第10話公務という名前の観光旅行

「逢璃紗は妾の娘となった。今度こそ異存はあるまいな?」


「はっ。そういう事でございましたら」


 羅刹王母はその決定に鄭国は素直に従った。

 謁見の間で逢璃紗に外出着の着替えを手伝わせているまぁ養女ということなら特段に反論する理由もない。


「それではさっそくだが八戒」


「ブフー。鄭国さんに御仕事なんだブフー」


 八戒は大量の紙束や巻物を抱えて持ってくると、それらをすべて鄭国の前にぶちまけた。


「これは?」


「昨日お主とその配下の者達が壊した南大通り沿いの店舗の主達からの抗議文と損害賠償の請求書だ。法的に問題なくてもそれ相応の対応をせねばならん。怪我人も少なからず出ておるしな」


「損害と言われましてもどの店の持ち主もこれまで通り営業を続けられるはずでございます。

道路側を店。奥側を倉庫及び住居として使っているはずです。少なくとも売り物になる商品はそっくりそのまま残っているはずですのでそのまま商売は続けられると思いますが」


「世の中お前が考える通り単純なものではないのだ」


「と、おっしゃいますと?」


「その抗議文を送りつけた連中に対し、心からのお詫びのお手紙をお書きしろ。直ち損害賠償の請求には一切応じるな。変な前例を造ると連中をつけ上がらせる事になるのでな」


「承知いたしました。今回の南大通りの路面の『ゴミ掃除』がすべて正当な物であることを法律的な根拠を交えて丁重な返礼をお書きいたします。また送付した手紙を改ざんされて役所に届けられたりする事もないよう、文書には予め写しを取って置くことにいたしましょう」


「完美であるぞ。鄭国」


「お褒めに預かり恐悦至極に存じます」


「では妾達は二週間ほど城を留守にする」


「後は宜しくお願いするんだブフー」


 背中に旅行用の大量の荷物を背負った八戒と共に羅刹王母は玉座から立ち上がった。


「お待ちください。城を開けるとは?」


「決まっておろう。皇后としての務めをするのだ」


 引き留める鄭国に羅刹王母は容易く言ってのける。


「まさか人に厄介な仕事を押し付けておきながら自分は物見遊山に行こうなどと考えておりますまいね?」


「そのようなことではない。事は四年ほど前に遡る。東方に海沿いに東安という都があるのだがそれに近い山沿いの村に神仙道を考究に励んでいる者がおってな。名を至尤(シユウ)と申す」


「羅刹王母様。シンセンドーというのは」


「母と呼んで良いと言ったはずだが逢璃紗よ?」


「え?は、はい。では母上。そのシンセンドーというのは一体何なのでございますか?」


「不老不死の妙薬を造る技術だ。錬丹術と呼ばれ、この央原の地で古くから行われてきた」


「もっとも、未だに実際に不死身になったものはおりませぬがね」


 鄭国は笑った。なんだが酷く愉快そうだ。


「だが、この至尤という者は少々毛色が違っておってな」


「と、言いますと?」


「不老不死の薬自体は造れなんだが、それ以外の役立つ薬を次々と産み出しているらしいのだ。

石を削りとり、それを餌に混ぜるだけで豚がみるみる太っていく。あるいは畑に白い粉をまくと

手入れもせずに毛虫が朽ち、立派な作物が育つとか」


「ブフー。だから是非とも臣下になってほしいと、羅刹王母様直々にその村に交渉に行ったんだなフブー」


「それで。その至尤という者は?」


「それがだな・・・」


 鄭国に問われ、羅刹王母は額を押さえた。


「妾はいらぬと言ったのだが、文官や武官が護衛が必要だろうと進言してな。結局一万人ほどの兵を連れて行くことになった。それがいけなかった。道中も帰り道も盗賊も魑魅魍魎も獣の類にも出くわさなかったのだがな。肝心の至尤の機嫌を偉く損ねてしまったのだ。こんな小さな村を、かような大軍を連れ、攻め滅ぼす気か。とな」


「確かに人に頼む者の態度には思われなかったかもしれませんね」


「そこで翌年八戒のみを連れ、改めて臣下になっては頂けぬとか頭を下げに行ったのだ。すると誠意が通じてな。三年連続同じ日に訪問してくれたなら、妾の家臣になってもよいとの承諾を得た」


「それで今年がその三年目なんだブフー」


「この機会を逃す訳にはいかんのでな。そうゆうわけだ。では行ってくる」


 羅刹王母は鄭国に理由を告げ、謁見の間から出ていく。そして、部屋の出口でアイリーシャの方に振り返った。


「何をしておる。お前もついてくるのだぞ逢璃紗」


「え?わたくしも?」


「お前以外の誰が妾の髪と体を洗うのだ?」

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