第42話

「ち、違うのよみんな。あたしは別にそういう趣味はなくって……」

「もう大丈夫だよ、みやかちゃん。解ってるってば」

「むい……っ!」

「でも、楽しそうだったかも。あのときの綺羅、とっても輝いてた。まさしく『スター』……」

「楽しくもないし、輝いてなんかもいないわよっ! れらぁ、あんたねぇ!!」

「ちょっと、みやか。お静かにしてくださいまし。……まったく、なんてはしたない子なのでしょう。やれやれ、ですの」

「こるぁああ! 元はと言えばあんたのせいでしょうがぁああ!!」


 なんて口々に言いながらお風呂の戸を開けたのですが……まあっ!


「にゃにゃっ!? と、とっても素敵だなって……!」


 いおさんが目を潤ませながら感嘆の声を漏らしてしまうのも無理はありませんの。

 大理石が敷き詰められた明るく広い浴場に、金ピカ豪華な照明。中央にはツボを持った女神像が立っている噴水。

 虹色に明滅しながらアーチを作ったり、回転したり……もはやゴージャス過ぎて意味不明な動きをしている噴水に唖然としていますと、


「あ! ねぇねぇ歌雨様、見て……っ!」


 れらさんが興奮した様子で(テンション高いから一瞬むいかと思いましたわっ)、奥の方を指差しましたの。

 目を向けると、そこは外の景色を一望出来るガラス張りになっていましたの。

 転送されてきたからイマイチどこにこの温泉が設置されているのか分かりませんが、綺麗な海や山々が広がる様子を見るに首都リバランカより離れた場所みたいですわね。


「わあっ~! ガラスの向こうに露天風呂あるよっ! 他の人も居ないし、この景色が全部むい達だけのもの……ぜ、贅沢すぎるよぅ」

「ほんとにわたくし達以外誰も居ないですわね……プレミアムチケットの効果なのでしょうか。だとしたら好都合ですのっ、さっそく体をサッと洗って湯船に浸かりますわよ皆さん!」

「おっけー!!」

「ですぅ」

「わんわんっ!」


 わたくしの提案に、同時に頷く四人と二人の妖精さん。

 本当にさらっとだけ洗って、巨大な露天風呂に横並びで浸かるわたくし達。


「気持ちいいなの~」

「……ティエ、水浴びと温泉どっちが好き?」

「うーんとねっ、うーんとねっ……あのね、ティエはご主人ちゃまが一番好きなのーっ!」

「そう……。良い子良い子」

「くぅ~んっ」


 ああん、なんて可愛らしいやり取りなのでしょう。

 左隣で微笑ましい会話をしているれらさん達を見ていると、そのれらさんの逆隣に座っていたみやかが、


「温泉とっても気持ちいいし、景色も最高だから言うことないけど、ティエちゃんが見えないのは残念よねぇ。きっとシャノンちゃんみたいに可愛らしいんでしょうけど……ここらへんかしら」

「や、やんっ、やめてなのっ……あううっ!」

「うーん。感触も無いのかしら。頭くらい撫でられたらって思ったんだけど」

「ひゃうっ!!? な、なのなのっ」

「くふふっ。本当に残念よねぇ……」

「……や、やぁん」


 そこ、頭じゃないですわ。

 ていうか、感触はあると思うのですが……よく見れば意地悪そうな顔して触ってますの。

 そういうことでしたのね。まったくもう、みやかってば!


「違いますわ、ここらへんですのっ」

「あう……っ。くすぐったいなの~!」


 ぴくん! と、体をくねらすティエチナさん。

 その反応が楽しすぎて、ついつい便乗してみやかとつるつるなところを触りまくっていますと、


「ダメ……。おさわり禁止かも」


 れらさんにジト目で睨まれてしまいましたわ。

 そんなことをしていると、やがて待望の花火が打ちあがりましたの。

 

「すてき……」

「綺麗だねーっ」

「こんな、こんなの。贅沢すぎて、大丈夫かにゃって!」


 色とりどりに夜空に咲く大きな花束の数々。

 みんながみんな一様にうっとり顔で感動を言葉にしていますの。

 もちろん、わたくしもですわ。

 花火や温泉もそうですが、それをみんなで体験することが出来るMRO。幸せってこういうことなのでしょうか。


「むいむい、あの飛行船見える?」

「見えるよー。うっわーっ、ピカピカしててキレイ! あ、大きなモニターで中継してるみたいだよっ」

「ふにゃあ。空宮さんって目がいいんですね。私には飛行船は見えてもモニターまでは見えなかったり」

「え、えへへ……そうでもないよ。おーいっ、みんなー見てるー!? いえーい、むいピース!」

「ちょ、いきなり立ち上がるんじゃないわよっ!! 中継されてるんでしょっ」

「肯定……。見せるのはむいむいじゃなくて綺羅の役目かも」

「そうよ、このあたしの出番なんだからっ!! 今度こそMROで第1位を取ってやるわ! やーってやるわっ!! って、こらこら。なにさせんのよ……」

「ほ、本当に立って見せなくてもいいかも。第2位様……かわいい」

「うっさい、バカれら! あとこのタイミングで第2位様って言うんじゃないわよっ」

  

 わたくし、みんなのやり取りに思わず笑っちゃいましたの。ほんとに、本当に楽しいですわ……。

 最初はこのゲームをやるつもりはありませんでしたが、今思えばごねていたのがバカらしいですの。

 確かに痛みはBEO2のときより増していますし、セブンス・アイなんて物騒な目もありますわ。

 でも、MROには華やかな女の子向けの楽しさがたくさん溢れていますの。


『ダイブ中のみなさーん、MRO楽しんでますかーっ!? 世界初の女の子オンリーのVRMMOはどうですかーっ!?』

「わーいっ! 楽しんでるぜー、むいむいっ!」

「さ、サイコーだにゃって!」

「もう、いおまで……。むいの変なところ真似しないでよね」

「……ほら、ティエ。いぇいってブイサイン」

「いぇーい、ブイっなのっ!」

「シャノン、わたくし達もお隣に負けてられませんわ。『ピース』よろしくわたくし達もダブルピースしますわよっ」

「わーい、やってやるですぅ! ママと合わせて……ダブル、」

「ピースですのっ!」

「ピースですぅっ!」

『おおっと、いま私は双眼鏡で見ているのですが……みなさん良い笑顔でブイサインしています、あっちの温泉の方も、こっちの温泉の方も! 男性陣のコメントが凄いことになっていますが、倫理上、これ以上飛行船は下げられませんーっ!! やめてください、私に暴言コメントはやめてください! 仕事ですから、これも仕事なんですっ!! それでは花火の続きをどうぞー、皆様ごゆるりとセレモニーを楽しんでくださいっ』


 アナウンサーさんの声が聞こえなくなると、『Welcome To The Music Rainbow Online!』という文字が夜空に描かれ、再びたくさんの花火が咲き始めましたの。

 こんな素敵なオープニングセレモニーもそうですが、ダンスや歌を取り入れた戦闘、それにお姫様のようにドレスアップする変身なんてのも女の子の願望を上手く取り入れていると思いますわ。

 女の子向けだからと言っても、VRMMOの根幹であるバトルバランス部分は一切手を抜いていないと思いますの。超難易度のギルティメイズとやらも用意されているようですし。

 そういえば完全クリアのご褒美って一体なんなのでしょう……わたくし、とっても気になりますわ! 


「ねえ、みんな。見てあの花火の色。さっきから五色の花火が同時にあがってるけどさ、あれってあたし達の指輪と同じ色じゃない?」

「えっ」


 みやかの言葉にふと顔を上げて花火を改めて見てみたのですが……確かにそうですわ。

 

「ほら、青い花火はあたしのサファイアの指輪」

 

 手を空に掲げて指輪を花火に重ねるみやか。


「ほんとだにゃ。緑色、私のエメラルドグリーンもあります……っ」

「……黄色い花火は、私のヘリオドールかも」

「すっごーいっ! むいは紫色のアメジストだねっ!」


 花火に向けて四人の手が伸び、そして誰が言うともなくそれは重なりましたわ。


「ねぇ、みんな。せっかく五人揃ってるんだし、今夜は思い切ってギルティメイズに行こうかなと思うんだけど。どうかしら?」

「ぜ、是非とも行ってみたいにゃ! アイテム役なら任せてください……私、みなさんのお役に立てるよう一生懸命頑張りますっ」

「……肯定。私とティエは綺羅について行くと決めている。ラーニンググローリーをもっと試したい。それに、メイズをクリアしてセブンス・アイを自在に使えるようしたいかも」

「むいも大賛成だよ。大丈夫、絶対大丈夫だもん。みんながいればギルティメイズは絶対クリア出来るよっ!」


 だからね、と。わたくしに笑顔を向けるむい。


「ななよちゃん、五人で一緒に挑戦してみようよ、ギルティメイズに!!」


 むいの真っ直ぐな眼差し……熱い気持ち、ひしひしと伝わってきますわ。

 わたくしは一つ深呼吸してから、こぼれる笑みを抑えずに、


「……もちろんですわ。やってやりますのっ!」


 一際ひときわ大きなオレンジ色の花火が打ちあがると同時に、わたくし立ち上がりましたの。

 青い指輪、緑色の指輪、黄色の指輪、紫色の指輪。

 その四つの手にわたくしのインペリアルトパーズ――橙色に煌く指輪を重ねて。


「頑張って、とにかく頑張って。駆け抜けてやりますの。みんなで精一杯楽しんで、迷宮を明るく照らして見せましょう! ギルティメイズを五人の初ステージにしますわよっ!」


 わたくしが高らかに宣言すると、みんな笑顔で頷いてくれましたの。

 よーしっ、今夜が楽しみですわ! 待っていてくださいまし……ギルティメイズ!

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