第53話
「ワースト、エラー……?」
直訳すると『最悪の失敗』という意味――いったい何ですの、この不気味な方は。
ゾッとするような生ぬるい風がわたくしの頬を撫でたとき、プリティさんが庇うようにみんなの前に出ましたわ。
彼女は腰にさした刀に手を添えて、
「まさか、本物の『ワースト・エラー』なのですか? どうして貴女がこのゲームに参加しているのです……?」
「…………」
「プ、プリティちゃん、そいつマジもんのワーストちゃんかもぉ。だって、ステータス表示がノイズで見えないもん。レベルも見れないし……」
言いながらプリティさんの隣に立つリズムさんの眼が輝いていますの。
きっとセブンス・アイ七眼で相手のステータスやレベルを見ようとしたんですのね。
――でも、ノイズで一切が遮断されているようですの。いったいどういう理屈か分かりませんが、この方がただものでは無いことだけは確かですわ。
「…………」
沈黙を保ちつつ、黒いスカートの中へと手を滑り込ませるワーストさん。
取り出したのは――指揮棒、でしょうか。
彼女はくたびれた棒をゆるやかに掲げると、
「オールドは一層なんかには居ない。そして、あなた達は招かれざる客。興が醒めるわ。ここから出て行ってちょうだい……」
くるんと一つ振った次の瞬間。
白黒の世界が広がると同時に、時が止まったかのようにみんな固まってしまいましたわ。
いえ――本当に時が止まっていますの。
「これは……あの時と同じですわっ」
いつぞやにも同じようなことがありましたわね……!
確信を持ってわたくし、こう叫びましたの。
「ゼッちゃんさん! いるんでしょう!? どういうことか説明してくださいましっ」
「……わわ、びっくりしたわけよっ。あれれー? おっかしい~なあ。ゼッちゃんタイムはご主人様以外に設定したつもりなんだけどなー。いっひっひ。ま、ま。ちょっと待ってて欲しいわけよ」
声はしますのに、姿は見えませんわ。
と、そのとき。
突然、目の前の空間に裂け目が現れたかと思いますと、中から黒い尻尾が飛び出してきましたの。
悪魔のような黒くて長い尻尾は、プリティさんとリズムさんに絡みつくと、強引に闇の中へと引きずり込んでしまいましたわ。
「あ。あ……!?」
わたくしが唖然としていますと、中からいきなりカラスさんが飛び出してきましたの。
「お仕事終了~! てなわけで、ゼッちゃんだよー。元気してたー? 二ヶ月ぶりくらいかなー。な~んてねー。あ、なになに。そんな絶望顔晒しちゃって。可愛いなぁ、大好物だよー、いいよいいよーその顔、とっても素敵なわけよ!」
そのカラスさんは、いえ――ゼッちゃんさんはわたくしの周りを笑いながら飛びまわりましたわ。
「からかわないで下さいましっ! プリティさん達をどうしたんですのっ!?」
事と次第によっては容赦致しませんわ……。
そう、わたくしがビートアックスを握り締めていますと、
「……平気よ。メイズの受付場まで転移させただけだから。それにしても、どうして
とっても興味深いわね、と続けるワーストさんの肩に、黒い翼を羽ばたかせながらとまるゼッちゃんさん。
そういえば初めて会った時もご主人様に会いに行くところだって言ってましたわね。
……このワーストさんがご主人様だったんですのね。
「いっひっひ。ねぇねぇ、ご主人様。やっぱりゼッちゃんが言ったとおりでしょー。面白い女の子見つけたって! これってもしかして、もしかしちゃったりするわけ!?」
「そうね。彼女で間違いないわ。案外早く見つかったわね……」
「やったー! ゼッちゃん大感激なわけよーっ」
早く見つかったってどういうことですの……?
喜ぶカラスさんの舞に、わたくしが訝しげな視線を送っていますと、ワーストさんが指揮棒を下げてこちらへと振り返りましたわ。
「だから。貴女には礼節をもって挨拶をしないといけないわね」
「……え?」
艶やかな黒くて長い髪。
相反するような白い肌。
普遍的な黒いセーラー服を着た『ワースト・エラー』という名前のその方は、スカートの端を両手で掴んでわたくしに恭しくお辞儀をしましたわ。
「ごきげんよう、ピース」
「ご、ごきげんよう。ワーストエラー……さん」
慌てて挨拶を返したわたくしに、
「……ワーストで構わないわ」
「で、ではワーストさん」
「面倒ね。呼び捨てでいいわよ」
「はいですの……」
笑顔の一欠けらも見せずに髪をかきあげましたの。
それにしても――
「…………」
そりゃ呆気にも取られますわ。
だって、BEO2のVRゴーグルを装着しているんですもの。
型は最新モデルの薄くて黒いものですわ。なので、重さはあまり無く、見ようによっては幅の広いサングラスのように見えなくもないですの。
でも、どうしてMROの世界でそんなものを――
「ねぇ、ピース。この世界……楽しい?」
と、突然な質問ですわね。
「……ええ、もちろん楽しいですわ。斧も使えますし、派手な魔法だって面白いですわ。それに可愛い衣装に着替えてダンスや歌で戦えるだなんて、そりゃもう夢中になりますの」
「そう……」
「それに、素敵な仲間たちにも出会えましたわ。たった数日なのにお友達がいっぱい増えて。たまに、ちょっぴり痛くて怖いなってときもありますけど……でも、毎日が楽しくて、ワクワクして、キラキラしてますの!」
「あら、それは良かったわね」
「ええ。ワースト。貴女もこのMROの世界……楽しんでいますでしょう?」
「…………」
わたくしが訊ねたそのとき、いきなり周りの景色が歪み始めていきましたわ。
困惑しているわたくしの目の前に『3』という赤く禍々しい数字が点滅したかと思いますと、
「ええ。とっても楽しんでいるわ。ピース――」
『2』
「ふふ、違うわね……こう呼んだ方が正しいのかしら」
『1』
「フィフスサーバー歴代最強の第1位。『ウェザー・キング』……」
「……ど、どうしてわたくしのその名を。……うぐっ!?」
ドクンと心臓が波打つ感覚。
胸が痛い……一体、どうしたんですの、わたくし!
世界が色を取り戻したと同時に、彼女は。ワーストは指揮棒を振り上げて、
「ふふっ。今度こそ始めましょう……。観客は三人もいれば充分でしょう……?」
「って言ってもー赤髪の子は戦力にならなそーだけどねー。さあさあ、ご主人様の超強いチート魔法にどこまで耐えられるかなー? いっひっひ」
わたくしとむいと、れいらさんの周りを鳴きながら飛んでいたカラスさんでしたが、
開演を報じる無機質なブザー音と共に、漆黒の長マントへと姿を変えましたの。
そして、それは一瞬でワーストへと装備されましたわ。
「さあ……踊り狂いなさい」
再びわたくし達に背を向けたセーラー服の黒髪少女。
わたくし……何故でしょうか。どこかで、あの方を見たような気がしますの。
「あれれ? マントなんかつけてたっけあの人」
「むいむい。プリズムの二人もいないかも……」
「ほ、ほんとだ!」
「綺羅も見当たらないし……」
二人の時間が動き出したようですわ。
慌てるお二人には申し訳ありませんが、早々に戦う準備をしませんと。
――なんとなく嫌な予感がしますわ。
「……私を満足させて頂戴。そうしたら仲間の居場所を教えてあげるわ」
「ええ。望むところですわ……」
指揮棒が振るわれ――やがて演奏が始まりましたの。
《Music Rainbow Online》~わたくしがチート斧を捨てて不人気デバッファーを選んだ理由~ 裏阪さらう/こういうのでいいんだよ委員会 @kakuyomo
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