第39話

「もう! 二人ともおっそーいっ!」


 わたくし達が宿屋の扉を開けると、いきなりむいが飛び出してきましたの。

 ミニツインテを逆立てて、ぷんすこ怒ってるむいの後ろには笑顔のいおさん。


 って、あら。そのお姿どうしたんですの?

 白いマントにブレザー制服といった格好ではなく、黒いセーラー服に着替えていますわ。

 そういえば、薬をわたくしに飲ませてくれたときその格好をしていたような……うろ覚えですけれど。 

 そんなわたくしの視線に気付いたのでしょうか、


「あ、これですか? 実はログインしたときに何故か所持していまして……スキル追加効果がついてるのでたまに着てるんです」


 くるんと回って優雅にスカートの端っこをつまみ上げるそのお姿、とってもキュートですの。


「どんな効果……ですか?」


 わたくしの隣で興味津々そうに眺めているのはれいらさんですわ。


「なんと、料理スキル+30に調合スキル+30という効果がついてたにゃ! ちょっとだけでも成功確率が上がるから大助かりだなって。でも、この服を着てると徐々にお腹が空いていくというデメリットもありまして……普段は私の学校の制服で我慢しちゃってたり」 

「序盤でスキル+30は……凄い、です」

「えへへ。でも、不思議ですよねー。なんで最初から持ってたんでしょう……」

「……です、ね」


 うーん。やっぱり敬語が苦手そうですわねぇ、れいらさん。

 いおさんは自然な感じがしますが……どうも違和感がありますの。


「うんうん。しゃのもそう思ってたですぅ。れいらしゃん、別にフツーに喋っていいですよぅ?」

「もうっ、またわたくしの心の中を読みましたわねっ」


 めっ、と指でシャノンのおでこをタッチすると彼女はキャッキャと楽しそうに飛びまわりましたの。

 わたくし……怒ってますのよ!


「ほらほら、いつまで入口で喋ってんのよ。そこのソファーに座りなさいってば」


 いおさん達の後ろで宿屋のおじさんと話していたみやかがこっちにやってきましたわ。

 手には古めかしい巻物のようなものを持っていますの。


「それ、なんですの?」

「ふふっ。まぁまぁ、慌てなさんな。大人しく座ったら教えてあげるわ」


 言われるがまま奥のソファへと向かうわたくし達。

 大きなテーブルを囲むように五人プラス妖精さん二人が(ティエチナさんは白っぽい子犬の姿になっていましたの)座ったところで、


「じゃっじゃじゃーんっ! この巻物なあんだ!?」


 笑顔満開のみやかには申し訳ないのですけれども、まったくもって何なのか分かりませんの。

 隣に座るれいらさんに目で「知ってますの?」って聞いてみましたが、首を振られましたわ。


 ですが、不思議そうに首を傾げているのはわたくし達だけ。

 いおさんとむいはすでに知っているようで、楽しそうにみやかにくっついていますわ。


「なんですの? もったいぶらないで教えてくださいましっ」

「第2位様、私も早く教えて欲しい……です」


 そう訊いた瞬間、待ってましたと言わんばかりに目をきらきら輝かせるみやか。

 彼女は大きく息を吸うと、やがてこう言い放ちましたわ。


「あたし、ななよ、むい、れら、いおの五人で……『ユニット』を組むわよっ!! これはその許可証よっ!」


 ユニット……って何ですの?

 やんややんやと大はしゃぎするむいといおさんとみやかをボケーッと見ているわたくし達。


「ママ、ユニットってゆーのはね、みんなで一緒に組むってことですぅ」

「え? パーティなら組んでるじゃありませんの?」

「のんのん。違うですよぅ~。パーティは最高三人までしか組めねーんですぅ。前方、後方、歌姫を想定した簡易型三人組が『パーティ』なんですぅ。でも『ユニット』なら最高七人まで組めるですぅ」

「……七人まで、ですか?」

「わんわんっ! ご主人ちゃま、お姉ちゃま、前作はやったなの?」


 わたくしが「BEO2ならわたくし達やってましたわよ」と子犬さん――もといティエチナちゃんの頭を撫でながら言いますと、


「それなら簡単なの! 小さい『ギルド』と同じなの~」

「厳密にはちょっと違げーですけどぉ……ま、大体そんな感じですぅ。BEO2はギルドシステムで最高100人までが一緒に組めたですが、MROでは少数メンバーで攻略するですぅ」


 なるほど、ですわ。

 大人数が組む『ギルド』を撤廃して少人数の『ユニット』ですか……正直どうなのでしょうか、これは。

 大抵のVRMMOではギルドないしチーム、クランなどのシステムが主でしたのに。

 たった七人はさすがに少なすぎではありませんの? なんて心の中で考えていますと、


「あ、あんた達さぁ。さっきから誰と話してるの? そこに誰かいんの?」


 ティエチナさんがいる辺りを見るみやか。

 ああ、そうでしたわ! わたくしには『七眼』があるから見えていましたが、他の方々には見えていませんのね。


「……第2位様、すみません。私の妖精がここにいます。でも、シャノンさんとは違って特殊な子なので『七眼』を持たない人に自分の姿を表示出来る機能の使い方が分からないみたい、です」

「ふうん。厄介ね」

「ほんと、厄介ですわよねぇ……七眼持ちじゃなくてもデフォルトで見えるようにして欲しいものですわ」


 わたくしが肩を落としつつ溜め息をついたとき、


「違うわよ。れらのことよ」


 立ち上がったみやかが続けて、


「さっきシャノンちゃんも言ってたケドさ、あんたその言葉遣い無理してるでしょ? これからあたし達『ユニット』を組むのよ。一緒に組むたった五人だけの仲間なんだもの、気兼ねなく素で接して欲しいわけ」

「…………」


 黙ったまま俯くれいらさん。ですが、確かにわたくしも思っていたことですの。


「わたくしからもお願いしますわ。れいらさん、変なお気遣いはやめてくださいまし。みやかもわたくしも様付けで呼ばれるのは距離が遠いようでちょっぴり心が痛みますの」

「……う、歌雨様。でも、貴女は私の――」

「それ、ですわ。名前が無理ならば、せめて歌雨と呼び捨てで呼んで欲しいですのっ」


 そうれいらさんの手をギュッと握って言うと、


「あたしが言いたいこと全部言ってくれちゃって……。ま、大体そんな感じよ。あたしのこともせめて綺羅って呼んで欲しいわ。ほんとは名前が一番……べ、別に何でもないわよっ」


 そっぽを向きながらわたくし達の手に手を重ねて言うみやか。

 そして、


「私もですっ! 姫様はちょっと、恥ずかしいにゃ……だから、いおって呼んでくれたらとっても嬉しいなって。ひ、姫でもいいですけど……えへへっ」


 その上に両手を重ねるいおさん。

 三人に見つめられて、ようやく顔をあげましたの。


 って、ちょっ……お、おおっ!? なんとなんと!


「……うんっ。歌雨、綺羅、姫……ありがとう、みんな」


 きゃーっ!! は、初めて笑顔を見せてくださいましたのっ!!

 なんて儚げでそれでいてチャーミングで、ああ、奥ゆかしい微笑みなのでしょう。

 上目遣いのまま真っ赤な顔で笑顔を向けるれいらさんに、わたくし危うく昇天しそうになってしまいましたの。


「ずっるーい! むいもむいもっ! 空宮っちとかむいむいとか、むいむーとか好きなように呼んでくれていいよっ」


 乗り遅れたむいが慌てて手を乗っけてきましたが、


「あ、うん……空宮さん」

 

 なんとも残念なことに、無表情で返されてしまいましたの。


「ううっ……れらちゃん。ひどいよぅ」


 がっくり肩を落とすのも無理はありませんわ。

 せっかく笑顔を見せてくれましたのに、むいにだけ――普段のスキンシップが行き過ぎたのでしょうか。

 どう声をかけたらいいものか困っていますと、


「あ~っ、MROオープニングセレモリーが始まっちまうですよぅ~!」

「わんわんっ、花火イベントは見なきゃ損なのっ」

「あと五分ですぅ、はやく着替えて温泉へとワープするですぅ!」


 妖精さん達が騒ぎ出しましたわ。


「げっ! やばっ。み、みんなの着替えとバスタオルは持ってきてるから各自それを取ったら外の噴水広場へ走ってっ!」

「にゃにゃ、えっとこれとこれと……あ、この下着だとサイズが」

「いいから、テキトーなの持って早く行った行ったっ!」


 ドタバタと仕度をして外へ駆けていくみやかといおさん。

 わたくしもテーブルに置いてあった着替えを持ち、いざ扉を開こうとしたのですが。

 あ、あら……むいってば、どよ~んと肩を落としたまま動きませんわ。

 さすがにショックが大きかったようですわね。しょうがねーですわ――と、むいの右手を握ったとき。


「…………っ」

「れ、れらちゃん?」


 ギュッとむいの左手を握るれいらさん。

 突然握られてビックリしているむいの手を引っ張って、


「行こっ、むいむい……」


 恥ずかしそうに――俯いたままれいらさんが歩き出しましたわ。


「うん、うんっ! れらちゃんっ!!」

「…………」


 下を向いてそれっきりでも。

 抱きつくむいに無反応でも。

 わたくし、分かっちゃいますの。


 俯くれいらさんの表情は、きっと。

 それはきっと――とっても素敵な笑顔なんだろうなって。

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