第14話聞いた事のある昔話

 三日後。

 山西の都近くの港に船は到着した。

 積荷の一部積み下ろしと水と食料の補給を兼ねて半日ほど停泊。その後再び東安に向けて出港する。前半三日。後半三日。途中休憩半日。で、一週間である。

 この船旅の間、優曇華院の祈祷のおかげであったのか。

 妖怪の類に出くわす事もなく。海賊(河だが)に遭遇する事もなく。

 空は青く、昼は太陽が、夜は月に照らされ。嵐どころか雨粒一つ降ることなく。

 船旅は至って順調であった。

 かと言って退屈だったわけではなかった。


「もともとこの宇宙には何もありませんでした。卵の黄身と白身ように陰と陽。二つの気が混ざりあった状態これを混沌と呼びます。御仏は宇宙が誕生する遥か以前よりも存在し、この世に大地と天を御創りになったのです。つまり『私が天に立つ』と言う傲慢な者がいたとしても、その者よりも御仏の方がずっと偉いのです」


 乗船船暇を持て余した乗客たち。仕事の休憩時間の船員などを集め、優曇華院が説法を行っていた。それを聞く代表額と言えば、当然ながらアイリーシャである。

 羅刹王母はあっちの方で、船のマストに足を組みつかせ、腹筋のトレーニングをしている。八戒はと言えば、船員たちに混じって綱を引っ張り、船の帆を調整していた。

 必然的に優曇華院の説法を毎回聞くのはアイリーシャのお仕事。ということになる。


「最初は一つであった天と地も、一日ごとに一丈(2.25メートル)ずつ離れていきます。これが一万と八千年ほど続き、やがて天と地は完全に二つに別れたのです。それから御仏は人を御創りになりました。黄土を丹念にこね、人の形にすると、それに命を吹き込んだのです。最初のうちは泥の中に紐をたらし、引き上げた紐から落ちる泥から人間を創るという方法を取っていました。ですが人間の命には限りがあり、せっかく創った人間もやがては死んでしまいます。そこで人を男と女に分け、結婚をさせることで自然に増えるようにしたのです」


 それはアイリーシャが故郷ガロアにいた頃より司祭なり母親なりから毎日のように聞かさせていた神による天地創造のないようであった。

 まぁ仕方ない。『優曇華院は自分と同じ神を信じる尼僧で、その教えを広めるのが彼女の仕事なのだ』。アイリーシャはその様にとらえている。


「御仏が人類を創った後、ある日恐ろしい事件が起きました。天地を繋ぐ天柱の一本が折れ、地を繋ぐ地維が切れたため天地が傾き、大地は裂け、天は崩れ落ちてしまいました。これに続いて裂けた大地からは火炎が吹き上げては消えず、河川は氾濫し、海からは津波が押し寄せます。この光景を見て御仏は善良な心を持つ人々に五色に光る船を与え、その船に地上に生きるすべての生き物を乗せて避難させたのです。そして洪水の元凶である黒き龍を殺し、芦を焼いた灰を積んで洪水を制圧しました。かつしてすべての災いは十日後に終わり、御仏によって世界は救われたのです」


 まぁ、聞き覚えのある内容である。アイリーシャは思った。そういえば二年ぶりだな。僧侶から箱舟の話なんて聞くのは。

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