第20話わけの分からない事を言う天主教徒達

「くそっ!どうなっているんだっ!!これじゃ完全にクソゲーじゃないかっ!!」


 体格の良い天主教国風の鎧を着た戦士はすぐ近くにあった岩を力任せに殴りつけた。

 『くそげー』とは、どういう意味のある言葉なのだろうか?まるでわからない。ひょっとしたら天主教国の魔法学科ではどんな劣等生でも知っている、そんな常識的な単語なのだろう。

 だがここは天主教の地から遠く離れた央原の地。書院でそんな事も勉強したとしても、科挙の試験では面接官に、「そんな事は評価対象にならないんですよ」と得意顔で言われるだけなのだ。


「やめておけ。鉄鉱石が掘れそうな物ならいざ知らず、そこらの石ころなんぞ戦いても無駄にHPや空腹度を減少させる可能性があるだけで、なんの特にもならん」


 数日前、彼におにぎりを渡した若いのに杖をついて歩く奇妙な天主教国の若者が諭す。


「い、いや。あんたのおかげでみんなが助かっているのわかっているよ。だけどさぁ・・・」


「俺が凄いんじゃない。俺がシステムツールに組み込んでおいた、計算マクロが凄いんだ」


 そう言いながら彼は何もない自分の前方三十センチくらいのところを人さし指で突く。これは、天主教国人独特の風習らしい。周囲にいる何百人の天主国人達も老若男女問わず、皆同じように前方の何もない空間を指で突いてはため息ばかりをしていた。


「まぁ確かに俺も運営に不正チートプログラム扱いされない、単なる計算するだけの追加プログラムがこんなに役に立つとは思わなかったけどな」


 言いながら杖を持った天主教人は空中で素早く指を動かし続ける。


「だけどさぁ!こんなゲームバランスの悪いクソゲーじゃ俺達全滅間違いなしじゃないか!」


「クソゲーじゃない」


 怒鳴り散らす屈強な戦士に向かって、杖を持った若者はあくまで冷静に語り掛けた。


「はあっ?どこがクソゲーじゃないって?!俺達はこの世界に最初一万人で来てたんだ!それが一日足らず千人も死んじまった!千人もだぞっ!!」


「その千人をやったのはこの世界の住人じゃない。『俺達の仲間』だ」


「あっ?」


「もっとも、どうやら全員アンデッド系種族を選択していた連中のようだがな」


 アンデッド、というのは天主教の言葉で、不化骨などの魑魅魍魎の類を意味するらしい。死人が蘇り、生きとし生ける者すべてを憎み、そららを殺し、仲間に引きずり入れようとする妖怪のことだ。


「どうやらこの世界に来た時に本物のアンデッドになってしまったようだ。しかも元々のレベルが俺達と変わらないからな。自分達と同じ強さの連中と戦ったんだ。戦った結果俺達が大損害を受けてもさして疑問はない」


 杖を持った若者はそう結論していた。


「で、でもよぉ。空腹度はどうするんだ?このままだと食料が尽きて俺達は餓死しちまうぜ?」


「そのことなんだが」


 杖を持った若者は左手でちょちょんと再び何もない空間をつつく。


「みんなにこいつを見てほしいんだ」


「なんだこれ?グラフか?」


 すぐ近くにいた数名の天主教国人が空を見る。そこには、何もない空間があるだけだ。


「今まで俺達は食料を買うために何か所か村に寄ったよな?」


「どこも馬鹿高かったぞっ!!」


「とてもじゃないが、米も肉も、それ以外もッ!!とてもじゃないが買えるような値段じゃなかった!!」


「NPCの分際で足元見やがってっ!!!」


 えぬぴぃしぃ、とはなんのことなのだろうか?この央原の地に、少なくとも『そのような名前の人間は存在しない』。


「適正価格なんだ」


 若いのに杖を持った若者は淡々と言った。


「お前何言ってんだ?!」


「あんた骸骨連中と戦った時ちょっとくらい活躍したからっていつまでもリーダー気取りすんじゃないぞっ!!」


 空腹のせいだろう。かなり気が立っている者が多い。

 だが、杖を持った若者はあくまで冷静に語る。


「この食料の値段のグラフに、それ以外の商品の値段を重ねる」


 若者は再び自分の正面で指を突く仕草をした。


「安いな」


「どういうことだ?」


「簡単だ。交易システムが正常に働いているせいだ」


「交易システム?なんだそりゃ?」


「本来はソロで行動したプレイヤーが採掘した鉱石や狩りで得た素材をオークションで販売する。すると、その市場に流れている総量に応じて自動的に値段が変動するシステムだ」


 ソロ。プレイヤー。なんのことであろうか。まったくわかない。オークションとは確か競売という意味であり、システムとは構造いう意味を表す言葉のはずである。


「で、その交易システムがどう影響してくるんだ?」


「まず季節が問題なんだ。お米が収穫されるのはいつだ?」


 屈強な戦士は考えてから。


「あ、秋だ!一年生の時に田んぼの田植えと、稲刈りに行ったから覚えているぞ!

お米が取れるのは秋だ!!」


「で、今の季節をシステム時計で確認してみろ」


 屈強な戦士は前方を指で突く仕草をしてみた。


「七月?」


「米の収穫前なんだ。つまり単純に考えて米の在庫はない。それに加え俺達があちこちで食料を買い漁った。結果爆発的に食料の値段のみが急激なインフレーションを起こしたんだ」


「いんふれーしょんってなんだ?公式サイトにアクセスできないから説明してくれよ」


「インフレくらい中学か高校の社会の授業で習うだろう?」


「俺小学生だよ!!!」


 屈強な戦士は吠えた。


「何言ってるんだお前?基本無課金とはいえその課金装備はどうした?」


「パパから月決め限度額三十万円のカード渡されてこの中で好きな物なんでも買っていいて言われたんだよっ!!パソコンもカードっで買ったんだ!!」


 杖を持った若者は額を押さえる。かなりの頭痛を覚えたようだ。


「わかった。例えば今ここにおにぎりが一個あるとしよう」


「うん」


「お前が銅貨100枚でこれを買おうとしよう」


「妥当な値段だね」


「ところが空腹度ゼロの奴が現れて、金貨100枚でそのおにぎりを買うと言い出す。お前も実は空腹度が10を切っている。このままではHPの減少が始まり、やがては死んでしまう。金貨を1000枚出してもおにぎり一個を買う羽目になる。すると相手も金貨一万枚出しておにぎりを

買おうとする。こうやって延々とおにぎりの値段が上がっていくのがインフレなんだ」


「ふーん。で、そのインなんとかって奴と俺達とどういう関係があるんだ?」


「市場に出回っている食料に比べ、食料を必要する人間、つまり俺達の人数が圧倒的に多すぎるんだ。つまりその結果インフレーションと食料不足を発生させている。

これは少なくとも二カ月後の稲の収穫時期まで続く。俺達はとてもじゃないがそれまで待つことはできないので全員餓死する。他に何か質問は?」


「あれ?でもおかしくね?最初にあった商人は食料を一杯売ってくれただろ?値段もそんなに高くなかったし」


「彼は間違いなくチュートリアルキャラだったんだろう」


「なるほど」


 チュートリアルとはどういうことであるか。彼らが何を話しているのかまったく意味がわからない。


「この世界に来る季節が食料の豊富な秋であれば食料不足は心配は起こらなかったはずだ。いや、違うな。そもそも俺達が『一万人でこの世界に来た』という事を行ってしまったこと自体が間違いだったんだ」


「何言っているんだ?」


「大勢の人間が集団移動した場合、消費する物資、つまり食料もその人数に応じて大量に必要になるんだ。この世界は本来は五人か十人程度の人間なら、問題ない。それぞれがかばんに個人分の食料を詰めて運べはいいわけだからな。だが数百人、数千人と規模が膨れ上がってくると話は別になる」


「じゃあどうすりゃいいんだよ?」


「盗賊に転向する」


 杖を持った若者は周囲にいる天主教国人すべてに聞こえるはっきりとした声でそう宣言した。


「盗賊?スキルふり直して転職すんのか?」


「すまん。言い方が悪かったな。俺達は山賊団になるんだ。一時的な」


「一時的に?山賊団?」


「インフレのせいで食料を買う為の金が足りない。さりとて食料がなければ俺達は餓死する。

だから山賊団に転向する。ただし、あくまでも一時的に、だ」


「その一時的にってのはなんなんだよ?」


「俺達が今まで寄ってきた村で気づかなかったか?『冒険者ギルド』がないんだ」


「そういえばなかったな?」


「道も整備されていなかったし、魔法学校もなかった。だが、村長の話を聞く限りでは『国王のシンノー』がいる、『ローラン』とかいう街はかなり大きな街で、それなりに発達しているらしい。そこでこういうのはどうだろう。俺達が国民を放って贅沢三昧を尽くす悪い国王を倒し、新しいよい国を創る」


 杖を持った天主教国の若者が話を聞いた村長は、もうすぐ七十歳になる高齢の老人であった。老人曰く、村の近郊にはゴブリンに似た怪物の巣があるが、この村は都が遠いせいもあってたまに申し訳程度に討伐の兵が送られてくることはあっても、村人を守る駐屯兵や砦などが用意されることはないという。少なくとも老人が村長でいる間はそうであったらしい。間違いない。ここの国王はろくでもないやつだ。


「しかし、俺達にそんな事ができるのだろうか?」


「できるはずだ。俺達ならばそれくらいの内政チート簡単さ!農業に改良を加え、魔法学校を造り、すべての街や村に冒険者ギルドを造ろう!!」


「おお!」


「それなら確かに!!」


「俺達なら簡単にできそうだな!!」


「よし、早速やってみるか!!」


「ちょっと待ってくれ!!!」


 盛り上がる一同の中に、反対意見が上がった。


「いくらなんでも山賊団になるっていうのは早計すぎやしないだろうか?」


「じゃあお前他に何か方法があるっていうのかよっ??!」


「いや、だから食べ物はお金で買うべきであって盗むもんじゃ」


「その金がなくなりかけてるんだろーがっ!!」


「いや。ルビコンの言う通りかもしれない」


 杖を持った若者は意外な事に反対意見を出した者の考えをくみ取った。


「村長の言うとおり、国の都は発達している。ならひょっとしたら、そこには食料が沢山あって、安く手に入るかもしれない。まとまった量が手に入ったなら、俺達は山賊になる必要はない」


「だ、だよな?」


「ただ、もしそうでない場合は本気で俺達は山賊をやる。ルビコン達は飛行魔法なり高速移動魔法なりでローランを目指してくれ。俺達は必要最低限の食料を『補給』しながらとりあえず歩いて移動する。あくまで山賊は嫌だ。そういう連中はここで別れて、後は好きに行動していい」

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