第12話活気あふれる明るい甲板

 優曇華院に案内され、アイリーシャ達は船室に向かう。その途中、甲板上で奇妙な行為をしている船員を見かけた。木製の十字架に似た道具を持って太陽を見ている船員がいる。いや、それは十字架ではない。邪教徒が持つような、一本横棒が多い十字架であった。


「あの男は何者ですか?」


 アイリーシャは警戒心をむき出しにし、優曇華院に尋ねた。


「あの男ですか?航海士ですが」


 優曇華院はそのように言った。


「航海士?」


 それを聞いて懐疑的な表情を浮かべるアイリーシャ。


「航海士ならば羅針盤を使うのでは?あの男の持っている奇妙な棒切れはなんのですか?」


「羅針盤なんかに頼る船乗りは方向のわからない未熟者なんだブフー」


 八戒が言った。


「逢璃紗よ。お前の故郷の天主教の国々ではどうかは知らぬが、この央原においては計測棒を用い、昼間は太陽の位置、夜は北極の星の位置で船の場所を知るのが船乗りの常でな」


 羅刹王母はそのように語るが、アイリーシャにとって方角を知るための道具といえば羅針盤である。計測棒など初めて聞いた。


「しかし、雨の日など、空の様子を伺い知ることができない日はどうなさるのです?」


「逢璃紗よ。この世は広い。当然海は広い。世の中には羅針盤を狂わす海域や、島があるそうだぞ?」


「それは真でございますか?」


「実際に行って帰って来たもの話によれば、その島には壊れた西洋舟と、無数の西洋人の白骨死体と、そして壊れた方位磁石があったそうだぞ?」


 階段を降りて一階層下へ。長い木の棒を持った男達が木の駒を板に乗せて遊んでいた。どうやらチェスに似た遊びをしているようだ。


「彼らは兵士です。水に住む妖怪、あるいは海賊と戦うの仕事です。まぁここは河なので海賊といのも変な気がしますが」


「人数が少ないようだな」


 待機部屋に座る兵の人数を目算で数えた羅刹王母が見解を述べる。


「ここは楼蘭の都に近いだけあって海賊盗賊は勿論魑魅魍魎の出没も皆無なのです。船に乗せる兵もただのお飾り。もっとも海に近づけば妖怪の類もいるやも知れませんので油断は禁物ですが」


 室内にはいくつかの大砲も確認できる。船に撃つのかあるいは大きな水の怪物に撃つものであろうか。室内の壁には木窓があり、使うときはそこを開いて使用するらしかった。


「飾りって、あんな木の棒だけで彼らは戦えるのですか?」


 アイリーシャは流石に心配になった。数もそうだが、彼ら兵士の装備が心もとない。鎧もつけていないし、短い剣と棒切れしかもっていないようだったからだ。


「あれは火縄銃だブフー?」


「おいおい。逢璃紗よ。いくらなんでもお主の故郷にも大砲と銃くらいはあるであろう?」


 ああそういえば。大砲と共にマスケットとかいう者を扱う武器商人がいたようないなかったような。あれに似たような形をしている。只の木の棒きれに見えるが、きっと皆優秀な魔法使いなのであろう。

 船内の廊下を進む。通りがかった部屋から香ばしい匂いが漂ってくる。楼蘭の都にあった飲食店、花月楼で嗅いだのと同じような香りであった。


「こちらは厨房です。調理師がいて朝昼晩と食事を用意致します」


 調理場を覗くと、カマドの前に椅子に座った女性がいる。


「椅子に座ったまま料理するんですか?」


「え?ああ。あの御婦人ですか?船には様々な仕事をする人がおりますが料理人は片足がなくても務まる仕事なのです」


「ブフー。ちょっと生臭いんだブフー」


「それは魚を料理しているからですよ」


 優曇華院が説明する。

 階段を降りてさらに下へ。

すぐの部屋には『医師又薬剤師募集中』の張り紙がしてあった。


「ここには医師が乗り込み、万一の際に乗員や乗客の手当てをするべきなのですが生憎欠員となっております。此度は外洋に出るわけでもありませんし、少々の怪我人なら私が見ることになります」


「どうして医師を乗せるのですか。優曇華院さんが魔術で治せるならなんにも心配はないはずでは?」


「疫病が法術で治ったら隔離室なんていりません」


 アイリーシャの問いに優曇華院はそう答えた。


「じゃあもし病人が出たらどうするのですか?」


「簡単なものなら大丈夫でしょう。外洋に出ることもなく、河川を河口近くまで下るだけの短い旅ですから。ですが仮に疫病患者が出たら大流行を防ぐ為に帰港する前に使っていた毛布に包んで水葬に致します。すべては御仏の御意思です」


 アイリーシャは思った。それでええんかい。

 空っぽの医務室を過ぎると船室である。

 船室が連なる真っ直ぐな通路の奥には、さらに下層に繋がる降り階段があった。


「優曇華院。この奥の階段下は貨物室だな?」


 羅刹王母が確認する。


「ええ。そうです。木箱や樽を直接甲板から入れる入り口もありますが船内からはこちらから貨物室に繋がっています」


「逢璃紗に見物させてもよいか?」


「もちろんいいですよ。御仏もお喜びになるでしょう」


 優曇華院の、いや御仏の許可も出たので一行は最下層の貨物室に降りることとなった。

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