第13話活気溢れる暗い船蔵
アイリーシャ達が辿り着いた船の最下層は貨物室であった。
昼なお薄暗い貨物庫の内部を蝋燭も使わず内部を見渡すことができるのは奥天井部に見える搬入口が開いており、そこから太陽の光が差し込んでいるからだ。倉庫の内部には木樽。木箱。穀物か何かが詰まっているであろう麻袋。陶器製の大きな壺などが並べられている。
大きな壺は船が波で揺られた際に壺同士でぶつかって割れてしまわないよう、隙間の部分に折り畳まれた毛布の様なものが詰められていた。
貨物室に降りたアイリーシャ達を出迎えてくれたのは人ならずモノであった。その正体は一匹の白い猫。
「なぁ~ん」
愛らしい鳴き声と共にまるで挨拶するかのようにアイリーシャの前にその白猫は座る。
「まぁ可愛い猫」
抱き上げようとしたアイリーシャはそのまま動かなくなった。
白猫は、ゴキブリを咥えていた。白猫は咥えていたゴキブリを差し出すように優曇華院の前に置く。
「賢い猫でしょう。猫は船の、いえ食料庫の守護神です」
優曇華院は小さな布袋を取り出すとゴキブリの死骸をその中に放り込んだ。
「ゴキブリ、ネズミといった招かれざる乗船者は木樽を齧り、飲料水や食料を喰い漁ります。ですが猫がいれば彼らを知らぬ間に仕留めてくれるのです。番犬ならぬ番猫は船旅には欠かせません」
優曇華院はそう言いながら白猫を抱き上げてやった。
「実際活躍しているようだな」
羅刹王母は働き者の白猫を褒め称えた。
「ここには船員や乗客のための飲み水や食料も保管されていますからね」
「具体的にはどんなものが仕舞われておるのだ?」
「米。麦。塩漬けされた野菜や干した肉。日持ちするものが基本です。鶏肉、豚肉などですね」
天井からぶら下がる鶏肉の剥き身を揉みしだきながら優曇華院は教えてくれる。
「食料品の他には何がある?」
「貨客船ですので交易の品を。紬(紬糸で製造された耐久性に優れる日常衣料の原料)、絹、布匹(木綿地の織物)、磁器、紙。そして」
優曇華院は鍵のかかった箱を開けた。
「この紗羅(サラ)ですね」
箱の中に入っていたのは布地の薄い絹織物であった。
「き、綺麗な布ですね。この布は一体?」
ようやくゴキブリのショックから立ち直ったアイリーシャが尋ねる。
「妾の鎧の草摺りの部分と同じ布だ。尻や赤ん坊を出す穴優しく包むの使っておるぞ」
羅刹王母はその鍛え上げられた腹直菌下部にある、腸腰筋に沿って存在する錐体筋を覆い隠す様に垂れ下がる布地をひらひらと持ち上げながら言った。
「下だけでなく、上の部分にも使っておる。鎧の内側にこれと同じ素材の布地をはりつけておるのだぞ」
「羅刹王母様。そんな下品な事を言って恥ずかしくないんですか?」
「何を言うのだ逢璃紗。この場には女しかおらんぞ?」
「そうですよ逢璃紗さん。恥ずかしがる理由なんてありません」
二人に言われて、アイリーシャは気が付いた。あ、八戒さん完全に家畜扱いだ。男性扱いされてない。
「鎧の内側を柔らかい布にすることでな。乳房の突起が擦れずに大変に肌に良い。また、ちょっと肌着をずらすだけで用も足せるので大変便利だ」
「ええ。実は下着として私も愛用しているのですが。紗羅の肌着は大変着心地が良いと評判であちこちの大店で比較的高値で取引されるのです」
優曇華院はそして紗羅の布地が入った箱に鍵をかけた。
「もっとも、この船に積まれた目玉商品はこれではないのですが」
そう言って優曇華院は大きな木箱の蓋を開けた。当然ながら鍵はかかっていない。
「靴?」
そう靴である。なんの変てつもない只の靴だ。
「ただの靴に見えますが」
一つ手に取り、内側を覗きんだり、逆さにして靴底を眺めてみたが、やはりアイリーシャには単なる靴に見えた。
「ええ今は布靴です。山西の街で一度卸します」
「山西?」
「なんでも岩から染み出す油が出る不可思議な山が近隣にあるとかで。臭いが酷くて料理には使えないのだそうですが」
「そんな変な物に使い道があるのですか?」
「薄くのばして、この布靴に塗るのですよ。するとどうなると思います?」
「どうなのですか?」
まったく想像がつかなかったので、アイリーシャは優曇華院に回答を聞くことにした。
「油は水を弾きます。ですから、雨の日でも足を濡らさずに済む濡れない靴が出来上がるんですよ」
「どうしてその山西の街で靴を造らないのですか?」
「産地とか特産物とかいうものらしいです。楼蘭の都の周辺では布が多く取れるのでそれを利用したものが造られているそうなのです。そして、都の近郊の村で製造された靴を船で山西の街まで運び、そこで仕上げをし、出来上がった製品を各地の市場に持って行って販売する」
「随分と手間がかかりますね。どうして楼蘭の都で仕上げまでやらないんですか?」
「仕上げには岩油がいるのですよ。都までそれを割れやすい壺に入れて運びますか?それとも液体が漏れる木箱に入れて運びますか?」
優曇華院は米の入った樽を開け、アイリーシャに見せるように中のお米を左手ですくって、すぐに戻した。
「そういえば鄭国が以前岩油について話してくれたことがあったな。そこで妾がおもいついたのだ。『塹壕を掘って底に岩油を流せば敵兵を一度に焼き殺せるのではないか』とな」
「なかなかいいアイデアですね」
「そう思うであろう?だが鄭国に一蹴されてな」
「どうしてです?」
「『岩油の採れる山西の都までは船で三日。徒歩で一週間かかります。楼蘭の都までわざわざ大量の油を運ぶのですか?可燃物ですよ?途中で漏れます。事故が起きます。非効率的すぎます!!採掘地付近で使用する防衛戦ならいざしらず、敵地侵攻で塹壕戦だの敵陣に油を蒔くだの非効率極まりないっ!!私ならもっと重要な物をもっていきますよ!!一万人の兵全部に一升の油を持たせだぁ?!だったらこれから己の生き死にをかけて戦う兵士全部に一升の米袋と一升の水。そして、一巻の包帯を持たせてあげてくださいよっ!!この楼蘭の産物は米と、水と、包帯にも使える綺麗な布地なんですよっ!!!』」
羅刹王母は鄭国の真似をして、
「偉く剣幕で説教されてしまったわ。実際武器と防具だけでなく、兵士全部に米と水と包帯を支給するという、鄭国の発案は間違ってはおらんからな」
そうしなだれた。
「確かにこの船では岩油は運びません。同じ船倉に食料があるので岩油の悪臭が染みついてしまうでしょうし。まぁ農繁期には収穫された米穀や大豆などを積み込み、それを山間の林業の盛んな村落の
近くで降ろして代わりに材木を積み込むこともあるのですよ」
優曇華院はすぐそばにあった大きな瓶を触りながら言う。
「この船の中にある液体は水と酒。あとは醤油や食用油くらいなものですから」
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