第26話その晩、天主教徒達は思い出した

 アイリーシャは優曇華院と共にその村の老夫婦の家に宿を間借りしていた。

 村の人々が歓待の宴を催してくれた事もあり、夕餉は豪勢な物であった。炊き立ての米の飯に汁物。山の山菜。そしてメインディッシュとして豚一頭を屠り、村の衆と分け合う。

 宴はいつまでも続くかと思われたが、村人が自蔵しているどぶろくで酔いつぶれている者が出始めた辺りで御開きとなった。

 普段はこのような事はやらないが、今宵は食事以外の酒の肴、即ち優曇華院の説法があったので行われることになったという。

 自分が寝ている建物の外で声がする。最初は宴会の興奮冷めやらぬ村の若者が騒いでいるだけだろうと思っていた。

 やがて足音が近づき、この家の扉を激しく叩きはじめる。


「五月蠅いねぇ。うちにあるお酒は祭りの時に使っちまったからもうないよ?」


 家主の老婆はそう言いながらとくに疑問も抱かずに家の扉を開けた。


「あんた達ちねべぇ?」


 何かが倒れる音がした。


「お前ら!婆さんを、よくもっ・・!」


 何かを勢いをよく掴む音と、肉を切る音がした。


「けっ、包丁程度で俺達に勝てるとでも思ったのかジジィ?」


 若い男の声がした。

 階段を誰かが上がってくる音がした。

 その足音は自分に近づいてい来る。

 そして、その人物は自分のベッドの布団をはぎ取った。


「おっと、うっかりベッド事真っ二つにしなくて正解だったぜぇ。金髪美少女ゲットだぜぇ」


 隣の部屋からも声がした。


「こっちは巨乳のシスター様だぜぇ!布団の上からでもG、いやHカップはありそうだぁ!!」


 なんかやたらと楽しそうな声であった。

 そんな事より凄く寒い。

 うずくまったアイリーシャは誰からに抱えられ、そのまま家の外に運ばれていった。


 村の広場。

 アイリーシャと優曇華院を歓待する宴会が開かれていた場所。

 明りに使われていた篝火や焚火の焦げ跡が残るその場所には家の屋根辺りに中空高く、煌々と輝く照明があった。

 アイリーシャは魔法学科はおろか普通の学校にも通った事などない。

 だが、支えもなく空を飛ぶそれは、紛れもなく魔法を用いたものだと魔力を持たぬ人間にも理解できるたはずろう。

 その不自然な照明、木や脂を燃やす自然な明りではないのから不自然な照明という表現は間違いではないだろう、その下に村人が集められていた。

 その数、九人。アイリーシャと優曇華院を含めれば十一人。

 小さな村とはいえ、この十倍近い人数はいたはずだが。

 さらに、この場にいるのは皆若い女性ばかり。

 下は十歳くらいの子から、上は三十才くらいの人まで。

 あ、この人は赤ちゃんを抱いているから一番下は零歳児という事になる。


「へぇへっへっ。俺の童貞人生は今日で最後のようだな。さて、どいつに俺様のヴァージンを捧げちゃお~かな~?」


 アイリーシャには彼の言っている言葉の意味がよくわからかった。いや、同じ言語を話しているはずなのだが、アイリーシャの語諒にないものが大半なのだ。まるでわからない。

 もしかして彼は異世界人なのだろうか?

 いや、そんなはずはないだろう。

 彼らは姿風体して、『自分と同じ、天主教国から来た人間』のはずなのだから。


「ひなびた村だぜ。タンスを漁っても銅貨が数枚。魔法の剣の一本もありゃしねぇ」


 いやいや。お金はともかく魔法の剣をタンスの中にしまうものなどこの世界のどこにだっていやしないだろう。

 それとも彼らは民家のタンスを漁ると魔法の剣や金貨がゴロゴロ出てくる異世界からやってきたとでもいうのか。


「おいおい。そんなものよりもっと大事なものがあるだろう?」


「もちろん見つけてきたぜ。こいつだ!」


 立派な板金鎧を身に着けた天主教国出身らしき男は白黒ぶち模様の立派な牛を引きずってきた。


「にくにくにくにくぅ~~~~!!!!!久方ぶりの牛肉だぁああ~~~~!!!!!」


「そ、それはうちの旦那が街の市場で買ってきた、よく乳が出るという異国の牛じゃないかっ!!」


「その旦那ってのはこいつか?」


「ひいぃひひひぃいいいい!!お、おたすけええ!!!!」


 板金鎧を身に着けた天主教国の男は右手で乳牛を、左手に若い男を掴んで持ち上げた。

 それぞれ片腕で、だ。凄い筋力だ。


「いいかぁ。お前らにいいものを見せてやろう」


 背が高く、耳の尖った若い男が前に出てきた。いや、若いと言っても彼はおそらくこの場にいる誰もより高齢であるはずだ。

 アイリーシャにはその特徴的な耳の形に見覚えがあった。彼はエルフ族だ。


「俺は物質変化魔法が使えるんだ。ふあははは凄かろう?」


「ぶしつへんか?」


「なんだべかそれ?」


「ふっ、やはり下等な中世ヨーロッパ文明人だな!俺様の高度な魔法を見るがよい!!」


 長髪高身長の美形に類するエルフは右手を村人の男に向かって掲げた。するとなんということであろうか。


「な、なんだ・・?ぐああああ・・・・」


 板金鎧の天主教の男に持ち上げてられていた村人が、黄金の村人像に変わってしまったではないかっ!!


「あああ!!うちの旦那がっ!!!」


「ぐえへへへ!!!どうだ、俺様は凄いだろう?」


「いいかぁ?こいつは物質変化チーターなんだぁ。逆らったらお前らもみんな黄金像に変えちまうからなぁ。わかったら大人しくいう事を」


「聴きません」


 両手を合わせ、立ち上がった人物がいた。優曇華院である。


「ああん?イイ度胸だな。姉ちゃん。でも俺としてはその柔らかそうなオッパイを金塊になんて変えたくはないんだぁ。いや。違うなぁ」


 エルフの男は右手を優曇華院に向かってかざした。


「優曇華院さんっ!!」


 思わず叫ぶアイリーシャ。

 優曇華院は、着ているその袈裟のみを黄金に変化させられた。


「どうだあ。凄いだろう?お前のその服だけを純金に変化させてやったぞ?そしてさらに、だ」


 エルフは切れ味鋭そうなナイフを取り出した。

 そして、黄金に変化した優曇華院の袈裟の、胸の部分を水平に切り裂いた。


「すげぇ!ナイフで金でできた服が切れちまったぞ?!!」


「当たり前だ。純金はナイフで切れるくらい柔らかいからな」


「そうなのか?」


「ああ。俺様はこう見えても物理が得意なんだ」


「それマジかよすげぇ!!」


「熱膨張って知っているか?人間が飲める温度の紅茶を拳銃にかけると温度差で暴発するんだぜ」


「く、くくくっ・・・・」


 物理に詳しい。そういうエルフの発言を聞いて、優曇華院は笑い出した。


「何がおかしいっ!!!!」


「いえいえ。貴方の知識は御仏の真理の光の前にはすべてが霞むと思いまして」


「何が真理の光だ!オッパイ丸出しで・・・」


 エルフの男は優曇華院のオッパイをマジマジと見ようとして、気がついた。


「オッパイが、みえない・・・だと?!!!」


「な、なんだ、この光は・・・?!!」


 そう。優曇華院の袈裟の胸の部分は確かに切り裂かれている。

 だが、その露わになる乳房を覆い隠すように斜め右上から左下に向かって眩しい閃光が走っているではないか。


「これは御仏の御威光」


「みほとけの、ごいこう。だと?!」


「そう。信心深い、お布施をきちんとする信者のみがこの光の壁の向こう側に存在する物を伺い知る事ができるのです」


「そんなのあり得ない!!」


「例え異世界だとしても、こんなミルク色の異次元なんぞっ認められるかっ!!!」


「どうやら貴方方には御仏の奇跡をその身を以て知る必要がありそうですね」


 優曇華院はそう言うと、その場から動かず、祈り始める。

 紡ぐ出す言葉はない。ただ、祈るのみ。


「けっ、何が奇跡だ。単にお祈りしているだけかよっ!!」


「宗教ってのは効果的にマジックポイントをひねり出すための学問にしか過ぎねぇんだよっ!!」


 天主教のシンボルマークを首からぶら下げた僧侶らしき男が言う。

 アイリーシャは驚いた。彼にとって神への信仰心とはその程度の存在にしか過ぎない物なのか。

 ならば彼はなぜ僧侶なぞをやっているのか。

 信仰心がなく、魔法を行使したければ素直に魔法学科に通い、魔術師になればよいではないか。

 まったく。わけがわからない。


「てめぇら僧侶は歩く救急箱に過ぎねぇんだよ!!」


「怪我人と死人が出た時だけ前に出てきて、後は邪魔にならねぇよぉ後ろでじっとしてればいいんだよぉ!!!」


「そうだ。なにせヒーラーが死んだら終わりだからな!!」


「そうですか。貴方方天主教の方々の信仰が偽りであり、御仏を教えを信じる気もないことがよおくわかりました。ではあちらをご覧ください」


 優曇華院は、視線のみで右上を見るよう促した。

 それは、さっきから優曇華院の切り裂かれた袈裟を隠す白い謎の光が溢れている方角であった。


「ああ?そっちにはお星さまがあるだけで・・・」


 その日。

 天主教の国々から来たはずの彼らは思い出した。

 圏央道・桶川北本間と白岡ICが開通していたことを。

 そして、阿見プレミアムアウトレットモールの近くにある牛久大仏が全高120メートル総重量4000トンだったことを。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る