第52話
「こ、ここは一階……ですの?」
いきなりスーパーのような食品売り場へと瞬間移動してきたのですが、
「ななよ!」
「ななよちゃんっ」
わたくしを見つけるや否や、みやかとむいが駆け寄ってきましたわ。
シャノンやいおさん達も集まってきましたの。
「み、みんなどうしましたの……そんなボロボロになって」
見ればみんな怪我をしているようですわ。
火蜂を装着しているみやかに、買ったばかりのハズなのにひび割れた盾を持つむい。
「んぐ……歌雨様を探している間、無数のウルフたちと巨大なボス犬に襲われた。ウルフは弱かったけど、ボスの方は五人がかりでも追い払うのがやっとだった」
いおさんから手渡された回復ポーションを飲みつつ状況を説明するれいらさんに、
「うう。ごめんにゃ、ステータスゼロだからマジカルストーンを武器に嵌はめても攻撃が通らなくて……。アイテムを使うくらいしか出来なかったです……」
トホホと肩を落とすいおさん。
いくら強力なSSRの超魔石とは言え、いおさんのステータスはHPを除いて全てゼロ。
うーん。超魔石でもさすがにステゼロでは難しかったみたいですわね……。
「す、すっごく強かったんだよっ! おっきいワンちゃんは物理攻撃全然効かないし……。プリティさんが居なかったら全滅してたかも。とにかくななよちゃんと会えて良かったよぅ~」
そう言ってわたくしを強く抱きしめるむい。
巨大ワンちゃんって……もしかして、またウェアウルフが出たんですの?
最初のクエストで戦った金色の狼を思い出したところで、
「……ご名答。あの巨大モンスターはウェアウルフです。正確に言えば『ウェアウルフだったモノ』、と言ったところですが」
血がべっとりついた刀を肩に担ぎながら現れたのはプリティさんでしたわ。
魔法使いさんのはずなのにどうして刀を装備しているのでしょう……と、わたくしが少し首を傾げた時ですの。
七眼モードの彼女はポニーテルを一つ揺らして、
「リズム、もう大丈夫です。ピースさんも嘘はついていない……信じていいと判断しました。『オールド』は彼女たちの中には居ないでしょう」
ふぅ……、と溜め息をついて刀を鞘におさめましたわ。
それを聞いたリズムさんは、
「はいは~い。まぁ、でもぉ。リズムンは~、最初からみ~んなのこと信じてたよっ、みたいな? でも、これもプリズムのお仕事だからぁ……許してねん!」
わたくしにウィンクをしてプリティさんのもとへと瞬間移動しましたの。
「お仕事って、どういうことですの……?」
え、えーっと。わ、わたくし全然状況が理解出来ないのですが……。
困り顔でみんなを見渡してみますと、プリズムさん達の言葉の意味を知っているのでしょうか、みな一様にホッとした表情を浮かべていますわ。
◇◇◇
モールのエントランスへと戻り、いおさんの作ったお弁当を食べながら小休憩することにしたわたくし達。
他にお客さんの居ない奇妙さを除けば中々素敵な場所ですの。
天井は吹き抜けになっていて、波の音や潮風を感じることが出来ますし。
……まあ、そんなことは一旦置きますの。
「そろそろ、わたくしにも分かるように説明してくださいまし」
卵焼きをつまみながら、わたくしプリズムさんに訊ねましたの。
彼女たちはいつ敵が襲ってきてもいいようにわたくし達に背を向けて周りを警戒していましたわ。
「疑ったせめてもの償いです」、とかなんとか言っていましたが……。そもそも何を疑われていたものやら――
「疑っていた事についてですが、君たちの中に『オールド』が紛れ込んでいるのではないかと思っていたのです」
「へっ!?」
思わず卵焼きをポロっと落としちゃいましたの。
も、もしかしてプリティさんってばわたくしの考えてることを読みましたの……?
シャノンも読めると言っていましたが、それと似たようなものなのでしょうか。
「……違います。シャノンさんは貴女の妖精だから考えが少し読み取れるだけ――私の場合はもっと深くまで読むことが出来ます」
「もっと深くまでって。それってスキルや魔法か何かですの? あ、もしかしてボスのスーパーマジカルストーンとか」
「れいらさんと一緒のようですね。貴女も『セブンス・アイ』を持っていてもやはりその本質までは知らなかった、と」
ほ、本質……?
わたくしが眉をひそめていますと、隣に座っていたれいらさんが、
「さっき私も歌雨様と同じように試された。スキルや魔法、魔石でもない――彼女のセブンスは『心を読む』能力。民話で伝承されているサトリのワッパという山の妖怪と同じ能力を彼女は持っている……」
サトリってあの有名な……いえ、でもどうしてスキルも何も無しに心が読めるんですの!?
わたくしが唖然としていますと、プリティさんとは反対側の方に立っていたリズムさんが、ププッ! と吹きだしましたの。
「きゃははっ、妖怪だってさー。トゥインクルちゃんってば厳しいなぁ。ま、そりゃ化け物染みてるよねー。だって、人の心が読めちゃうんだもん……いやん、こわ~い。きゃはっ!」
「人のセブンスを茶化さないでください……っ」
「もう相変わらず冗談通じないんだからぁん……プリティちゃん、めんごめんご」
セブンスって……。もしかして、セブンスアイを持ってる人は心が読めるんですの?
ステータスを3倍にしてスキルも強化して、心も読めるだなんて……しかも、メイズをクリアしたら使い放題ですのよね。
超魔石のチート具合も凄いですが、この七眼とやらはさすがにバランスブレイカーと言えるほどのチートっぷりのような――
「そうではありません。セブンスには色々と制限があります。まず、クリアしたら誰でも使い放題になるのではなく、その中で選ばれた人だけが自分で発動をすることが出来るようになるのです」
「でも、暴走しなくなるんだよね? 自動的にプレイヤーキラースタンスになっちゃうっていう……」
むいがおそるおそる訊くと、プリティさんはこちらをチラッと窺いましたの。
スッと目を細めつつ、
「ええ。とは言っても最終的には、ですが。何度も使って慣らさないとセブンス・アイは使い物になりません。私たちの場合でも、一層クリアした時点では10秒程度しかセブンスモードになれませんでしたし、すぐに解かないと強制的に暴走モードへと移行してしまいます」
それに、と今度はリズムさんが続けましたわ。
「めでたくメイズに選ばれて、クリアして。眼が自在に使えるよう解放されても『引き出された隠し能力』は一切開示されずってね~。しかも隠し能力は人それぞれ、千差万別だから困りもんなんだよー」
「隠し、能力……って、なんですの?」
「もぐもぐ……。ななよ、あんたどうやって地下に行ったり、ここに戻って来たりしたんだっけ?」
みやかがミートボールを口に放り込んで言いましたわ。
「えっと。それはリズムさんのテレポートで……ま、まさか!」
「へっへー。そういうことだったり! リズムンのセブンス隠し能力は『空間移動』だよぉ。高位魔法とかボス石でも使えるけど、あれはいっぱいMP使っちゃうんだなぁこれが。でも、リズムンのテレポッポだと無限に使えちゃったり。えっへん、羨ましいでしょ~」
「……とにかく。この眼の重要なところは、ステータス倍化やスキル強化などよりも発動しなくても常時使える隠し能力。すなわち――心を読むことが出来たり、テレポートが出来たりといった『セブンス』と呼ばれる超能力なんです」
「でも、プリズムさんたちのようにすぐに自分のセブンスに気付ける人は少ないとか……。私と歌雨様のように、自分がどんな隠し能力を持っているか分からない人がほとんどみたい」
なるほど、そういうカラクリがありましたのね……。
BEO2でもテレポートが使えるようになるのはレベル70台でしたし、いくら三層をクリアしたとは言え、始まって数日でそんなレベルまでいくのはおかしいとは思っていましたわ。
「レベルは、もうすでにカンストしてLv99になっている人もいるようですよ」
「そして、その中の一人が『オールド』という人みたいにゃ……」
オールド……。
どこかで聞いたような。
「その人がどうかしたんですの……?」
わたくしが訊ねてみますと、リズムさんが険しい顔でこちらへと振り向きましたわ。
「……オールド・エンドと呼ばれるそいつはBEO1の最終ランク第一位であり、三十万人いたと言われるBEOプレイヤーの中の頂点――誰もが認める初代の最強プレイヤー」
同じくプリティさんも憎憎しげな声で、
「そして、MROのプレイヤー達の記憶を次々に消している……『記憶の隠蔽』というセブンス能力をもった要注意人物。ゲームマスターの指示により、見つけ次第確保しろと言われています」
「隠蔽? 確保? ゲームマスターに指示されたって……貴女たちはただのアイドルユニットではないのですか?」
「――私たちは、」
その時ですわ。
いきなり巨大な黒い魔法陣が宙に現れたかと思いますと、そこから首輪につながれた大きい黒狼――ウェアウルフ、いえ、ゾンビウルフが出てきましたのっ!
もしかしなくとも、このゾンビウルフはさっきみんなが追い払ったっていうワンちゃんですわ……!
「ったく。こちとらお食事の途中だってぇのに、しつこいヤツねぇ」
「むいむい、どうしよう」
「やるしかない……よね。大丈夫だよ、今は七人もいるし!」
みんな武器を構えて立ち上がりましたわ。当然、わたくしもビートアックスを構えますの。
ゾンビさんは苦手でも、ゾンビ犬さんでしたら大丈夫ですのっ!
「グルルルルルッ」
とてつもない長さの黒い体力ゲージ。
『蘇ったウェアウルフ』と名のついたその肉の削がれた痩せた狼は、いおさんのもとまで音も無く近づくと、
「にゃ、にゃあああっ!? は、離して、離してくださいーっ、いや、いやぁああああっ!!!」
マントを咥えて天井へと跳躍しましたわ!
本当に一瞬の出来事。
何が起こったのやら……天窓を割って外へと逃げるゾンビウルフを見上げて、思考が停止していたのですが――
「いおっ!!」
火蜂の羽を動かしてすぐさま追いかけるみやかに、ようやく思考が動き出しましたわ。
どうしましょう、どうしましょう……っ。
こ、このままでは、いおさんが危ないですの!
「リズム……っ!」
「わ、わかってるって! リズムン、ノリノリ、てれぽ~……ああ、もうめんどくさい! いくよ、ほら、みんなボーっとしてないで早く私に捕まって!!」
「は、はいですの!」
「そこの妖精さんたちもっ!!」
「わかったですぅ!」
「な、なのなのっ」
慌ててリズムさんにしがみつくわたくし達。
「セブンス――発動! これで少しは移動距離を稼げるはず、お願い屋上まで届いて……テレポートッ!」
リズムさんの眼が輝き、中で明滅している星模様が回転した次の瞬間、わたくし達はショッピングモールの屋上へと瞬間移動しましたの。
「……!?」
そこには――赤く染まったマントを咥えたゾンビウルフと、一人の黒いセーラー服を着た少女がわたくし達に背を向けて立っていました。
その少女は、やたらに低く冷たい声で、
「遅いわよ、おバカさん達。いささか――待ちくたびれたわ」
長い黒髪をかき上げて、そして彼女は振り返りもせずに言いましたわ。
「……私の名はワースト・エラー。さぁ、一緒に踊りましょう? 絶望の
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