は理解した。

「今回はマジっぽいな」おじさんは部屋に置いてあったクッキーを勝手に食べながら呟いた。

「ちょっと、あんた」アキ子は自分の分のクッキーを食べられているのを見て、すかさず注意しようとしたが島中に「どうしたの?」と訊かれてしまったため断念した。

「いや、別に何もないで」

「そう、なら良いんだけど」島中は少し不審に思いつつも納得したようだった。

「そんなことよりしまちゃん、このクッキーけっこういけるで」アキ子は何故か慌てて自分が食べれなかったクッキーを島中に進めた。

「うん、美味しそうだね。でも、あっちゃん食べたいなら食べていいよ」

「えっ、ほんま!なんか申し訳ないねんけど」

「いいよ、食べなよ。今わたしそんなにお腹空いてないし」島中はそう言うと煙草をポーチから取り出しベランダの方に向かった。

「ちょっと、吸うね」

「あっ、うん」

アキ子は島中がベランダ出て煙草に火を点けると、「ちょっとラッキーやん」と言いながらクッキーに手を伸ばした。

「おい、今回は島中なかなかダメージくらっているな」おじさんは島中がベランダに出るとすぐにアキ子に訊ねた。

アキ子はクッキーをもぐもぐと頬張りながらも島中が部屋側を見ていないことを確認し、「そんな田辺のせいに決まってるやん」と応えた。

「まあ、流石にあんだけしつこかったら疲れるやろうな」

「ほんまやで。巻き添いくらったうちもめっちゃ疲れたわ」

「でも、今回の沖縄旅行、こんな感じで田辺に付きまとわれ続けたら全然おもんないやろうな」おじさんはテレビのリモコンに手を伸ばしスイッチを入れた。画面にはいかにも沖縄ローカルのコマーシャルが映った。

「ちょっと、うちは田辺を楽しませるために来たんとちゃうで」アキ子は思わず語気を強めた。

「そう言ってもなあ。田辺絡んでくるやろう」

二人で今後の田辺の動向について心配していると、島中がため息を吐きながらベランダから戻ってくると同時に煙草の残り香が微かに部屋に入ってきた。

「あやちゃん、ちょっとリラックスできた?」アキ子は島中に気を使い尋ねた。

「うん、少しね」と島中が応えると、ベッドの上に置かれていた島中のスマホが震えた。

「はあ、また疲れちゃった」島中はスマホに表示されたメッセージを見ると肩を落とした。

「ちょっと、どうしたん?」

「また、田辺からだよ。夕方の全体での宴会は自由席だから一緒のところ座ろうだって」

「ちょっと、なんなんあいつ。まだうちらにストレス与えようとしてるん」アキ子は思わず目を丸くした。

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