第6話 水色の髪(1)

 大きな手がミリアの目蓋を包んだ。

 

 否、さほど大きくはなかったかもしれない。

 だが、手のひらは確実に彼女の顔の上半分を覆っている。

 

 完全に視界を奪われた少女は不安に身を固くした。

 

 いったい何のつもりなのだろうか、この男は。

 いったい自分の身にこれから何が起こるというのだろうか。

 

 

 幼顔の魔女見習いには、知るすべなどあるはずもなかった――

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 控えめに扉は叩かれた。

 その部屋は、アドリンダイン魔法学校で最も若輩の新任教師にあてがわれた部屋だ。

 扉の前に下がった札には、「ジル・ネスィア」とだけ書かれている。

 

 この札のこの文字は、一定以上の魔法能力を有する者しか読むことができない。

 ちなみに、他の教師の部屋にも似たような術のかけられた札がかかっている。

 つまり、ある程度の能力のない者は、個人的に教師の部屋を訪ねることなど許されないということなのだ。

 

 扉を叩いた犯人は、勿論それだけの能力を身に付けていた。

 

 ミリア・ハーネスト。

 彼女は、アドリンダインでは珍しく、魔法使いの親を持たない学生だ。彼女の両親は、二人ともこの世界では有名な画家だった。

 

「そこで少し待たれよ。我が輩は今取り込み中なのだ」

 

 ノックの呼びかけに対する返答は、しばしの待機。

 

 しかし、ミリアはそのことについては特段の疑問も感じなかった。

 彼女だって、日頃生活する部屋に突然現れた訪問者を、そのまま迎え入れられる……などということは滅多にないからだった。

 

「わかりました」

 

 ミリアは答えて、素直に待つことにした。

 ティーポットに茶葉を入れて、熱いお湯を注ぎ、ゆっくりと葉が開いて注げるようになるまでの時間と同じくらいの待機時間の後、ミリアは入室を許された。

 

「待たせてすまなかったな。用件は何ぞ?」

 

 一歩足を踏み入れると、薬品の臭いが鼻をつく。

 紅茶を入れられるだけの時間を待たされたものの、そこには茶葉のかぐわしさなどは微塵も感じられない。

 

 ミリアは半分がっかりして、でも、どこか安心していた。

 突然の生徒の訪問に、お茶を入れてくれるような甘い先生などとは、とても思っていなかった。

 言葉遣いはどこか古めかしいし、若さが微塵も感じられない野暮ったい服装、黒縁の眼鏡。

 「ネスィア先生」と言えば、授業は分かりやすいが試験は厳しい、普段も取っ付きにくい、近寄りがたい教師として有名だった。


 しかし、ミリアにとってそれは少し違ってきていた。

 あるときを境にして、親近感を持つような相手に変わってきていた。

 面白くて優しいと評判の担任のイグリッドよりも、ミリアはネスィアを頼りにしていた。


「用件がないのなら、お引き取り頂こうか? ハーネスト君。我が輩も暇というわけではないのだ」


 すぐに返答しなかったミリアに対してこの言い草。優しさの欠片もない。


 ミリアは慌てて頭の中に思いついていた口実を探した。

 それは、ここを訪れたそもそもの目的とは別のものだ。


「先日の青魔法の授業でわからないところがありまして……」

 

 ミリアの目は泳いでいる。

 ネスィアはそれに気付いてはいたものの、指摘はしなかった。

 しかし、だからといって、彼がミリアに対して優しいわけではなかった。

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