第4話 淡い記憶

 幼いとき、ミリアは一人だった。

 

 しかし、それを寂しいと感じることもなかった。

 両親が共働きで、いつも遅く帰ってきても、文句を言わず一人で待っていた。


 暗くなるまでの彼女の居場所は、大きなお屋敷にある美しい庭園。


 屋敷の主は太っ腹な人物で、常に庭園を一般に開放していた。


 しかし、そうやって開放された庭に入る人間はそう多くはなかった。

 初めの頃でこそ、観光気分や物珍しさで庭を訪れる人々はいたが、いつの頃からか、庭のお客はミリア一人になっていた。


 誰も彼女を咎めなかった。

 

 彼女は一人でずっと遊んでいた。


 あの少女が現れるまでは……。



「何をしているの?」



 凛と響くその声の主は、見るからに美しい少女。

 ミリアは初めて見るその少女の美しさに圧倒された。


 何も答えることのできないミリアを、美しい少女は冷ややかに見下げていた。



 ◇ ◇ ◇



「先生! ネスィア先生!」

 

 終業のチャイムが校内に鳴り響く中、そそくさと教室を出ていこうとする青魔法担当の新任教師を、ミリアは呼び止めた。

 

「ハーネスト君か。何だね? 質問か?」

 

 胸に抱えた教科書の束をバサバサと落としながら、ミリアは教師に駆け寄った。

 

「はい、先程の召喚魔法と科学兵器の関係についてちょっと……えー、教科書のこの部分……」

 

 ミリアは教科書の該当箇所を探しながら焦っている。

 指は小刻みに震え、冷や汗がひたいから流れ出る。

 

 教師が急いでいるのがわかり、早く済ませたいと思うのだが、気ばかり焦って上手くいかない。

 

「落ち着きたまえ。我が輩の時間は限られているが、限られているからこそ冷静さが肝心である」

 

 気取っているわけではない。えらぶっているわけでもない。しかし、教師の態度は尊大に映った。

 

 少しムッとしてミリアは教師を見上げた。

 

 見上げたのだ。ミリアと教師にはそれだけ身長に差があった。

 

「ああ、それはそうとハーネスト君。同室のルカ・パージェンシーとは上手くやってくれたまえ」

 

 自分を見上げるミリアの敵意にも近い冷たい視線も意に介さず、教師は自分の都合だけ押し付けた。

 

 しかし、ミリアの方は、大人しくそれにうなずいた。

 

「あ、は、はい……。ルカは大事な友達ですから」

 

「そうか。では、よろしく頼むぞ」

 

 教師はミリアの頭をくしゃっと撫でて、去って行った。

 その姿を呆然と眺めるミリア。

 

「あっ! 質問答えてもらってない!!」

 

 それに気付いたのは後ろ姿が見えなくなってからだった。

 

 しかし、追いかけても、もう次の授業に間に合わない。

 肩を落とし、溜め息をついてミリアは教室に戻った。

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