第36話

「あ、あのう……?」

「わんっ、わんっ!!」


 ダメですわ……めっちゃ吠えられてますの。

 わたくしがトホホと肩を落としたところで、


「そう。そういうこと……。ティエはきっとビックリしているだけ、……だと思います」

「ビックリって、わたくし何かしましたっけ?」


 心当たりありませんわよ?

 そりゃ、ちょっとはいかがわしい目で見たかもしれませんけど。でも、いおさんの一件で懲りましたの。

 なるべくバレないように観察したつもりですわ……た、多分。


「……いえ。ティエチナは自分を見ていることに驚いてるんだと思います」


 自分を見ていることに――あ、そういうことでしたの。


「そういえば妖精を見ることが出来るのはセブンスアイ七眼を持っている人だけ……でしたっけ」

「肯定。各々の妖精を視認出来るのは『七眼』を持っている人、もしくは妖精自身が設定を解除すれば特定の人に姿をさらすことは出来る、はずです」


 ただ……、と彼女は言葉を一度だけ濁してから、


「この子は妖精とは言っても半妖はんようなんです。設定解除なんて器用な真似を出来るとは、とても……」

「は、半妖ってどういうことですの?」

「私も詳しくは分かりません。知っているのは、シャノンさんのような完全体とは違い、機能が未熟なタイプだということです」


 シャノンが完全体……つまり、ちゃんとした妖精。

 確かに姿格好では『妖精』というより、女の子と犬を足して二で割ったような姿。もっと言えば、人と獣のハーフみたいに見えますの。

 そういえば、絶っちゃんも悪魔のような黒い翼と尻尾があったような――


「未熟とは言っても、『ビーストチェンジ』や『ウェポンチェンジ』はこの子だってちゃんと使えます……」


 ビースト、えっ。ウェポン……なんですって?

 ちょ、ちょっと何を言っているのかわかりませんの。


「ティエ、お姉さんは私の仲間。同じ七眼を持つ人だからティエが見えている……だから怖がらないで」


 れいらさんが淡々と言うと、後ろで威嚇していたティエチナさんが、


「がるるるっ……え、ご主人ちゃまのお仲間さん……? わわっ、ティエったら、ティエったら! お、お姉ちゃま、吠えてごめんなさいなの」


 おずおずとわたくしの前に歩いてきて、ぺこりと頭を下げましたの。

 しょんぼりと犬耳と尻尾が垂れてますわ……あぁん、可愛いですのぉ~!

 ……危ない危ない、ここで取り乱してはせっかくの仲良くなるチャンスが水の泡ですわ!


「いえ。こちらこそ驚かせてしまい、申し訳ありませんでした。れいらさんの妖精さんのティエチナさん……わたくし、歌雨ななよと申しますわ。このゲーム世界では『ピース』という名前があります。どうぞお好きなように呼んでくださいまし」


 お願いですから、そのままお姉ちゃまって呼んで! お姉ちゃまのままでいいですから、なんでもしますのっ! だって、そっちのほうが心にグッときますからっ!!

 ……表面上はにこやかに握手していますが、心の中では必死で叫んでいますの。

 心の声を出さないようにニコニコ笑顔で自制しながらティエチナさんのちっちゃなお手々をにぎにぎしていると、


「ふぁあ~、おじょーひんで、きれーな人なの~!」


 ティエチナさんが大きなお口を開けてぽかーんとわたくしを見上げましたの。

 あぁん、ワンちゃんみたいな八重歯見っけ! 萌え要素の塊ですわ~っ!

 でも、やっぱりシャノンのほうが可愛いですのっ!! なんて、二度目の妄想に入ろうとしたとき。


「……歌雨様。後ろっ!」


 れいらさんの珍しい焦り声。

 バッ、と後ろを振り向くとそこには湖の水が噴水のように――いえ、こいつは違いますわ!!

 わたくし、とっさに判断しましたの。


「危険が危ないのですわティエチナさん、れいらさんの後ろに下がっていてくださいまし」

「わ、わんわんっ」


 尻尾を振ってれいらさんの後ろに隠れる彼女を見て、


「れいらさん、PT隊列設定しますわよ。わたくしが今はリーダー……わたくしを『前方』、れいらさんもラーニンググローブ持ちなら『前方』、これでよろしくって!?」


 ミラコンを操作しつつ叫ぶわたくしに、


「……肯定!」


 ラニグロを構えるれいらさん。

 良い機会ですわね……見せてもらいますわよ、その超レア暗器の実力を!


「歌雨様、来ます……あれの正体は、」

「知ってますわよ、だってとっても有名なモンスターですもの。そうでしょう……? スライムさん!!」

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