第18話ところで、一万人の西洋風の兵であるが

 それは三日ほど前のことであった。


 西梁国中部の山中を天主教国風の鎧装束に身を固めた一群が歩いていた。

 その数、おおよそ一万人。

 彼らはどこから来たのであろう。それは皆天主教国風の鎧を着ているのだから、天主教国の者に決まっている。

 髪も金髪碧眼であったり、或いは翠であったり、桃色であったり。

 間違いない。彼は天主教の民だ。

 今この場に央原の民がいて、彼らを見ればそう思うであろう。

 なぜならば央原の民は大概が黒髪黒目だ。

 ただ、北方の雪の多い地方に行けば産まれた赤子だというのに老人のように髪が白い種族であるとか、南には冬が訪れず、太陽の熱に肌を焼かれ、炭のような色の顔の種族が住む国があるという。

 それにしても奇妙だ。

 これだけの人数、仮に船で来たとすれば相当の大船団のはずだ。百艘は船旅にいるのではないか。

 それだけの船が一度に来航したのならば、例え貿易を求める親善団であっても都に急使が走るはずだが。

 ならば陸路であろうか?

 楼蘭の都は街道沿いにある。この場所からおおよそ五十里ほど北西だ。

 どうして彼らはこんな山中に歩いているのか。

 ふと。屈強な戦士の一人が立ち止まる。

 彼は眼の前に右の人差指を突き出した。障子を破るように。

 これは一体何をしているのか?そこには何もないはずだ。

 あるとすれば、空気くらいだ。


「おい、俺大ダメージ受けてるぞっ!!!」


 彼は叫んだ。


「ああ?毒キノコでも食ったんじゃねぇの?」


「違う!そうじゃない!いつの間にか十万も減っているぞ!!!」


「何言っているんだお前?そんだけ減っていたら普通死ぬだろ?」


「俺は課金と、オクで購入した最大HP増加装備で三百万越えしているんだぞっ!!!」


 オク、とはオークションのことだろう。しかし最大HP、とはなんのことであろうか。

 まったくわからない。


「おいお前、空腹度を確認してみろ」


「空腹度?」


 彼の隣にいた、杖をついた若い男が語りかける。

 奇妙な井出達だ。背筋は十代の若者らしく、真っ直ぐと伸びている。老人が使うような杖など、彼には必要ないではないか。


「空腹度は15分ごとに1減少する。おおよそ24時間でゼロ、だ」


「それがどうした?」


「公式サイトのプレイングマニュアルを読んだことないのか?空腹度がゼロになると体力の自然回復がなくなるどころか減少し始める。渇求度がゼロの場合は魔力がガンガン減っていく」


「そんなの始めて知ったぞ?」


「しかも減少率はパーセンテージで計算されるからな。お前のようにHP増加課金や装備を使いまくりの奴ほど空腹によるダメージが大きくなるんだ」


「じゃあこのままだと俺は餓死するのか?」


 何を当たり前のことを言っているのだろう。この天主教人は。呑まず食わずでいれば、人間は遠からず餓死するに決まっているではないか。


「だから適度に食べ物や水をアイテムとして使用して回復させなければいけないわ被害がけだが」


 杖を持った青年は水溜りに近づくと手ですくい、一口。泥水を呑んだ。


「やっぱり酷い味だな。だが一応渇求度は回復する。一応飲んでおけ」


「どこのイギリス人令嬢だ俺は」


 イギリスという国では、嫁入り前の娘が泥水を飲むものらしい。


「流石にそこらへんに食べ物が転がってるなんて都合のいい事があるわけないよな。とりあえずさっき作ったオニギリがある。俺のぶんをとりあえず喰え」


「いいのか?」


「万単位のHPを回復させるポーションの数と、オニギリを食わして自然回復させるのと天秤にかけたら、どっちが効率いいかわかるだろう?」


「はは。すまないな」


 屈強な戦士はおにぎりを受け取り、口にしようとした。

 そのおにぎりを横から伸びた手が掠めとる。


「おい、何をする・・・?」


 その相手は、紫色のローブを着て、杖を持った骸骨であった。


「なんだよ、お前には食事不要のスキルがあるだろう?」


 食事不要?スキル?彼は何を言っているのだろう?そもそも眼の前に『不化骨』がいるのだ。もっと警戒したらどうなのだろう。

 骸骨は黙っておにぎりを口に放り込んだ。

 噛み砕かれたお米は、胃袋のない腹を素通り、足元に落ちる。


「空腹度が、かいふくしなあいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!!!!!!!!」


 絶叫と共に、『不化骨』は生きている人間達に襲い掛かった。それが合図だった。

 一万人の人間達の中に、『不化骨』の術者、或いは剣客が数百名も紛れ込んでいたのである。

どうして気づかなかっただろう!!

 別に兜をしていただとか、外套をすっぽり被っていたとかではない。

 驚くべきことに白い頭蓋骨を露わにしたまま、何里も生者と共に歩いていたのだ。

 生者の命を求め、襲い来る亡者の奇襲により、千人余りの天主教人が命を落とした。

 激しい戦いの最中、黒髪黒糸縅の鎧に身を包んだ女暗殺者が行方不明になった。

 だが、誰も気に留めなかった。

 怪我人の治療に忙しかったし、まだ形を残している死体に希少な蘇生の秘薬を与えることに忙しかったからだ。

 そして、夜が、明けた。

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