第28話楼蘭地方 天気、晴れ時々槍
「なんか全ワールドチャットに変なメッセージ入ってるなぁ。どうして俺は水泳スキルをとっておかなかったんだって」
屈強な戦士はすぐそばにいる若いの杖をついた天主教の青年に語り掛けた。
驚いた。彼は体力一辺倒の脳味噌まで筋肉で出来ている戦士かと思ったが、どうやら念話の法術が使えるらしい。
彼もまた、魔法戦士。
間違いない。彼は『チート能力者』とやらなのだ!!きっと物凄く強いに違いない!!!
「呑気に海水浴している連中など放っておけ。この戦いに俺達がこの世界で生き残れるかどうか。それがかかってるんだからな」
そう言って杖をついた青年は天主教の民族独特の自分の手前の何もない空間を突っつく動作をする。まったく。このような奇妙な動作に何の意味があるというのか。
『ニホンジン』のする事は西梁の民にはまったく以てわけがわからない。
「7215人。予想より多い集まったな。これだけの人数がいれば数によるゴリ押しも可能かもしれない」
なんと!この若いのに杖をついた天主教の青年は数秒足らずでこの場にいる
同胞の天主教の民の人数がわかってしまうのだ!!!
いったいどのような仙術の、いや魔術の使い手なのであろうことか?!!
彼もまた、凄まじい『チート能力』とやらの使い手に違いあるまい!!!
「作戦を再確認しよう。前衛は防御力の高いタンク系が務める」
「戦車なんて僕たち持ってないよ?」
「物理防御力が高い騎士系の職業の連中の事だよ。お前知ってて質問しただろ?彼らには城壁から来る敵の攻撃をすべて引き受けてもらう」
「全部喰らうの?避けるんじゃなくて?」
「全員が回避できればいいが、確率的にそれは無理だからな。だから防御力とHPの高い彼らに攻撃を止めてもらう。何しろ、城壁から飛んでくるボウガンは魔法障壁でガードできない。だから魔法職の防御力は完全にゼロ。喰らえば間違いなく即死のはずだ。従って」
杖をついた天主教国の青年は地面に文字を描く。
壁壁壁
↑
鎧
僧
魔
「この並びで突っ込む。僧侶系回復職が前衛のHPを補給しつつ、壁に向かって前進する。そして、城門まで辿り着いたら物理で破壊。魔法が通じなくても物理は通じるだろう。ローランの街内部に突入したら温存しておいた魔法職が攻撃魔術を使」
突然、屈強な体格な戦士が杖をついた青年に覆いかぶさってきた。体格差と、そして筋力差がある。払いのける事などできない。
「おい、何をするんだ。今作戦を説明して・・・」
いたはずの彼は、逆に屈強な戦士に説明を求めることになった。
「なんでお前のHPが70万も減っているんだ?」
「槍が振ってきたからだよ」
屈強な戦士は、事実をありのまま起こった事を話した。
杖をついた青年は、青年に押し倒されたまま、地面との隙間から周囲をうかがう。
それは事実であった。
なんたる迂闊であろう。
「俺は実に馬鹿だな。連中が核爆発級の攻撃魔法を防ぐ壁を持っていたからって、その中から永久に出てこないだなんて。神も仏も決めていないのに」
槍が降ろうがという比喩表現がある。
如何なる困難事があっても事態を成し遂げるという強い決意の意思表示である。
あくまで比喩表現であって、実際に槍が空から降ってくることは稀である。
そして、現在楼蘭の大都の東側では、晴天に混じり若干の槍が降っていた。
屈強な戦士の背中に二本目の槍が刺さる。
「おい。俺を庇うのをやめろ」
若いのに杖をついた天主教国の青年は言った。
「駄目だ。僕の防御力で70万ダメージなんだ。魔法職のあんたが喰らったら即死確定じゃないか」
「だからと言って」
「あと2発は耐えられるっ!!」
幸いにして、3発目の被弾はなかった。
「6:02。そろそろ太陽が昇り始めるころだ」
何という事であろうか。この若いのに杖をついた天主教国の青年は前方30センチくらいの何もない空間を指で突くだけで時計も視ずに正確な時間を知る事ができるのだ。
恐るべき天主教徒の『チート能力者』!
槍の雨が止むと、辺りのそこかしこから呻き声が聴こえはじめる。
一体どれほどの仲間が犠牲になったのか。状況を正確に把握しようと辺りを見回す。
腹部を貫かれた者。胸を貫かれた者。腕を持っていかれた者。被害は様々だ。
そして産み出される魔力による爆光。
敵からの物ではない。出現場所は自軍のど真ん中からである。
その魔力の閃光は射線軸上にいた四百五十四人の味方を巻き添えにして、槍を降らせた北側に陣取る敵部隊に一直線に突き進む。
「やめさせろっ!!」
若いのに杖を突いた天主教国の青年は怒鳴った。
「もうできないみたいだよ」
屈強な戦士は前方30センチほどの何もない空間を指で突きながら言った。
「41回ヒット553116ダメージ。ラストシュートさんが味方に攻撃されて死亡しました。らしいから」
なんということであろうか。この屈強な戦士はこの数千人を越す人垣の中でどこの誰が、何回斬りつけられ、どの程度の手傷を受けて死んだかという事まで一瞬にしてわかってしまうのだ!!
前方30センチの何も空間を指で突いただけで!!
なんたるチート能力者!!
「ついでに味方全員にあいつをリザレクションで生き返らせるなと命令しておけ!!」
「貴重な核並攻撃魔法の使い手だけど?」
「その度に味方を巻き込んで殺されるよりかはマシだ!!代わりに奴に吹き飛ばされた仲間を生き返らせるように伝えろっ!!!」
「了解」
屈強な戦士は前方30センチの何もない空間を指で突いた。
「おkだってさ」
なんということであろうか。優に六千を越える天主教の兵が30センチほどの前方。何もない空間を指で突いただけで皆があの二人の意思に従うように。まるで手足になったかのように動き始めたではないか!
味方を巻き添えにし攻撃の呪術を放った女魔術師の死体はそのまま地べたに放置され、他の者の傷の手当や、死体に蘇生法術を施し始めているではないか!!
なんたるチート能力!!!彼らの念術は数千人の人間を己が意志で自由自在に操る人形と化すことが出来るのだっ!!!
だがそんな彼らの頭上に再び槍の雨が降り灌ごうとしていた。
「ブフー。さっきの攻撃法術はスゴかっんだブフー」
敵陣の中心部には一匹のオークがいた。
「でも夜明け前だったから狙いが甘かったみたいですねぇ。ヌフフフ。端っこの方の何百人かが巻き添えになっちゃったみたいですけど」
そのすぐそばには眼鏡をかけ、白衣を着た魔術師がいた。
「なにはともあれ、大都が落ちる前に到着できてよかったんだブフー」
「八戒様。魃様。第二次攻撃の準備が完了いたしました!!」
西梁国の兵士が報告する。
「あいなー。んじゃ、今怪我人手当てしている連中いるっしょ~?」
「はい」
「そいつら目がけて撃ちこんで~」
「なんだか卑怯な感じがするんだブフー」
「いいのいんの。どうせ遠路遥々西夷くんだりから、山賊家業する為に来たような連中よん?ほら、儒教の本にも書いてある。悪人に人権はないって~」
「ブフー?儒教の本にも書いてあるのかブフー?なら仕方ないんだブフー」
魃の合図と共に攻撃が再開される。
西梁の兵達たちは、槍を柄の部分を地面に着き刺し、穂先をニホンから天主教徒達に向けて陣取っていた。
いや、これは単なる槍ではない。
槍には油紙で包まれた長方形の物体に、短い縄がついた物がくっついている。
「攻撃開始!点火せよっ!!」
隊長らしき兵の合図と共に、兵士達は一斉に槍にくっつけられた縄に松明で火をつけた。縄につけられた火が油紙に包まれた物体に到達すると、その下部から一斉に盛大な炎が吹き始める。
その勢いは火山が如く凄まじく、地面に打ち立てられた槍を天高く押し上げていく。
やがて推力を失った槍は、重力に牽引され、大地へと落下していく。その先には怪我人の手当てをする天主教の民がいた。
「うあああああ!!!」
「ショ、ショットランサーだぁああああーーーーっ!!!!」
「なんで下等な中世ヨーロッパ文明人がショットランサーなんか使ってくるんだよぉオオーーーーッツツツ!!!!」
ショットランサー?何をわけをわからない事を言っているのだ?このニホンとかいう国から来た、天主教の民は。
これは飛火槍という。おおよそ全体の長さ2メートルの先端には穂先30センチの金属製の刀身がついている。
その側面に油紙、あるいは竹など、水に濡れても中の火薬が湿気らないよう工夫が施された箱を紐でくくりつけ、それの導火線に火をつけ、点火。爆発の勢いで槍自体を飛ばし、敵軍の頭上から槍衾の雨を降らす兵器なのだ。
この世界で数百年後、ロケットだの、ミサイルだのと呼ばれる兵器の原型となるが、そんな事はこのニホンとかいう国から天主教の民にはどうでもよいことだろう。
なぜならば彼らの防御結界魔法では、攻撃魔法は防げても、どういうわけかボウガンは防げない。
そして、この飛火槍はボウガン勘定になっていた。
「ど、どうしよう?みんなやられちゃうよっ?!!」
屈強な戦士はうろたえる。だが、若いのに杖をついた天主教の青年は冷静に判断を下した。
「槍に向かって攻撃魔法を撃つんだ!」
「えっ?」
「矢よけの魔法は効かないだろう。だが、飛んでくるのが槍なら、辺り判定が大きいはずだ!攻撃魔法で全部叩き落せっ!!」
若いのに杖をついた天主教の青年の指示通り、天主教国の魔術師達は上空より迫りくる飛火槍に目がけ攻撃の魔術を放ち始める。
地上から放たれる魔力の光とぶつかり、飛火槍は無数の鉄片と木くれと化していく。
「凄い!今度は12人しか死んでいないよっ!!」
屈強な戦士は歓喜の声をあげる。
飛んできた槍の数はほとんど変わっていないのに、味方の被害は劇的に減少していた。その紛れもない事実が、おぼろげだったな感覚を、はっきりとした確証へと変化させた。
「やはり僕たちのリーダーは君しかいない!さぁ次の指示を出してくれ!!」
「え?」
戸惑いを覚える若いのに杖をついた天主教の青年に対し、周囲の者達は次々と語り掛ける。
「あんたの指示は的確なんだ」
「そうだ。俺達を導いてくれ!」
若いのに杖をついた天主教の青年は少しだけ考える。本当に自分でよいのだろうか。
「迷ってる時間もないだろうな」
北側から迫りくる西梁の正規軍を見ながら即決した。
「防御力と体力のある連中はこのまま前進してくれ。正面から街の門に攻撃を仕掛ける。ベルゼルガ。部隊の指揮を任せていいか?」
「別にかまわないが。お前はどうするんだ?」
頭から爪先まで全身を分厚い鎧で身に固めた天主教の剣士は尋ねる。
「飛行魔法を使って一気に街の中に飛び込む。門周りは固められているかもしれんが逆に城の本丸。国王がいる場所が薄くなっているかもしれん。そこを狙って飛び込んでやる。何人か俺に掴まってくれ。一緒に連れて行ってやる」
四人。ニホンから来た天主教の民がしがみつく。もちろん屈強な戦士も、イの一番に。
「囮にするようですまんな」
若いのに杖をついた天主教の青年はベルゼルガに詫びた。
「気にするな。門を壊すふりをして精々暴れてやるが、あまり長くはもたんぞ?」
別れ際に軽く挨拶すると、飛行魔法を使える者を連れて若いのに杖をついた天主教の青年はまだ見ぬ壁の向こうを目指し飛び立つ。
「いいんですか。ドミニオンさん。あいつらいっちゃいましたよ?」
「魔法職はボウガンの直撃に耐えられないから。その点俺達は鎧の防御力だけではじき返せる。むしろ庇いながら戦う必要がないから楽だ。自分にだけ傷薬を使えばその分時間稼ぎができるはずだ。あいつらを信じようじゃないか」
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