第11話
「もう、何回やっても無駄やん。うちもう疲れたわ」アキ子はベッドの上で横になった状態で言った。まさに鬼の目にも涙という状況だった。
「あぁ、もう疲れてしまったな」おじさんも地べたに這いつくばった状態で応えた。
そうアキ子たちはこの2013年4月から2014年3月の約一年間を何回、いや何十回と繰り返していたのだった。猪瀬君と恋愛できなかったという後悔のエネルギーでタイムトラベルし、この時間を何十回とやり直してきたのだった。
「もうこんなに繰り返してしまったら、精神的にどんどんうち猪瀬君と離れて行ってしまう気がする。だって、あんだけ頑張っても付き合えなくて、やり直しても向こうはうちのこと忘れているし、もう一回関係作らなあかんし…もうこんなんきつ過ぎるわ。だってうちはこれから起こることとか全部知っていて、猪瀬君と一緒に驚いたり、悲しんだ入り、苦しんだりできんくなっている」
「そうやな。俺も辛いよ」おじさんは同情し優しく言った。
「だって、今回なんて言われたか覚えている?『アキ子先輩ってもはや悟り開いていますよね』やで。何事にも動じないらしいでうち」アキ子は皮肉交じりに無理に笑って見せた。
「あぁ、お前はほんまに物事に動じひんようになってしまったもんな」
「だって、そんなん何十回と経験したら、なんも感じひんもん」
「あはは、俺も正直言って、こんなに何回もやり直したやつはお前が初めてや。なかなか2020年に辿りつかんな」おじさんは乾いた笑いを浮かべた。
「ほんまやな。なんかごめんな。うちのせいであんたまでこんなことに巻き込んでしまって」
「いや、そもそもと言えば、俺がお前を契約者に選んでしまったせいやからな。こちらこそすまん」おじさんは素直に謝った。
「ほんまやで。ほんま最悪や。あんたにあのとき会ったんが運のつきやったわ」アキ子は急に思い出したかのようにおじさんを責め始めた。
「おい、おい、さっきまでお互い謝ってええ感じになっていたやんけ。なんか哀愁漂うというかセンチな感じで」おじさんはすかさずツッコミを入れた。
「なんなんよ。実際きっかけを作ったんわあんたやんか」アキ子はいつもの調子で怒り始めた。アキ子の怒りのボルテージは上昇しはじめているようであった。
「お前さあ。そもそもあんなに自分の人生に後悔してたんが悪いんやんけ」おじさんも負けじと強気で言い返した。
「ちょっと、そんなん誰でも、自分の人生に後悔の一つや二つあるやろ?それを責めんといてよ」
「はぁ?お前ほど後悔しているやつなんか珍しいわ。だいたいこんなに一つの時間を繰り返したんも流石の俺もはじめてや。もういい加減お前とはやってられへん」
「なんなんよ。それ、ほんまむかつくわ。うちだって好きで後悔していた訳じゃないわ。後悔してしまうんや。嫌やって思ってしまうんやん。もうそんなうち自身がうちはもう嫌や」アキ子は今にも泣きそうな声で言った。
「すまん。流石に言いすぎたかもしれん」おじさんはそんなアキ子を直視できず言った。
「もうほんま辛いわ。こんなに何度も繰り返して、みんなと感覚もずれてくるし、もう体感で言ったらうち何歳なんよ?70歳か80歳ぐらいいってしまっているんとちゃうん?おばあちゃんなんやで」
「確かに体感で考えたら、そろそろ寿命やしな」おじさんはさらっと言いのけた。
「ちょっと、簡単にうちの人生終わらせんといてよ」アキ子はすぐさま反発した。
「いや、そろそろ真剣に今後のこと考えへんとあかんな」
「ちょっと、今でも十分真剣に考えて何回もやり直してきているやん」アキ子は語気を強めた。
「いや、そうじゃなくて。もう過去に戻ってやり直すんが無理かもしれへん」
「どういうことよ?もう戻れへんって、なんでよ?」
「だって、もうお前絶望し始めているもん」
「そんなん前から絶望なんてしているわ。自分の人生に絶望しているし、自分自身にも絶望しているし」アキ子はまるで他人のことのように軽く辛いことを言った。
「大体、俺から言わせると絶望の意味をお前らははき違えている。本当の絶望というのは望みが絶たれた状態のことや。望みが叶う可能性がゼロになってしまった状態のことや。望みの可能性がゼロなら人は今までのお前みたいにバタバタあがくか?後悔して過去戻ろうとか思うか?思わんやろ?ほんまに絶望してもうたら後悔すらできなくなって、タイムトラベルが不可能となるぞ」おじさんは真剣な眼差しでアキ子を見た。
「ちょっと、ほんまにとうとうやばい状況になってきたってこと?」
「ああ、そうや。どうする?今回の時間軸では完全に猪瀬君と付き合うのは無理そうやけど」おじさんは肩を落とした。
「でも、もしまだうちが諦めへんかったら過去に戻れるかもしれへんの?」
「まあ、そういうことになるな。まだいけるんか?」おじさんはやや身を乗り出した。
「いや、うちやっぱやめておくわ。もうしんどいもん。この時間軸で人生を進めていく」
「おい、今の流れってドラマとかやったら、『うち、もう一回やり直すわ』とか言って何とか過去に戻って、猪瀬君と付き合うことができて、ハッピーエンドのやつやったやろ?」アキ子の口調を真似ておじさんは言った。
「ちょっと、うちそんな変な言い方してないし。あんたこれはドラマちゃうで。うちの人生なんやで。そんなドラマみたいに上手く行くはずないやん。大体ドラマやったらこの何十年のやり直しとか完全に見ている人は知らんから、こいつもう一回やりなおすんやろうなぁって思えるんやん。だって、うちはリアルに何十年と繰り返しているんやで。そんなことできるはずないやん」アキ子は強く言い切った。
「おい、じゃあどうすんねん」
「うち思ったんやけど、後悔さえすれば過去戻れるんやろ?うち現状ではあんたの言うとおり絶望しはじめて、あがくことを辞めようとしていると思う。でも、どうせうちのことや。このまま人生進めてもどっかで絶対後悔できる。そのときが過去に戻るチャンスや」アキ子は目を輝かせた。
おじさんは意表を突かれた様子で、「確かに後悔すれば過去に戻れる。その手があったか」と首肯した。
「うちって天才じゃない?」アキ子はおじさんへ誇らしげに言った。
「ああ、確かに天才や。ただ、自分自身で『どうせうちのことや。このまま人生進めてもどっかで絶対後悔できる』って言った時は流石に少し悲しかったぞ」おじさんは肩を上下させケタケタと笑った。
「ちょっと、全然悲しそうじゃないやん」アキ子は弁護士か検察官のようにおじさんへ人差し指をまっすぐ向けた。
「あはは、すまん、すまん。ただ少し安心したわ。自分自身が今後、後悔するだろうとか、そういうことを冷静にお前が考えられているんやからな。普通の人間やと死にたくなったりするからな。この笑いは安心感から来たやつや」
「また、そんなええように言って。どうせうちのことを馬鹿にしているんやん」アキ子はぷいと首を横に振った。
「なんやねん。お前ほんまめんどくさいな。そういうところやぞ。男に全然モテへんのは」おじさんは冷たく言い放った。
「ほんまそれ何回もあんたに言われて、もう聞き飽きてんねんけど」アキ子は目を見開いた。
「じゃあ、何回も言わせんなや」
「はあ?ほんまあんたむかつくな。もう二度とご飯大盛りにしてあげへんで」
「おい、おい、ご飯の量は関係ないやろ?」と、おじさんは慌てた。おじさんにとって炭水化物は人生の唯一の楽しみと言っていいぐらい大切なものであった。
「だって、前の時間軸のときは猪瀬君と二人でデートまで行けたけど、あんたがご飯を何杯も食べるから、うちが大食いみたいになってしまって猪瀬君引いていたやん」
おじさんはアキ子以外の人間には認識できないため、おじさんがご飯を食べると、それは他者の目からはアキ子が食べたように映るのだ。
「いや、お前はどちらにしろあの時は振られていたし、ご飯の量は関係ないぞ」
「うあ、なんなんあんた何気にさらっと酷いこと言っているやん」とアキ子はおじさんを睨んだ。
「とにかく、ご飯は食べさせろよ。これがないとほんまにやってられへんからな」おじさんは念を押した。
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