第27話萬流歸宗
「大仏だ・・・」
彼らの目には、巨大な大仏の姿が映っていた。
村の周囲の木々は、5メートルくらいだろうか。軽くその20倍はありそうな巨大な仏像が天主教国の装束を身に着けた山賊団を見下ろしていた。
「な、なんだあれは・・・?!」
「落ち着け!どうせ幻術か何かだろう!!」
(後生可畏)
頭に直接声が響いた。
「け、大仏がなんだっ!俺様にはこの神殺しの剣があるぜっ!どんな神だろうがイチコロダゼっっつ!!!」
天主教国の身軽そうな剣士は細身の、黒光りする刀身の剣を抜き放つと天空高く舞い上がっていく。
なんということであろうか。彼は単なる体力馬鹿ではない。彼は飛行魔法を操る、魔法剣士であったのだ!!
「ふはははっはあ!!!どうだこの俺様のチートスキル、萬流歸宗はっ!!!俺様は剣術をマスターする事により魔法を少し習ってもすぐに原理を理解できるようになったのだっ!!!」
萬流歸宗は仏教用語だ。
なぜ天主教国の生まれである彼がそんな言葉を知っているのであろうか?
そもそも本来の意味は万人が帰依し仕えることであり、剣術を少々上手くなったからといって、魔法が速熟できるようなことではない。
体を動かして身に着くのは体力であり、頭を鍛えるには机に齧りつく必要がある。
それなのになぜ彼はこんな事を言っているのか。
まったく、わけがわからない。
ともかく飛行魔法により壱百五拾メートルほど舞い上がった彼は、そのまま大仏の首を切り落とすべく、その黒き神殺しの剣とやらを振り下ろす。
「死にさらねぇあやああああああああ!!!!」
ぽっきん。
「あっ」
何を間抜けな声を出しているのだろうか。この天主教国の魔法剣士とやらは。
大仏は青銅でできている。
そのうなじを細い刀で力任せに叩きつければ刀身がへし折れるのは至極当然ではないか。
そもそも大仏は『神』ではなく『仏』なのだ。
神殺しの剣で殺せる道理がない。
大仏が動いた。
「う、うわぁあああああーーーーっつつつつつ!!!」
大仏は天主教国の山賊の一人を掴み上げると、彼を両手で挟み込む。
(色即是空)
そしてそのまま押しつぶしてしまった。
「くそっ、化け物めっ!!!」
「安心しろ。俺のチート能力を忘れたのか?」
動揺する天主教国の山賊団の一味の中から、一歩前に踏み出す者がいる。長身のエルフであった。
エルフは右手を高く、動く仏像に向けて掲げた。
「黄金になれ!!」
エルフの言ったとおり、全長120メートル全重量4000トンの青銅の仏像は。
全長120メートル全重量4000トンの黄金の仏像となった。
そして。
何事もなかったかのように天主教に山賊団に向かって歩き続ける。
「あら?」
何を間抜けな声をあげる必要があるのだろうか。
青銅製。あるいは石像を黄金に変える。
人間が黄金に変わったらその瞬間に心臓が止まって死んでしまうであろう。
だが、動く青銅の仏像が黄金に変わったのならば、そこには動く黄金の仏像が出来上がるだけなのだ。
(五十歩百歩)
そして勢いそのまま。全長120メートル全重量4000トンの黄金の仏像はエルフの男を踏みつぶしにかかる。
「ぐ、ぐあああああああああああああーーーーーーっっっつつつう!!!!水になれええええええええええーーーっつつ!!!」
最後の瞬間に、エルフは黄金の仏像の足の裏でそのように叫んだ。
どうやら物理が得意という彼の話は嘘偽りであったようだ。
黄金4000トンがそっくりそのまま水になったのならば、そこには水4000トンが残るだけなのだ。
彼は4000トンの水に呑まれて自分が生きていられるとでも思っていたのであろうか。
ニホン、とかいう国から来た彼らは、二言目には自分達の魔法はカクヨリツヨイ。カクヨリツヨイ。そう表現する。
だが、海から来た巨大な津波によってそのカクヨリツヨイ建物が一瞬で崩壊する有り様を見たことないのだろうか。
あるいは、決壊した堤防から溢れ出る洪水の泥水に押し流される膨大な泥水を一度たりとも見たことはないのだろうか。
それらは荷車を呑み、木々を呑み、「助けてーーっ!!」と悲鳴をあげる人々ごと人家を呑んで、押し流していく。
ニホン、という国から着た彼らは、収穫前の稲や人々の財産が一瞬にして濁流に押し流されていくそのような凄惨な情景を目にした事がないのであろうか?
きっとそうに違いない。
この西梁の国より遠く離れた、天主教の地にあるというニホンとかいう国は、きっとまったく雨が降らない砂漠のような国なのだ。
だから彼らは水の恐ろしさがわからないのだ。
従って彼らの『経験値』の足りなさによる、『脳内レベル』の低さを攻めてはいけないのだ。
4000トンの洪水と化した仏像は最初に長身長髪のエルフを、そしてそれだけではあきたらず、村中にいる天主教国から来たという『ニホンジン』の山賊達を次々と呑み込んでいった。
「ぐあああああーーーー!!!!」
「お、およげなぁいいい!??」
「うげぇえ、水死するまであと27秒・・・」
あのニホンという国から天主教の民はどうして自分が水死するまでの正確な時間がわかるのだろう?
あたかも自分の視界内に、『体内酸素残量78パーセント』とでも映っているようだ。
しかし、そんな人間がこの世にいるはずがない。
いや、きっと件の『チート能力』とやらのおかげだ。
おそらくは彼は未来を見る能力の持ち主だったのだ!!そうに違いない!!
間違いない。彼は自分の29秒くらい先に訪れる死の未来を予測することで、それを回避することが可能だったのだ!!
しかし、残念な事に回避不能な死の奔流からは逃れる事はできなかったようだ。
そして、天主教の神を信奉するという『ニホンジン』達を溺死させた4000トンの濁流はそのまま村の広場にいた生き残りの村人をも呑みこま。
なかった。
激しく流れる水流は優曇華院の手前で二つに別れ、そして村の女性達の後方で一つにまとまる。
いや。よくよく見れば村人達の貴重な財産であるはずの家屋や荷馬車の類。家畜にやる干し草までも綺麗に避けているではないか。
4000トンの水が押し流したのは天主教の神を信奉する『ニホンジン』のみである。
すべての『ニホンジン』の山賊達を溺死させた水流は、村の反対側まで到達すると、滝が落ちるのとは真逆に天へと昇る様に立ち込める。
そして、全長120メートルの水の大仏が再び立ち上がった。
「皆さまご覧下さい。御仏がこの村を襲った仏敵をすべて押し流し、村全体を洗い清めてくれました」
優曇華院は清らかな瞳で言った。
「ですが御坊様。うちの旦那が金の塊に変えられたまんまです」
「おっ父も殺されちまっただよ~~」
生き残りの女性達はすすり泣く。
「それならば心配はいりません。御仏よ。この村を仏敵が荒らす以前のあるべき姿に戻してくださいませ」
(祈願成就。臥薪嘗胆)
全長120メートルの水でできた仏像はその手から五色の光を放つ。
その光を浴びるとなんたることか。
天主教の国から来た『ニホンジン』共に切り殺された村人達が蘇り。
黄金に変えられた人が血肉できた肉体に戻り。
火炎の魔法で焼かれた家が新築同様に建てなされる。
もちろん優曇華院の純金の服も絹でできた普通の衣服に戻った。
(前途洋々)
村をすべて元通りにした全長120メートル全重4000トンの水でできた仏像は、次第に水蒸気となり、そしてゆったりと雲高く天へと昇って行った。
「ご覧ください村の皆さん。これが御仏の奇跡!天主教など恐るに足りません。仏を信ずる限り貴方方は守られ続けるのです!!」
「おお、仏さま・・・!!」
「ありがたや、ありがたや・・!!」
「私達は、皆。仏教に帰依します」
萬流歸宗。
それは剣術の鍛錬をすれば、魔術も得意になるという謎理論では、決して。ない。
天主教の国々から訪れる、『ニホンジン』達はそう主張するが、それは大きな誤りなのだ。
万人が帰依し仕えること。
それが本来の、正しい意味である。
そして、この夜。この村は正しい意味での萬流歸宗の村となった。
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