終章 三須宗護、軽井沢へ迎え!

 ブレードシャーク撃滅から丸一日宗護は休み続けた。それから一週間程コロールに滞在し、今後の南洋諸島防衛について提督以下南洋方面艦隊の重鎮達と意見を交わした。

 その後、希望通り輸送機に乗って内地へ戻ると、最初に宗護は陸軍省内部の【サメ機関】へ向かった。

 内地到着の連絡をしていなかったが、長官はいつもの指令室で宗護を待っていた。


「ブレードシャークの件はご苦労だったね。報告はきかせてもらったよ。ここまで組織的にサメが人類を襲ったのは、北米大陸陥落以来だろうか。今後はこれまで以上に古代サメに対して注意する必要があるだろうね」

「全くその通りです。今回ヨシキリザメが戦闘機を襲った報告がありました。戦闘機はもちろん、駆逐艦や海防艦の装備も考え直す必要があるでしょう」

「丁度海軍省から、次期駆逐艦の設計要目について助言を求められた。今回の報告書に君の意見を書いておいてくれれば、私から伝えておこう」

「それはどうも」


 宗護は形だけ礼を述べる。それから今回の件で一つだけどうしても長官に言っておきたかったことを口にした。


「それより、今回つけられたあのクソガキのことですが、まさかあれを今後も連れ回せだなんて言いませんよね?」


 問いかけに長官は、磨りガラスの向こうで機嫌良く笑う。


「気に入ってくれたようで何よりだよ。報告ではブレードシャークに致命傷を与えたのは彼だそうじゃないか。将来有望だろう。今後とも、彼は君の部下として使い給え」

「お断りだ。二度とあんな二等兵など連れ歩くか」


 宗護は不快感を隠さず告げたが、長官は態度を崩さずゆったりと返す。


「そう言うだろうと思ってね、彼は特別に軍曹まで昇進させることにしたよ。シャークハンター見習いには低すぎるくらいだが、無いよりはましだろう」

「馬鹿げてる。あんなろくに銃も撃ったことの無い奴を昇進などと」

「苦情をいくら述べても決定は変わらない。分かるだろう? これは命令なのだから。決まったことを受け入れるのは軍人の勤めだ。そしてもう一つ命令だ。戻ったばかりで悪いが、早速次の出撃命令だよ」


 少年の件に関しては舌打ちしながらきき流していた宗護だったが、出撃命令の話になるとその眼差しは真剣な物になった。


「また、サメですか?」

「いや、サメではない。だが考え方によっては、サメより恐ろしい敵だよ」


 サメではないが、サメより恐ろしい敵。

 今までそんな存在に出会ったことのない宗護は表情を曇らせる。

 宗護はシャークハンターだ。サメの専門家であって、そのほかに関しては十分な知識があるとは言いがたかった。


「では命令する。これより三須宗護大尉は、陸路で軽井沢へ向かう。軽井沢の金子嬢邸宅にて、中断されていた残りの休日を過ごしたまえ」


 命令に、宗護はぽかんと口を開けた。


「それが、サメより恐ろしい敵だと?」

「ああそうだとも。そしてここからが大切なのだが、君は金子嬢に会ったらまず、父君や祖父君の直接的、あるいは間接的な政治権力を濫用して【サメ機関】に対して圧力をかけるのを止めるように説く。

 ――ああ、当然だが、直接そんなことを言ってはならない。あくまでさりげなく、波風を立てぬようにだ。

 そして残された休日を金子嬢と共に過ごし、彼女がまたあらぬ考えを起こさぬよう、君は金子嬢に誠心誠意尽くさなくてはいけないよ。分かるだろう?」

「ええ、分かりました。確かに怒れる伯爵令嬢は、サメより恐ろしいかも知れません」


 宗護は口元を引きつらせながら答える。全く、お嬢様の行動は予想もつかない。


「君なら分かってくれると信じていたよ。ホホジロサメなら君がいなくても戦艦を送り込めば何とか倒せるだろうが、伯爵令嬢の怒りを静められるのは君しかいないのだから、厄介なものだよ」


 そう思いを吐露する長官の声は、どこか疲れているようにも感じ取れた。

 宗護はそんな長官に向かって姿勢を正すと一礼する。


「ではこれにて失礼します」

「ああ。良い報告を期待しているよ」


 長官の別れの言葉を背中で受けて、宗護は指令室を後にした。




 宗護が陸軍省の敷地から外に出ると、白銀色に輝く三八式歩兵銃を担いだ出迎えの少年が駆け寄ってくる。


「お荷物、お持ちします」

「車に積み込め。直ぐに出る」

「はい。目的地はどちらでしょう?」

「軽井沢、金子家の別荘だ」

「金子家――金子チヨ様。宗護さんの許嫁の方ですね」

「どうでもいい詮索は後にしろ、軍曹」


 宗護の言葉に少年は首をかしげた。軍曹が自分のことだとは分からなかったのだ。


「早くしろ軍曹。これも任務だ」

「はい。直ぐに出します」


 宗護が重ねて命じると少年は慌てて荷物を積み込んで、宗護が車に乗り込むと一路軽井沢へ向けて発進した。

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