第16話食用に適さないニワトリ


 城門の前にいたその生き物は、確かに一目で人外の存在だとわかる物であった。

 紅鎧城を警備する兵士達が遠巻きするその中心点に、壱羽の雄鶏がいた。いや、雄鶏ならば人間の顔などへばりついてはいないだろう。髪はなく、代わりにニワトリらしく真っ赤なトサカがついている。


「鳬徑(フケイ)か。白昼堂々人里に降りてくる際の礼儀作法くらいはわきまえているようだな」



 鳬徑と呼ばれた雄鶏は、顔を90度曲げたまま返答した。人間であれば首を骨折して死んでいるだろう。


「鄭国様。こいつと知り合いなんですか?」


 兵士の一人が不安げな面持ちで尋ねる。


「お前達。私が崑崙山で修業した仙道だと言う話は聞いているか?」


「崑崙山?」


 兵士達の中にはその地名を聞いた事をある者もいれば無い者も当然いる。聞き返してきたのは当然仙術にあまり詳しくない者である。


「この世界には俗世を離れ、仙術の修行の場に打ち込む霊山が存在する。それが崑崙山だ。崑崙山で修業を積んだ者には各種の神通力が備わったり、宝具(パオペェ)と称される仙人にしか扱えぬ秘宝が伝授されたり、不老長寿となったりする」


「へぇ、じゃあその崑崙山ていうところで修行すれば誰でも超能力が使えるようになって、

不死身になれるんですね。僕もそこで修行しようかな?」


 だが鄭国は首を振って兵士の考えを否定する。


「いや不死身ではなくあくまで老化速度遅くなったり、寿命が伸ばせるだけだ。病気や事故。人為的な外的要因によって仙人が死亡することなどいくらでもある」


「なんだ。仙人ってたいしたことないんですね」


 兵士はそう言った。


「それは違うな。私は天竺より西にあるの天主教国に羅刹王母様の使いで手紙を配達しにいったが、その際かの国を見聞してまいった。すると魔法学科という、金持も貧民も仙術も学べる寺子屋が街中に設立されていたのだが」


「それは大変便利ですね。山奥の崑崙山に行かねば仙術を学べない西梁国よりもよっぽど発達しています。流石ですよ天主教国は!」


 だが、鄭国はその兵士の考えをあっさりと否定した。


「いや君の思っているものとはまったく違う。実に酷い学舎であったな。国立の学者、つまり民の税金で豪勢な施設が建てられている。それについて君、どう思う?」


「仙術を研究する施設なのでしょう?でしたら金をかけるのは当然の事です」


 一兵士としては正し過ぎる見識であった。


「君の言うとおりだ。だが私が天主教の国々で見た魔法学科というのはそうじゃないんだ。そのどれもこれもが金持の、あるいは王侯貴族の子息が遊び惚ける為の娯楽施設と化している。これでは賭博場、または遊郭と変わらん。そのくせ貴族連中は働きながら学費をねん出する平民の学生達を見下し、暇があれば危害を加えようと画策している」


「まぁどこの国にも傲慢な貴族はいますからね」


「それだけではなく、覚えたての仙術をたいした理由もなく街中で使い、我が物顔で暴れまわる。央原の地にある国家と違い、天主教の国そのどれもが国が乱れ、農地は疲弊し、民は苦しんでいるのは半分は魔法学科の生徒のせいであろうな」


「な、なにもそこまで言わなくても」


「魔法学科自体も問題だ。学校の募集要項とやらを読んでみたが我が校で仙術を学べばどんな劣等生であっても国一つ吹き飛ばす強力無比な破壊魔法が習得でき、不老不死の肉体を得ることができると書いてあった」


「それは凄いですね!で、講義は受けてきたのですか?」


「そうだな。今度城中の、いや街の警備にあたる兵士全員を集めて誇大広告禁止法について説明しよう」



 雄鶏は再度鄭国と、城の警備兵達に声掛けした。


「ああ。済まなかったな。こいつは、鳬徑は私と同じ崑崙山で修業を積んだ仙人だ」


「この化け鳥がですか?!」


「そんな驚くこともないだろう。崑崙山の教主であらせられる元始天尊様は四劫に生きるすべての存在に平等に接する立派な御仁だ。崑崙山では人でも動物でも志あるものならば誰でも仙道の修行を積む事ができる。実際、この西梁国は人以外の支配する辺境国とも交易があるだろう」


「確かに時折化け物様な連中が羅刹王母様に貢物を持って参りますが・・・」


「この鳬徑は私の兄弟弟子。ただ、他の連中と違って多少素行に難があるが」



 鳬徑はニタニタ笑いながら自分でそう言った。



「忠告だと?」


 鄭国は鳬徑に尋ねる。



 屠城とは、侵略した軍隊、あるいは盗賊団がその街の住人を皆殺しにし、財産を根こそぎ奪っていくことである。


「な、それは本当か?!」



 その情報を教えると、紅鎧城の城門に尾羽を向け、鳬徑はゆっくりと歩み帰ろうとした。が、ふと立ち止まり、首を百八十度曲げて、鄭国の方に向けた。



「いや。私の友人の仏僧が貼ってくれたものだが」


 鄭国は正直に答えた。



「その必要はないだろう。今度来るときも白昼堂々正面から来てくれ。茶ぐらい振る舞ってやる」


 鄭国は鳬徑の頼みをやんわりとお断りする。


「鄭国様。早馬を出して羅刹王母を呼び戻した方がよろしいのでは?」


「そうですよ。出立なされてからまだ一日。急げば中継地の山西にて連絡がとれるはずです至急書(フミ)をっ!!」


 だが、兵士達の進言を鄭国は一蹴した。


「いや。羅刹王母様を呼び戻す必要はない。六日後に現れるという一万人の軍勢は、羅刹王母様抜きで挑む」


「それで我々は勝てるのですか?」


「理由は二つある。まず一つ目に羅刹王母様はこの西梁国を統治する女皇として立派な御仁だということだ」


「いいことではありませんか」


「それが問題なのだ。あのお方に長く仕えている私が言うのもなんだが、彼女は自分が統治する国の民その万民の一切合切をすべて救おうとなさるであろう」


「いいことではありませんか。何か問題でも?」


「そのすべての民を護ろうとする行為が問題なのだ。おそらく一万の軍勢が迫りつつあると知れば

それらから街道筋の街や村の住人すべてを護ろうとすべく軍を派遣せよと命ぜられるはずだ」


「いいことではありませんか。何か問題でも?」


「小さな町や村その一つ一つすべてに兵士を配置していくと一か所辺りを守備する兵の人数がどうしても少なくなってしまうのだ。それに対して自由自在にこの楼蘭の大都への侵攻経路を選択できる侵略者は常に一万人で移動、そして攻撃できる。これだけの大軍が相手では、間違いなく各個撃破されてしまう」


「では、どうすれば?」


「まず大都に近い近隣の村すべてを見捨てる」


 鄭国は冷淡に言い放った。


「さらに訓練を名目に街道沿いの都市から兵を大都に集める。いやこの際だ。国境沿いの兵も半分は戻しておくかこれなら軽く十万は正規兵を都の守備に回せるはずだ」


「しかし、そんなことをしたら住民に被害が出ます!!」


「出るだろうな。特に今の作戦を羅刹王母様がお聞きになられたら私を殴り殺してでも反対するはずだ。だから我々は鳬徑の助言など聞かなかった。ただ単に西梁の軍全体の規律を保つ為の臨時の軍事演習である」


「だからといって・・・」


 兵士達は鄭国の命令に従うのに不服そうであった。当然である。


「もう一つの理由というのは」


「聞く必要なんてないね!」


「そうだ!人々を護るのが我ら兵士の本分であろう!!」


「然り!然り!」


「一万の賊軍と全力で戦う。だが?万一我らが敗北したとしても、羅刹王母様は必ず生き残る。なにせこの楼蘭の都にいないのだからな」


「それってつまりどういうことだ?」


「我々が賊軍に負けることがあっても、羅刹王母様が必ずやその仇を取ってくださるはずだ。不服か?」

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