ストーカー

「今日こそは、原稿取ってこいよ。逃げられたら承知しないからな!」


 編集長に凄まれて、俺は鉄砲玉のように会社を後にした。

逃げられたら承知しないって、電話には出ないし、メールは無視、ラインに至っては既読にすらならない。

どうやって原稿を回収すればいいのだろうと、俺は途方に暮れた。


 締め切り前になると、いつも泉先生は行方不明になってしまう。現実逃避だ。

「お前は、泉先生に甘すぎるんだ。」

と、編集長は言うけど、惚れた弱みというか、俺は泉先生には強く言えないところがある。担当者失格と言われても仕方がないが、一目惚れだった。会った瞬間、笑顔にやられた。なんて可愛い人だろうと思ったのだ。


 小説家なんて、偏屈なオヤジか爺さんが関の山だと思っていたが、「そのミス小説新人賞」を獲得した泉先生は、小悪魔的な魅力を持ったとても魅力的な人だった。モロ、俺のドストライク!この気持ちを悟られまいと、努力しているが、ついその人を前にすると、あがってしまって、まるで恋する中学生のように上手くしゃべることができなくなってしまうのだ。


 無駄とは思いつつも、俺は泉先生のマンションへと向かった。マンションと言っても、形ばかりでエントランスも何も無い、簡素な作りのマンションなので、俺はまっすぐに泉先生の部屋へと向かった。内心、もしかしたら、泉先生が出迎えてくれるかもという淡い期待を抱いていたが、やはりインターホンを押しても、何の反応も無かった。


 居留守かもな。一応、ドアをノックして声をかけた。

「泉先生、僕です。神谷です。いらっしゃったら返事してください。」

声をかけたが返事は無かった。諦めて帰ろうとしたが、編集長の鬼のような顔が浮かんで、もう一度声をかけて、ドアノブを回してみた。


えっ、開いてる。

俺は、嫌な予感がした。ま、まさか。泥棒!俺は回りに武器になるものは無いかと探して、玄関に置いてあった金属製の靴べらを握り締めた。足音をそっと忍ばせて、奥へと進む。

「先生?泉先生?」

俺はさらに声をかける。

どうか、泉先生が無事でありますように。

と言うのも、最近の泉先生は、熱狂的ファンによる、ストーカー行為に悩まされていたのだ。

まだ、ストーカー行為は、ネット上と編集社にだけで済んでいたのだが、もしかしたら泉先生の住所が割り出されてしまったのかもしれない。泉先生は、俺が守る!

各部屋を覗いては、靴べらを構えて見たものの、部屋には誰も居なかった。バスルーム、トイレ、クローゼット、くまなく調べたが、窓は施錠されており、どうやら単なる鍵の閉め忘れのようだ。


「もう、無用心だなあ。」

そう思いながらも、机の上を確認したが、原稿らしきものは無かった。

だいたい今時、手書きの原稿とかどれだけこの人はアナログなのだ。パソコンは苦手ということで、毎回俺が原稿を回収しに来なければならないのだ。まあ、そのおかげで愛しの泉先生に会う口実ができるというものだが。

きっと持ち出して、どこかで執筆してるんだろうなあ。諦めて帰ろうとした俺の目に、ベッドの上に置かれたパジャマが目に入った。コレを着て、泉先生はこのベッドで寝ているのか。


 俺は、そのパジャマに手を伸ばした。すると、ふんわりと泉先生の匂いがした。ああ、ダメだ。そんなことをしては、俺はまるでヘンタイではないか。そう思いながらも、俺はパジャマを握り締め、口に当てると、すーはーと匂いを嗅いだ。やはり。泉先生の使っているシャンプーの匂いがする。俺はさらに、激しくすーはーする。パジャマがこんなに匂うということは、枕はきっと・・・。俺は、ベッドにダイブすると、枕の匂いを嗅いだ。とてもいい匂いだ。ああ、まずい。匂いを嗅いだだけで、俺のマイサンがまずいことになっている。


 俺はもう、泉先生への情熱が止まらなくなってしまい、枕の匂いを嗅ぎながら、股間に手が伸びていた。その瞬間、玄関がガチャリと音がして、ドアを開けて閉める音がした。俺は慌てて、音を立てないようにクローゼットに籠もった。しまった!靴がそのままだ!隅っこのほうに邪魔にならないように避けていたので、どうか気付かれませんように。


「もー、ドア開けっ放しだったよ!」

泉先生ではない誰かの声がした。

「えー、マジで?」

と泉先生。泉先生が誰かと帰ってきたのだ。

一人で出掛けたのではなかったのか。まさか、恋人?

「気をつけないと!」

「はぁい。ごめんなさあい。」

泉先生、可愛い。素直だ。

どうやら靴は気付かれなかったようだ。

だけど、誰と一緒なんだ。俺は気になってクローゼットの隙間から覗き見た。


二人でコンビニに行ってたのか、コンビニの袋をコタツの上に投げ出すと、中からなにやら飲み物を出して、二人でプルタブをあけて飲み干した。においからすれば、どうやらビールのようだ。

ビールを二人であけて、テレビを見ている。しばらくすると、二人はぴったりと寄り添った。

よせ!俺の泉先生に何をするつもりだ。しばらく見つめ合うと二人は唇を重ねた。

俺は泣いた。ああ、泉先生。やはりそいつは恋人だったのか。畜生。

二人は長いキスを交わすと、床に倒れこんだ。

やめろ、やめてくれえ。これ以上、俺は耐えられない。

「あん、ダメだよ。まだシャワー。」

「そんなのどうだっていいよ。」

またもや長いキス。

ああ、泉先生の体がまさぐられている。

俺は不覚にも、股間に手を当てて、自分を慰めていた。

「はあ、はあ、はあ。」

俺の吐息が聞こえたのか、二人の動きが止まった。

ヤバイ!俺が潜んでいるのがバレた。

「誰だ!そこに居るのは!」

クローゼットが開かれた。

「きゃああああ!」

「うわああああああ!」

二人は悲鳴をあげた。

俺はズボンを下ろして下半身は丸出し、手には泉先生のパジャマが握られていた。

終わった。俺の人生は、もう終わった。


「てめえ!何やってんだ!神谷!」

「泉先生、俺、泉先生が好きなんです!」

そう言いながら、俺は泉先生に抱きついたが、足蹴りにされた。

「なんなんですか!誰なんです?その女は!俺と言うものがありながら!」

「気色悪ぃんだよ!ボケが!」

「泉先生!俺にもキスしてください!その女にしたように!」

「ふざけんな!」

だめ元で突撃したが玉砕。

俺は玄関から泉先生に足蹴りにされつまみ出された。


担当を変えられたのは言うまでもない。

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