第7話竜を飼う宮殿

 楼蘭大都内の宿に泊まって翌朝。アイリーシャと鄭国は紅鎧城の正門前にいた。


「あっ!貴様たちはっ!」


 アイリーシャ達の姿を見るなり警戒心を剥き出しにする城の衛兵。

 アイリーシャ、というより鄭国を警戒しての事なのだが。


「貴様らのせいで昨日は大変だったのだぞっ!」


「然り!然り!」


「具体的にはどのように大変だったのでしょうか?」


 鄭国がアイリーシャの一歩前に出、盾になる様に尋ねる。


「簡単な話だっ!貴様とその手勢の狼藉者どもが」


『狼藉者って誰のことだ?』


 城の衛兵の隣に青い鎧を着込んだ男が立っていた。首輪鴉の首領である。

 無論彼が居合わせたのも偶然ではなく、予めタイミングを計って来るように手配しておいたのだ。


「あ。いえ。首領さんには昨日大変にお世話になったと話しておいたところでして・・・」


「然り!然り!」


 力には弱いのか。微妙に下手に出る衛兵達。


『そっかそっか!そりゃあよかったな!で、昨日俺達が壊した危険物。だっけか?あれあんだろ?』


「危険物、で、ありますか?」


『そ。こいつだよ。こいつ』


 首領は『こいつ』を衛兵に見せた。それはかつて店の軒先部分であった木材である。


「そんな瓦礫をどうなさるおつもりで?」


『よくよく考えてみたらさぁ。こいつも立派なお宝だったわぁ』


 木材を大事そうに抱えて首輪鶏の首領は言った。


「宝。で、ありますか?」


『薪になるだろ?』


「そ、そうですね。確かに材木ですから薪として使えますが・・・」


『じゃ、全部貰っていくぜ』


「貰っていくぜ!」


「ヒャア!頂だぁ!!」


 東の方から現れた首輪鴉の傭兵団、その方角には彼らが宿泊所として利用している兵舎がある、は南大通りに放置された店の残骸を拾うと次々と荷車に積み込み始めた。


「いやあ。いい仕事なさる皆さまですねぇ。これなら今日中にこの通りが綺麗になって、人や荷物の往来が活発になるでしょう」


「これでいいの?」


 アイリーシャの問いに鄭国はこう答えた。


「何も人殺しをだけが兵の仕事ではありませんよ。橋や道路を造る事だってありますから」


「それって兵隊のやる仕事なのかしら?」


「大勢の兵や荷物が目的地を小さな川を渡る時、いちいち小舟に乗り換えるよりもいっそ橋を造ってしまった方が効率がよいこともあるんですよ」


 アイリーシャは鄭国の後に続き、長い廊下を歩く。


 廊下はアイリーシャが産まれ育ったガロアの王城と違い、石材やレンガ造りの建物ではない。間違いなく木製。壁や天井材は間違いなく彩鮮やかな赤を色調とし、廊下には所々陶磁器製の高級そうな大きな壺が置かれている。

 壁面には昨日羅刹王墓が注文した拉麺とやらのどんぶりと同じ紋様が描かれている。


 時折すれ違う文官らしき老人、女官達とすれ違う。彼らもまた、この地方の人間が着るような衣装の服を着こなしていた。それらは鄭国の普段着とよく似た構造であり、当然ながら布製であった。


「おや?鄭国じゃないか」


 ひょいと通路脇の部屋から顔を出した白装束の男が声かけた。


「お久しぶりです。給仕長殿」


 一礼する鄭国。アイリーシャも習って頭を下げた。


「これより羅刹王母様に旅の報告をしに参ります」


「そうかい。じゃ。がんばってな」


 と言いつつ給仕長は厨房から配膳台車と共に出てくる。その上に山と乗っているのは。


「肉?」


 そう肉だ。豚。牛。鳥。骨に近い部分。脂身の部分。おそらくは料理に使った際の余りの部分なのであろう。それらが山のように大皿に盛られていた。


「ああ。いつものですね。給仕長殿。これは私達が運んでおきましょう」


「いいのかい?」


「ええ。王母様にご報告するついでですから」


 肉は台車に乗っているので運ぶのは容易い。何も言わず鄭国は配膳台車を押し始める。廊下を抜け、二人は城の中庭に出た。

 そこは実用一辺倒な簡素な物ではなく、公家園林方式と称される中庭であった。人工的に造られた巨大な池と、自然石。樹木と芝生のように高さを揃えられた雑草が織りなす美しい庭園である。

 池を横断するように石造りの歩道がかけられている。橋ではなく、水面すれすれの位置を歩いて散策できるように設計されているようだ。

 湖面のすぐ近くから泳ぐ魚に餌でもやったりするのであろうか。石橋を、池の中央付近まで来た辺りで二人は歩みを止めた。


「アイリーシャ様。池の中に王母様が飼っている生き物がおりますので餌をやってください」


 鄭国に言われ、アイリーシャは庭園の池にいるであろう魚に餌をやることにした。

 長い箸。食事には向かない。おそらくは調理用か料理の取り分け用なのだろう。

それを用いて大きな赤みの肉を一つ。掴み上げる。

 箸の使い方は昨日の料亭で完璧に習熟した。

 アイリーシャが放り投げた赤みの肉は緩やかな放物線を描きながら、八メートルほど離れた水面に落ちた。

 そして、その餌を待っていましたとばかりに投擲された肉に群がる水中の生物群。


「鄭国」


 箸を持ったまま首から下は池の方を向いたままま。頭だけを鄭国の方にアイリーシャは向けた。


「ん?どうかなされましたか?」


「あれはなに?」


「あれでございますか?羅刹王母様配下の軍団の一つが身毒の国に遠征した際に持ち帰ったものです。水龍の子供でしてね。卵の時からこの庭園で育ているのですよ」


「なにが水龍よっ!!思いっきりワニじゃないのよっーーーっ!!!」


 長箸を石橋に叩きつけて喚くアイリーシャ。


 そう。ワニである。細いノコギリのような歯を持ち、腹を地面につけて歩く。体長は4~6m位。川岸で日光浴をするのがするのが大好き。

 それと。

 肉食。人間の手足くらいは簡単にお食べになる。


「そおいえば以前、かなり遠くの国らしききた、異国の剣客達が街の酒場で呑み騒いでおりまして」


「異国の剣客?」


「ここいらの市場では売られていない、珍しい武器防具を装備していましたね。自らを『ボウケンシャ』と名乗り、「ドラゴン?たかだかデカいトカゲだろ?」などと吹聴していてな。よくよく話を聞いてみればそのドラゴンというのは竜族の妖怪の事を言うようで。そこで羅刹王母様の提案により試しにこの庭で飼っている小龍達と戦ってもらう事と相成ったのです」


「そいつらはどうなりました?」


 鄭国はアイリーシャが叩きつけた箸を拾うと、庭の一点を示した。


 そこには洋風のプレートアーマーの残骸らしきものやチェインメイルの他に、四人分ほどの白骨遺体が確認できた。


「後日池をさらったらみつかりました。ガロアではいざ知らず西梁国においては竜は神の使いと言われております。その子供に勝てないとはたいした剣客ではなかったのでしょう」


「事前に池の中にワニがいるって教えてさしあげましょうよ・・・」


「それでは無意味です。なにせこの子竜は守護神ですから」


「守護神?」


 再び鄭国は箸で場所を示した。その方向には池の向こう側に城の壁がある。

 いや。正確には窓がある。朱色の格子戸に、薄い桃色の布地のカーテンが視認出来た。


「あちら羅刹王母様の寝室でして。城にいるときはいつも王母様はあそこで御就寝なされるのです。仮にこの国の頂点に立つ王母様を暗殺しよう。そう考える不届き者がいるとします。見張りの兵が歩いている廊下を避ける場合、当然庭から入ることになります。で、池に小竜がいるのに知らずに飛び込むと」


「翌朝暗殺者の白骨死体が池に浮かぶわけね」


「今はそうでもありませんが、羅刹王母様が即位された頃は毎月のように素性不明の白い骨が庭に転がっていて、餌をやる必要がなかったのですよ」

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