過去かえれんぞ

@Salt625

第1話

2020年大阪

「そんなこといって結局、全然うちモテてないやん!うちもう29やで!どうしてくれんのよ!」

アキ子は居酒屋で喚き散らしていた。せっかく慰めていた正平も、このアキ子のありさまに呆れ果てている。そんな正平の気持ちも知らずにアキ子は相変わらず愚痴ばかり吐き続ける。

「もう帰ろうよ。飲み過ぎだって」

「ほら出た。うちのことうざいから帰りたいんやろ!」

「ちがうって」

正平はいい加減にしろと言いたい気持ちを抑えながら店から連れ出す。

駅に向かう道中でもアキ子はずっと愚痴を言う。正平はよくぞまあそこまで愚痴が出てくるものだと呆れを通り過ぎて怒りさえ覚えた。

「じゃあね。ちゃんと電車乗って帰るんだよ」

「家まで送っていってよ」

「ごめん、俺も奥さん待っているからこれ以上は無理」

正平は喚くアキ子を無理やり電車に乗せた。

アキ子は電車に乗るとスマートフォンを取出し、いつも通りSNSのアプリを開いた。

「出た出た。結婚報告。なんなんこんなんうちに対するあてつけやん」

アキ子はうっすら涙を浮かべながらイイネを押した。

アキ子は駅から降り、家に向かってだらだらと歩き始めた。

「ほんまうちの人生なんやったんやろ。もう嫌や。結局結婚どころか恋愛すらできひんかった」

「やりなおしたい…」


キーコー、キーコー


「おい、お前後悔してんのか?」

派手な色の自転車にまたがり、メガネをかけた中年太りのおじさんはアキ子に話しかけた。

アキ子は思った。私に話しかけてくるレベルの男はもはや中年太りのおじさんぐらいなのだ。アキ子はそんな自分に対して絶望と憤りを感じた。

「後悔しているに決まっているやん!彼氏もいないし、友達にも愛想尽かされるし、最悪やん!」

アキ子は怒りのあまり、おじさんに気持ちをぶつけた。すると、おじさんは言った。

「お前、過去かえれんぞ!」

「なんなんよ!急にあらわれて過去帰れる?変えれる?意味わからんねんけど!」

「だから、過去のお前が後悔している時間に戻ってそこからやり直せるって言ってんねん!」おじさんは声を荒げた。

「ちょっと、頭おかしいんちゃう?タイムトラベルってことやろ?そんなん安いドラマみたいな話誰が信じんのよ!」アキ子はおじさんに負けず声を荒げた。

「わかった。論より証拠。百聞は一見に如かずや。ごちゃごちゃ言わずに俺のチャリの後ろに乗れ!」

「わかったわ!そこまで言うなら乗ってあげるわ!」

アキ子はおじさんに言われるがまま自転車にまたがった。

おじさんは一所懸命坂を上っていく。


キーコー、キーコー


「お前、けっこう重いな…」

「ちょっと余計なこと言ってないでちゃんとこいでよ」

アキ子はおじさんの背中を叩く。


パンッ


「痛っ!なんやねん力強すぎるぞ!」

「まあ、だから彼氏もできひんかったんやな」おじさんは薄ら笑いを浮かべ言った。

「ちょっと、もうあたし降りるで!」

「わかった、わかった、ごめん」

そうこうしている間に坂の頂上二人はたどり着いた。


「じゃあ行くぞ。簡単に時間移動について説明しておく。時の壁を超えるにはそれ相応のエネルギーというやつが必要や。それはわかるな?」

「うち物理とか全然わからんけど、なんとなくやったらわかる」

「おう、それでいい。だいたい時間なんてもんは俺らが勝手に作った概念みたいなもんやしな。実は物理的なものではないんや時間は」

「へー、でもよく見る映画とかやと、髪の毛ぼさぼさの物理学者がタイムマシンで過去行ったり未来行ったりするイメージやけどなー」

「それバック・トゥ・ザ・フューチャーやな」

「そうそうそれ、USJにあるやつ」

「それで話を戻すと、時間は物理的なものではない。さっきも言ったけど、俺らが勝手に作り出したもの。つまり俺らの心が作り出したものや」

「物理的なものではなくて、精神的なものってこと?」

「そうや、時間は心が作り出している。みんな一人ひとりの人間が持っているものなんや」

「じゃあ、時間移動に必要なエネルギーも精神的なものなん?」

「そうや!察しがいいな!そういうことや。人間の後悔のエネルギーで時の壁を超えることができる。だから、お前のその後悔のエネルギーを使って今からタイムトラベルを行うんや」おじさんは自転車に取り付けてあるメーターのスイッチを入れた。

メーターの針が右方向に目一杯振れる。

「おう、十分後悔している。エネルギー満タンや」

「じゃあ過去に戻れるってこと?」

「ああ、エネルギーは十分や。あとはこの坂を時速50キロで下る。それがタイムトラベルの条件や」

「えっ!」

「よし、しっかりつかまっとけよ」

「ちょっと!ちょっと!うち絶叫系苦手やねん!」


「あーーーーー」


「着いたぞ」

アキ子はつむっていた目を開けた。

「ちょっと、もう朝になってしまっているやん」

そして、自分の身体をアキ子は確認した。

「なんなんよ!前の職場の制服着てるやん。ちょっとあんた私を気絶させて服着替えさせたんやろ!」

「なんでそうなるねん!過去に移動したから服装も当時のものになっているだけや。だいたいお前みたいな女の腹脱がせて制服着せて何が楽しいねん」

「ちょっと、それはそれで失礼やん」

「そんなに疑うならお前の持っているスマホ見てみろよ」


2013年12月13日(金) 7時45分


「えっ!ほんまに過去に行ってしまったん?」

「だから、言っているやろ。鏡見てみろよ。ほれ」

「ちょっと、肌のハリとか全然違うやん」

「身体もちゃんと当時のものになっているからな」おじさんは鼻の下を指で擦り得意気に言った。

「ありがとう。もう一回やり直してみるわ」アキ子はおじさんに感謝を示し、会社へ向かった。

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