第7話
「うあ、またSTAP細胞のニュースや」アキ子はテレビに向かって言った。今アキ子たちがいる2014年の春ごろはこのニュースで持ちっきりだった。タイムトラベルからかれこれ三か月程経過していた。
「もうタイムトラベルしてから三か月以上か~」アキ子は感慨深く呟いた。
おじさんはスマホをいじりながら「そうやな」と応えた。二人は24時間毎日一緒にいるためカップルというより夫婦のような空気が流れている。
「ちょっと、あんたなんなんその無関心そうな返事は」アキ子はハイテンションでおじさんを叩いた。
「もう痛いって、なんやねん」おじさんは身体をよじりながら不機嫌な表情で応えた。
「ちょっと、明日何の日かわかっている?」
「えっ?誕生日かなんかなんか?ただ、仮にお前の誕生日だったとしても俺はなんもせいへんぞ」
「何言ってんのよ?明日は4月1日に決まっているやん。だいたい一言余計やねん」
「あー、エイプリルフールね。あんま興味ないけど」
「あんたほんまあほやな。明日は入社式やん。やっと、猪瀬君に会えるわ」
猪瀬君というのは明日入社する予定のアキ子の一つ下の後輩である。猪瀬君はアキ子の好み通りでジャニーズ系の見た目であり、かつスポーツも万能のイケメン男子である。ただ、彼は仕事を覚えるのも遅く、頼りにならない部分が多いので少し残念なイケメンである。
「猪瀬君?誰やそれ?」とおじさんがアキ子に訊いた。
「別に気にせんでええで。そんな気になるんやったら話してあげてもいいけど」アキ子はあえてもったいぶるように応えた。
そんなアキ子の様子を見ておじさんは、「ああ、じゃあ、ええわ」と呆れた表情で返事をした。
「ちょっと、気にならへんの?」
「うん、もうめんどくさいから別にええよ」
「なんなんあんた」アキ子は語気を強めて言い放った。
「お前こそなんやねん。わかった。その猪瀬君というやつは何もんやねん?」おじさんはため息交じりに猪瀬君のことをアキ子に聞いた。
「仕方ないな。教えてあげるわ。うちの可愛くてイケメンの後輩」
「そんだけかいな」おじさんはこけそうになりながら言った。
「そうやで。明日その可愛くてイケメンの猪瀬君が会社に入社してくるわ。前回は付き合うとかまでいかへんかったけど、結構仲良かったから猪瀬君たぶんうちのこと好きやったと思うわ」アキ子は懐かしそうに一回目の人生の話をした。
「おお、そうなんか」おじさんは猪瀬君の趣味を疑い、色々な意味で動揺を隠せなかった。
「で、結局なんで付き合うことにはならんかったんや?話聞いている限りやと相思相愛ぐらいな感じやんけ」おじさんは自分を鼓舞し、気持ちを無理に立て直し聞いた。
「まあ、向こうの押しが弱かったっていうのが一番かな?たぶんうちのこと好きやったと思うけど、猪瀬君草食系やから恋人というレベルまで発展しんかったな。ほんま猪瀬君はもったいないことしたと思うで」
「おい、お前がもったいなことしたっていう間違いじゃなくてか?」おじさんは聞き間違いをしたと思い念を押して訊いた。
「何言ってんのよ。うちぐらいのええ女なんやで。もったいないことしたんは猪瀬君に決まっているやん。しかも今のうちは23歳なんやで」
「マジかお前。仮にエイプリルフールやったとしても酷い冗談や」おじさんは静かに呟くように言った。
そして、翌日、4月1日。アキ子はいつもにも増して元気に出社した。
「おはようございます」とアキ子はフロア全体に響きわたるぐらい大きな声であいさつをした。アキ子はいつもにも増してハイテンションである。それを察知した島中が早速アキ子に話しかけてきた。
「あっちゃん、今日もハイテンションで元気だね」
「そらテンション上がるに決まっているやん」アキ子は猪瀬君のことを言おうとしてとっさに慌てて口をつぐんだ。
「面白いね。あっちゃんは」島中は微笑して見せた。
島中とそうこう話しているうちに入社式が始まった。二年目と新入社員は席が近くであるため、アキ子はお気に入りの猪瀬君の姿をすぐに捕捉した。その様子はまるで獲物を見つけた肉食動物のようであった。
「まるでハンターだね」島中がボソッとアキ子に耳打ちした。
「ちょっと、なんなんよ。急に」アキ子は反射的に言い返した。
「だって、さっきからあのイケメンのことばっかりあっちゃん見てない?」
「ちょっと、ほんまやめてや。しまちゃん。そんなんちゃうって」
「いいじゃん。狙っちゃいなよ」島中はいつもにも増して不敵な笑みを浮かべて言った。そうアキ子はあまりにも眼力が強すぎて、他人からはアキ子が誰を見ているかなど簡単にばれてしまうのだ。
「ほんまあかんって、しまちゃん。今入社式中やし」アキ子が制すと、島中は薄ら笑いを浮かべ口を閉じた。
入社式が終わると、アキ子たちは通常業務に入った。猪瀬君をはじめとする新入社員たちは2週間の新人研修を経て、各部署に配属される。猪瀬君は既にアキ子たちと同じ部署に配属されることが決定されていた。
猪瀬君のことが気になりながらもアキ子は業務に邁進した。いつもにも増してキビキビと仕事を片付けたものだから、あっと言う間にお昼になっていた。
「ちょっと、わたし聞いちゃったんだ」島中が食堂で突然言い出した。
「ちょっと、しまちゃんどうしたん?」アキ子が身を乗り出す。今アキ子たちはお昼の食堂でランチタイムを楽しんでいる。
「あっちゃんにとっては凄く有益な情報かもね」島中はもったいぶるように応えた。アキ子は島中のこの焦らす態度が嫌いだ。しかし、アキ子は焦らしに負けることなく質問を続けた。
「ちょっと、なんなんよ。気になるやん」アキ子はさらに乗り出して応えた。
「実はね。入社式のときあっちゃんが見ていたイケメンいるじゃん?あの子、わたしたちと同じ部署に配属される予定らしいよ」
「なんや。そのこと?そんなん前から知っているわ」
「えっ?なんで?」島中は驚いた様子で言った。
「ちょっと、うちのことを見くびらんといてくれる?うちは大抵のこと知っているんやから」
そう、アキ子は人生も二週目に入り三か月以上経過している。本当に大抵のことは知っているのだ。
「すごいね。あっちゃんは。前も田辺さんが彼女に振られる時期とかもぴったり当てたし。もう預言者だね」
「そうやで。ほんまうちは預言者みたいなところあるで」アキ子は得意気に応えた。
「じゃあ、あっちゃんはそのイケメンが彼女いるかどうかも知っているの?」島中は興味津々で訊いた。
「まあ、ここからは予想やけど、たぶんおらんと思うで」アキ子はやや臭い芝居をしながら応えた。
「じゃあ、あっちゃん狙えるじゃん」島中はまたアキ子をからかった。
「ちょっと、だからそんなちゃうって言っているやん。ほんまやめて」アキ子は島中へ強く言った。
アキ子は居心地が悪くなったのか「あっ、もうこんな時間や。早く事務所帰らな」と言い、わざとらしく時計を確認し席を立とうとした。
「そうだね」と島中は微笑しながら応え、アキ子についていくように事務所へ帰って行った。
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