第2話

うあ、なんかめっちゃ懐かしいわとアキ子は事務所に着くとひとり呟いた。

「あっちゃん、おはよう」同期の島中さんが眠そうに声をかけてくる。

「おっ、おはよう。しまちゃん、なんかめっちゃ久しぶりやん」アキ子は興奮気味に応えた。

「何言っているの?昨日も会ったじゃん。やっぱりあっちゃんは朝から面白いね」

「ちょっと、いやごめん、ごめん。うちまだ寝ぼけていたわ」

そうこうしているうちに朝礼が始まった。アキ子からすると数年ぶりの朝礼である。すると、朝礼を遠くから見ているおじさんの姿が見えた。おじさんは笑顔でこちらを見ている。

「なんなんあいつ、部外者がガッツリ社内にいるやん。てか、うちの会社こんなセキュリティで大丈夫なん?ほんま転職して正解やったわ」とアキ子は思いつつ、おじさんを睨み付けた。しかし、おじさんの前を他の人が通り過ぎても、誰もおじさんに気づかない。アキ子はその様子に疑問を持ちつつ朝礼が終わると、すぐにおじさんのものと行った。

「ちょっと、あんたこんなところで何してんのよ!」アキ子は仁王像のごとく腕組みをしながら言った。

「あんま大声で話さん方がええぞ。俺の姿が見えるのはお前だけやからな」おじさんは内緒話をするような声で応えた。

「全然、意味わからんねんけど」

「まあ、黙って仕事しろや。お昼休みに誰もおらんところでゆっくり話そう」

そうして、アキ子はおじさんのことが気になりつつも仕事に取り掛かった。その間もおじさんはアキ子の傍から離れない。ほんま気がちるわとアキ子の心は雑念でいっぱいだった。一方、仕事はスムーズに進んでいく。

「あれ、あっちゃん。あたしそのデータの処理方法教えたっけ?」山本先輩が不思議そうにアキ子のパソコンを覗き込んだ。

「何言っているんですか?そんなん何年も前からわかっていますよ」アキ子は自信満々に山本先輩の疑問に応えた。

「何年も前って、入社一年目やのに何言っているん?ほんまあっちゃんおもろいわ」

「あはは」アキ子は苦笑した。

時間移動しても能力などの内面的なものはタイムトラベルの前後で変わってはいないのだなとアキ子は理解した。それにしても相変わらず山本先輩は流石やわ。ちょっとした変化とか違和感にもすぐ気づいてくれると、アキ子は昔のことを懐かしんだ。

山本先輩はアキ子の最も身近で憧れの先輩だった。仕事もできる上に、可愛くて明るいから女性社員、男性社員問わず皆から人気だった。山本先輩の魅力があまりにも桁外れであるから、他人を僻んでばっかりいるアキ子ですら尊敬の念を抱いていた。そうやって山本先輩の凄さに懐かしみを感じていると、突然アキ子は重大なことを思い出した。そう今日2013年12月13日は山本先輩が交通事故にあった日だ。その事故というのも完全に相手側の過失だったのだ。酔っ払いが歩道に乗り上げ、先輩にぶつかったのだ。彼氏とのデートに向かう途中での事故だった。その結果、先輩は脳に障害が残ってしまった。軽度の記憶障害ではあるが、先輩は仕事でみんなに迷惑をかけたくないからと言い退職したのだ。アキ子は思った。今ならまだ間に合う。先輩がまだ事故にあう前だからあたしが教えてあげれば事故にあわずに済む。酔っ払いの車が来る時間に先輩がその歩道を歩いていなければいい。そうアキ子は思い、過去を変える決意をした。

「あっちゃん、お昼だよ」アキ子は山本先輩に呼びかけられた。

「うあ」

「どうしたん。あっちゃん?」

「いえ、なんでもありません。少し考えごとをしていて」ととっさによくあるセリフをアキ子は口にした。

「あっ、そうだ。ちょっと郵便局に行かないといけないので、先に食堂行っておいてください。あとから追いかけます」アキ子は無難な理由で食堂に行くタイミングをずらすとこにした。

「うん、じゃあ先行っているね」先輩はお弁当を持ち歩いて行った。

一方、アキ子は郵便局に向かった。

アキ子は周りに誰もいないことを確認すると、後ろからついてくるおじさんに話しかけた。

「ちょっと、あとで説明するって言っていたこと教えてよ」

「ああ、俺がみんなに見えない理由か?」

「その件に決まっているやん」

「俺はあくまでお前の時間に存在しているだけやから、お前以外の他人は関係ないというのが、その答えやな」

「ちょっとまた意味わからんけど、とにかくあんたの姿はみんなに見えないことは間違いないんやね?」

「ああ、声も姿も認識できないはずや」

「ならいいわ。でもいつまでうちについてくる気なん?」

「2020年までやな。正確に言うとお前が俺と出会って契約した時間まで」

「ちょっと、なんなん!あんたとうちずっと一緒におらなあかんの?」

「そういうことになるな。しかも、お前から俺は半径10メートルも離れられないから、常に近くにいることになるな」

「ほんま最悪」とアキ子は深く肩を落とした。

「そうや、この際やからタイムトラベルした先での制約みたいなもんとか教えておいてや。あんたが見えないこととかも今知ったわけやし」

「そうやな。まあでもこんなもんやぞ。俺が周りの人間に認識できないとかそれぐらいかな」

「じゃあ、よく映画とかであるみたいな歴史が変わってしまうからこういう行動はあかんとか、そんなことしたら時間警察に捕まるとかないんやんな?」

「ああ、そういうの?タイムトラベルしたやつが聞いてくることランキングでベスト3に入る質問やな」おじさんはやれやれと呆れ果てていた。

「で、どうなんよ?したらあかんことあるん?」

「そんなもん、あるわけないやろ。だいたいこの時間はお前の時間や。お前がどうしようがお前の勝手。だから、競馬で当てようが、預言者になろうが、好きにしたらええ。そういえば、この会社の近くに有名な占いの館ってあるやろ?そこの占い師は俺が過去に戻して、だいぶ儲けよったな」

「ちょっと、その占いうち行ったで!その占い師に2017年の夏には結婚できるって言われたのに外しているやん!」

「ああ、お前も時間を移動してしまっているから占い師の時間とお前の時間が干渉し合って、おかしなことになったんやろうな。そういうケースも無きにしも非ずや。まあ、知らんけど」

「ほんまうちついてないわ。まあ、占い師の話はこの際どうでもいいわ。ちょっと相談なんやけど、さっきいた山本先輩が今日交通事故にあうことになってんねん。それって今のあんたの話やと変えても問題ないんやんな」

「お前が変えようとしても問題はない。ただ、変えられへんで」

「ちょっとなんでよ!じゃあこのタイムトラベル意味ないやん。説明してよ」

「まだイマイチわかってないみたいやな。あくまで変えられるのはお前の時間だけや。その先輩の時間は、その先輩のものやんけ。こういうのあんまり言ったらあかんねんけど、あの事故は先輩の残り寿命に関わることなんや。あの事故のせいで先輩は若干普通の人よりも早く死ぬことになっている。つまり、あの事故は彼女の寿命、時間に関係する出来事や。それだけは動かせへん」

「そんなん。あんまりやん。あんなに良い人がなんで早く死ななあかんのよ」とアキ子は涙目になった。さらに、アキ子は続けて「うち、そんなん信じないで!絶対信じない!うちは変えるねん、先輩の運命変えるねん」と駄々をこねた。

「無駄な努力やと思うぞ。ちょっと時間移動しただけで神様かなんかになったつもりか?自分の時間なんやから人間らしく自分の欲望を達成するためだけに使えよ」

「うちは先輩に幸せになって欲しいもん!それがうちの欲望や!」

「そこまで頑固なやつとは思わんかったわ。諦めた方が良い思うけど、俺は注意したからな。まあせいぜい頑張れや」

「ほんまあんた性格悪いな。諦めろばっかりで、そんだけ太っていてなんなん?」

「太っているは関係ないやろ」

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