第4話
アキ子たちが向かったパンケーキ屋さんは女子に大人気である。休日は必ずと言っていいほど行列ができている。メニューは甘いタイプのいかにも女子が喜びそうなパンケーキに加え、ご飯としても食べられそうなおかず系のパンケーキもある。甘いタイプのパンケーキはフルーツがどっさり載ったものにシロップをかけたものが大人気で、雑誌などでも特集されるなど、多くの女子に支持を受けているようだった。アキ子は大抵そのパンケーキにアイスクリームを二つ付け、しっかりそれをたいらげるのだ。
「ちょっと、先輩、今日はラッキーですよ。誰も並んでないです」
「あ、本当だ。入ろう」
二人は幸運にも全く待たずにお店に入ることができた。店内に入ると、パンケーキの甘くて柔らかい匂いが彼女たちを出迎えた。
「いらっしゃいませ」と、物腰柔らかそうな青年がアキ子たちを席に案内する。
「いつもと同じ場所でいいですよね」青年はアキ子が気に入っている隅の席に誘導した。
そうアキ子はここの店に足繁く通っているのだ。アキ子がこの店に通っている理由の一つにパンケーキがおいしいことに加え、このイケメン青年の存在がある。
「ちょっと、さっきの店員さんカッコよくないですか?」アキ子はいつもにも増して興奮気味で先輩へ同意を求める。
山本先輩はやや戸惑いを隠せない様子で、「そうだね」と苦笑してみせた。
「おい、先輩困っているやんけ」おじさんはついついツッコミを入れてしまう。
アキ子は、おじさんを睨み付けた。アキ子はとっさに口を開き、おじさんを罵倒しそうになったが、気持ちを切り替えてイケメン青年について話続けた。
「だって、さっきも『いつもと同じ場所でいいですよね』とか言っていたし、うちのこと覚えてくれているし、きっとうちのこと気になっているんですよ」
「うん、そうかもしれないね」山本先輩はアキ子にとりあえず無理やりにでも同意することにした。そして、山本先輩はすかさずメニューを広げアキ子の興味をパンケーキの方へ移すことに成功した。
「いやー、いつも来ていますけどやっぱり悩みますね」アキ子はパラパラとメニューをめくりながら言う。
「そうだね。わたしはプレーンのハーフサイズにしようかな」
「先輩、そんな普通のやつでいいんですか?絶対フルーツとアイス載ったやつの方が良いですよ。わたしはこのフルーツとアイス二つ付いたやつにします」
「じゃあ、あたしはフルーツだけのハーフサイズにするね」と、またしても先輩はやや困り顔で応えた。
「すみませーん」とアキ子のよく通る大きな声が店内を響く。
「はい」とさっきのイケメン青年が注文をとりにきた。
アキ子と先輩はパンケーキに加え、カフェラテを注文した。
店員がオーダーをメモしキッチンへ向かうと、アキ子は「やっぱり、イケメンですね」と、また青年のことを褒めた。
「うーん、そうだね。でもイケメン過ぎるのも逆に困るかも」
「ちょっと、なんでですか?教えてくださいよ」とアキ子が前のめりになる。
すると、ブーンと突如アキ子の携帯が震えた。
「あっ、すみません何かきました」とアキ子は口にし、とっさにスマホの画面を覗いた。
「うあ、最悪やん」アキ子は表情を曇らせた。
「どうしたの?」
「やばいです。昆虫からラインがきました」アキ子はまるで本物の害虫を見るような、それも小蝿を見るような目で応えた。
昆虫というのは、アキ子の同期の男の子で見た目や仕草が昆虫ぽいから女子たちからはそう呼ばれている。ただ、別に特段他人に迷惑をかけたりするわけでもないので特に良くも悪くも目立つ存在ではない。
お疲れ様です。
今週の土日、明日明後日なんやけどヒマ?
「ちょっと、先輩みてくださいよ」アキ子はさっと前傾姿勢になり、興奮気味に自分のスマホを先輩に向けた。
このとき、またしてもアキ子は重大なことを思い出した。この昆虫野郎はこのメッセージのあとアキ子をデートに誘ってきたのだ。アキ子は過去の記憶を遡った。しかし、思い出してみると少し前回と違う。確か昆虫がアキ子をデートに誘おうとしたのは先輩の事故の二日前程だったと記憶している。なぜならば、このメッセージが来てすぐに先輩に相談したからだ。もし、今日にラインが来ていたら先輩が事故にあっていてそれどころではなかったはずだ。もちろん前回は昆虫からのデートの誘いをアキ子は無下に断った。
「あっちゃん、これヒマって返信したらデート誘われるかもね。あんまり上手い誘い方とは思わないけど」と山本先輩が応えた。そう先輩の言うとおり誘われるのだ。確か前回も先輩は同じように応えたような気がする。
「そうですね。これは誘ってくるパターンですね。もうこの段階で断ります」
お疲れ様です。
私は暇ではありません。
「送信っと」と、アキ子はすぐさまメッセージを送信した。
「えっ、いいのあっちゃん。そんな簡単に断ってしまって」
「いいんです。こいつごときの男がうちを誘うなんで百年、いや永遠に無理ですね。やっぱりここの店員さんぐらいじゃないとうち満足できないんで」と図々しくもアキ子は声を大にして言った。
「でも、少し勿体無い気もするな。せっかくの恋愛するチャンスかもしれないよ」
「ちょっと、なんでよりにもよって昆虫なんですか!」と、アキ子はすごい目力を込めて言った。その目力に押されて先輩は「気が乗らないならいいんだけどね」と伏し目がちに応えた。
昆虫の話題はほどほどにして二人はパンケーキが届くと美味しく頂いた。もちろんアキ子は全て綺麗に完食した。
「じゃあ、あたしそろそろ行かなきゃ」
「そうですね。彼氏とデートいいなー」アキ子は羨ましそうに言った。
「あっちゃんだって、デートしようと思えばできるでしょ?昆虫くんとか」
「ちょっと、やめてくださいよ」
「ごめん、ごめん、じゃあ、またね」山本先輩は笑いながら手を振った。
「はい、お疲れ様です。ありがとうございました」アキ子は大声を出し、元気よく手を振った。
そうして先輩は彼氏の元へ、アキ子は家に向かって歩き出した。
「おい、あれでよかったのか」おじさんは人目の無い道でアキ子に話しかけた。
「もう、なんなんよ」アキ子は耳からイヤホンを外した。アキ子はお気に入りのアイドルの音楽を楽しんでいたのだ。この時期は特に町中からクリスマスソングがアキ子の神経を嫌に刺激するので、好きな音楽を聴いてないとやっていられないのだ。
「いや、昆虫くんやったっけ?誘い断ったやろ?」
「そんなん無理に決まっているやん。あんたうちに昆虫とデートしろっていうの?」
「いや、お前さぁ、言わしてもらうけど今までろくに男とデートしたり付き合ったりしたことないんやろ?それやったら昆虫とかを相手に肩慣らしでもしたらどうや?練習感覚で」
「あんた、ほんまうるさいわ。うちぐらいのレベルになってくるとな。あんな低レベルの男子はデートする価値すらないんや」アキ子は何時にも増して語気を強めて言った。
「はあ、お前ほんま救えへんわ。あの山本先輩も言っていたやろ?勿体無いって」
「大体、モテる女ちゅうのはな。気のない男子にも優しくするもんや。断るにしてももっとええやり方があるやろ。たぶん、あの山本先輩もな何でモテるかというと完全には断らへんのや。イケそう感を出すんが上手いんや」
「なんなん。イケそう感って。ほんま気持ち悪いわ。あんたこそどうせ女の子にモテへんやろ?」アキ子はおじさんのルックスから勝手に判断し、勝ち誇ったかのように言った。
「お前、ほんま何にもわかってないな。男は見た目やないぞ。前に憑いていた娘なんてな。ナンバーワンキャバ嬢でめっちゃ可愛いのに彼氏も作らず、俺とずっと一緒におったぞ」
「あんたから離れられへのはうちも一緒やんか!あんたから半径10メートルも離れられへん制約があるんやから」
「確かに…」おじさんは言葉を詰まらせてしまった。今まで誰にも指摘されたことがなかったが故に心に響いた。
しかし、おじさんは気を取り直して反論を試みようとしたが結局何も思いつかずもやもやした気持ちでいっぱいになっているようだった。
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