第37話真終章 若者は、水面の底で希望に手を伸ばした

「羅刹王母様ががっかりなされておられましたな。わざわざ自分が手を下すまでもなかったと。もっとも、あのお方には西梁の民を護る為にもっと真面目になっても十分なくらいですが」


 鄭国はそんな独り言を呟いた。


「鄭国様。その天主教徒共の死体をどうするおつもりで?」


「いつもどおり。中庭の子竜の餌にします」


 鄭国は兵士達に命じ、玉座の間に倒れていた天主教徒の死体を中庭に運び、池に投げ入れるように命じた。命じられた通りに西梁国の兵士達は天主教徒の死体を次々と池に放り込んでいく。


「なあ。どうして俺達こんな事をするんだ?」


 兵士の一人が疑問に思った。


「御坊様が仏様が生き返りの奇跡の術を使える事を知ってるか?」


「ああ。でもあれって病死や寿命は無理なんだろ?」


「今回の天主教徒との戦いで少なからず死人が出てるだろうからな。どれだけ遺体が損壊しているかにもよるが、復活の奇跡が行えるならそれを試して貰わない手はないだろ?」


「じゃあ、死んだ仲間も生き返して貰えるわけか。ありがてぇな。仏さまは!」


「・・・と、いう事を天主教徒共も考えねぇか?」


「そういえばそうだな。俺達の仲間が死んでも生き返れるなら、こいつらも仏様の力で生き返れるのか?」


「いや。天主教徒共は十字架にかかった罪人を崇めてるらしいぞ?」


「はっ。歩いて二年かかるこの西梁国まで山賊家業をやりに来た連中だけはあるな!神様が罪人とはな!!」


「だから、二度と生き返らないよう、全部は無理でも、とりあえず城の中、街の中で死んだ連中の死体は速やかに処分しておくのさ」


「そうか。街中で生き返って、また暴れまわれたら一大事だからな」


 天主教徒達の死体は水の中に沈んでいく。

 7人。8人。9人。10人。

 既に呼吸することのない彼らは水面を目指し泳ぎ出すことなく、湖底に向かってゆっくりと沈んでいく。

 水中には天竺からわざわざ取り寄せ、孵化させた子龍達が泳いでいる。

 西夷から二年かけて歩いてきた、少なくとも西梁国の住人達はそう思っている、天主教徒のニホンジン達は、その小さなトカゲの生き物を、『ワニ』と呼ぶだろう。

 子龍達は自分達の住処に投げ入れた、つい今しがた屠殺されたばかりの新鮮な餌に群がり始める。

 肉は肉。たんぱく質はたんぱく質だ。

 太陽の光の届かない、暗い闇の底へと沈みながら、爬虫類の胃袋に収まるだけ。

 一人の腹から、輝く球体が零れ出た。

 心臓か。

 いや。心臓にしては美しすぎた。

 白い球体。それは転移の魔法石だ。

 天主教徒のニホンジンは、自分の胸元からはみ出た希望に、ゆっくりと手を伸ばす。

 あれを使えば。あの転移の魔石の力を使えば自分達を安全な場所まで飛ばすことが出来るのではないか?

 そう考え、伸ばした右腕は、しかし無情にも子龍の咢に飲み込まれた。

 しかしその鋭い刃の如き歯に食いちぎる寸前。

 確かに彼の指は転移の魔石に届いていた。

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中世中華的幻想世界 虹色水晶 @simurugu

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