第5話

アキ子は家に着くとすぐに二階の自分の部屋へ向かった。弟が一階でアキ子のことを呼んでいるみたいだったが無視することにした。

「おい、弟が呼んでいるぞ」おじさんはアキ子が聞こえていないと思い、教えてあげた。

「別にいいねん。あんなやつ。ほっとき」アキ子は冷たくさっと応えた。

アキ子の弟は現在、大学三回生である。彼はアキ子と違い、大学でもバイト、サークル、恋愛と一通り楽しみつくしているのだ。そこがまたアキ子の癇に障るポイントの一つだった。

「どうせ、エントリーシートみてとかそんなんや」アキ子は頭を掻きながら吐き捨てるように言った。

そうアキ子の弟はちょうど就活中なのである。しかし、アキ子には一切関係ない。むしろアキ子は弟に大企業などに行って欲しくなかった。自分自身が就職した会社は中小企業である上に、大学生活は恋愛もできず、十分満足したものではなかったからだ。そんなアキ子とは対照的に大学生活を要領よく楽しみ、かつ良い企業に行かれてはアキ子からしたらたまったものではない。

「まあ、人それぞれ色々あるかな。これ以上は何も言わんわ」

「今回はあんた聞き分けいいな」

「ところでさ。お前晩御飯食べへんの?」

「さっき、パンケーキ食べたから全然おなかすいてないわ。もしかしたら今日は食べへんかも」

「うあ、マジか、ということは俺もごはん抜きか」とおじさんはおでこに手をあてて困った様子である。

「えっ、あんたなんか食べんと死ぬん?身体はいかにも食べそうな感じやけど」

「いや、死にはしない。というか死ぬことはできひんからな」おじさんはがっかりと肩を落として応えた。

「じゃあ、別にええやん」

「お前、あほか、食は人間の楽しみやんけ!生きる死ぬの問題じゃないねん」と語気を強めておじさんは言い放った。

「あんた大体、他人からも見えへんくせにどうやって食べるんよ。あんたが食べ物食べていたら、うちには普通に見えるけど、他の人からしたら食べ物浮いているみたいに見えるやん」

「お前はまだまだ甘いな。まあ、簡単に説明してやると、お前以外の人間は俺がご飯を食べようとも何をしようとも気づくことすらできない。俺は存在しているけど、他人は俺のことを認識できないと言うのが正解やな」

「じゃあ、今日の晩御飯コロッケやったから下からとってきて勝手に食べたらいいやん。一階はうちから半径10メートルも離れてないやろ?」

「おっ、ほんまにええんか」おじさんは純粋に喜んだ。

「たぶん、今弟とお父さんが食べているはずやから、こっそりとってきてみ。あんたの話がほんまやったら、ばれへんはずやろ?」アキ子はおじさんのいうことが本当か確かめたかったのであえてこのような指示を出した。

「では、失礼します」おじさんはゆっくり一階へ向かった。しばらくすると、おじさんがコロッケを咥え現れた。しかも、左手に二つ、右手に三つ持っている。

「ちょっと、あんたもってきすぎやん」アキ子が言うと、おじさんはもごもごしながらコロッケを一つアキ子に手渡した。

「ありがとう。なるほどあんたすごいな。まるで透明人間やな」

「まあ、俺にとってはこれが普通やからすごいとかないんやけどな」とおじさんは食べながら話した。

「じゃあ、泥棒しほうだいやん」アキ子が不敵な笑みを浮かべた。

「それはあかんぞ。流石に」おじさんは慌てた。

「冗談やって」

「冗談かい!」

いつのまにかアキ子とおじさんは自然とお互いに笑いあいながら話をするようになっていた。

「そうや」とアキ子はスマホの置いてある机の方に向かった。

アキ子は山本先輩のことが気になりだしたのだ。とりあえず、あのときは事故を回避したがあのあと何かなってないだろうかと。

アキ子は充電中のスマホをケーブルからはずし、山本先輩へメッセージを送ることにした。


おつかれさまです!!

今日はありがとうございました☆

先輩と久しぶりにお茶出来て嬉しかったです(^^)

無事帰れましたか??


「送信っと」と、アキ子はさっとメッセージを送った。

数分するとすぐに先輩から返信があった。


おつかれさま☆

こちらこそパンケーキ食べられて良かった♪

あたしも楽しかったよ~

今ちょうど家に着いたところ(^^)/


「ちょっと、あんた見てみ!」とアキ子が嬉しそうにスマホの画面をおじさんへ向けた。

「おっ、なんやなんや」とおじさんは言いながら表情が硬くなっていった。

「どう?先輩無事みたいやわ」とアキ子は得意げに言った。

「たぶん、違う形で似た事故にあってしまうパターンかもな」とおじさんは暗い表情で肩を落として応えた。

「はー?あんた何言っていんのよ!これで先輩助かるんとちゃうの?」

「いや、だから何べんも言っているやんけ。他人の時間は変えられないと」

「だから、このライン見たやろ?完全に未来変わっているやん」

「そら、多少は変わるぞ。ただ、大枠では変わらん。特にその人の寿命(時間)に後々にでも影響することであればな。だから、また別の形で事故かなんかにあうはずや」

「なんなんやんよ。ネガディブデブ」

「おい、デブは関係ないやろ。なんか言いにくいし。まあとにかくな。無理なもんは無理や」

「わかった。うち先輩が助かるまでこの時間を何度もやり直すわ」アキ子は堂々と胸を張り言った。

「この後先輩が事故したらうちは絶対後悔するはず。ならその後悔のエネルギーで過去に戻れるってことやろ?じゃあ、成功するまでやれるやん」

「はあ、そら今のお前の感じやと後悔してタイムトラベルに十分なエネルギーが得られそうやな。一つ言っておいてやるけど、お前がどんなに努力して先輩を助けようとしても、理論上絶対に助けられないし、先輩はお前のその努力すら知り得ない。ええんか?それでも」

「うちは別に先輩に感謝されたくてやろうと言っているわけじゃないわ」アキ子は凄い目力でおじさんを睨みながら言った。

「お前、ほんま想像力がないんやな。自分がしてきた行動が他人から覚えておいてもらえない苦しみはわからんやろうな。そんなことしたら身も心もボロボロやぞ。てか、魔法少女まどかマギカ見てみろ。あれでのほむらちゃんがそんな感じや」

「ふん、何言っているんよ。アニメオタク!だいたい先輩がこのまま別の事故に巻き込まれるとも限らへんし」

「まあ、ええわ」おじさんはアキ子と議論するのにすっかり疲労したようである。しかし、おじさんの表情は何故か疲れたというよりも寂しそうにも見えた。

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