第6話食を央華する
「偉く不満そうでございますね。羅刹王母様」
紅鎧城の正門から出て真っ直ぐに西。料亭街の一角に花月楼という飲食店があった。
アイリーシャとその従者であるはずの鄭国。そしてこの西梁国の女帝らしき羅刹王母はその店の座席の一つにいる。
首輪鴉の傭兵団が南大通りの店先を叩き壊しまくり、略奪の限りを尽くした事で当然ながら一瞬即発の事態となっていた。
だが、事もあろうに街の兵士ではなく乱暴狼藉を働いたはずの傭兵団の方が、
『そんじゃまぁ。お役人を連れてきてどっちが正しいか決めてもらおうじゃねぇか?』
と、役所の審議官を引っ張り出してきたのである。
そして例の国法と登記簿を突きつけ、
「え、あー。うーんと。この盗賊団の」
『俺達は傭兵だ!』
「そうだそうだ!」
「この国の為になることをやっているんだぜっ!!」
「むしろ謝礼を貰ってもいいくらいだぜ?」
「よ、傭兵団の皆さんの言い分が正しいです。警備兵の方々はこの件について不問にするように」
そう簡易に判断すると役所から公証人はもうこれ以上関わり合いたくなさそうに早馬のように役場に戻っていた。
「自分の眼の前で野党のような連中が暴れまわり、それに手出しできんとなれば歯がゆくもなろう」
羅刹王母は酷く不満そうであった。店の店員が注文を取りに来る。
「御注文は?」
「酸辣湯麺(スーラータンメン)」
羅刹王母はお品書きを叩きながら言った。
「では私は麻婆豆腐で。それとご飯」
鄭国は麻婆豆腐を注文した。
「じゃあわたくしは、これと、あとご飯をお願いしますわ」
アイリーシャは『杏仁豆腐』という文字をつつきながら一緒にご飯を頼んだ。
羅刹王母と鄭国は怪訝そうな顔をしたが、アイリーシャは特に疑問に思わなかった。
店員が去ると、話の続きが始まる。
「先ほどから申している通り、彼らはこの国の御正道を正す行いをしていただけでございます」
「妾の目には盗賊の一群が街で乱暴狼藉を働くようにしか見えなかった」
「それは貴女様がこの五年間遊びほうけて政(マツリゴト)をおろそかにしたせいです。内政が安定していれば国内に山賊野党の跋扈する隙間などございません」
「女帝としての仕事ならしているぞ。妾には兵を率いて戦う権限があるからな。時折襲来の知らせがくる妖魔や鬼方の軍勢を討伐に行っておるわ」
「それは軍務です。交易でも農政でもありません」
「ねぇ鄭国」
アイリーシャが鄭国と羅刹王母との会話に割って入る。
「貴方その女性と妙に親しげだけど私の従者なら先にその方を紹介するのが筋というのではなくて?」
「貴女が私の?」
「鄭国がお前の従者とな?」
「ええ。彼は私がガロアを出立した時から私の従者でして」
「何を申す。この者は妾の臣下だぞ」
「えっ?」
アイリーシャは隣に座る鄭国に向いて確認する。
「そうなの?」
「はい。この西梁の遥か西。天竺を越えた先に天主教の国々があるという事がわかっておりましたので。一度御挨拶をしておいたほうがよろしいと羅刹王母様が申され、少々の貢物と親書を携えて私がガロア皇帝ラスカリス殿に謁見してまいりました。そしてその返礼の手紙を御持ちになっているのがこちらいる同国皇帝の姫君アイリーシャ様です。アイリーシャ様お手紙を」
「え?あ。これをどうぞ」
アイリーシャは自分が二年間大事に持っていた父からの親書をこの国の女王である羅刹王母に手渡そうとした。
「それは本物か?」
黒茶色いテーブルの上に頬杖をつきながら羅刹王母は確認する。
「はい。本物でございます」
封蝋もしっかりしてある。当然ながら一度も開封されてはいない。
「では、それは後日謁見の間で受け取ろう。衛兵の連中には話を通しておく。お前の顔はしっかり覚えているであろうからな」
「はい。ありがとうございます」
「嫌味ですよ。今のは」
鄭国は苦笑しながら言った。
「お待たせ致しました。酸辣湯麺。麻婆豆腐。杏仁豆腐。そしてご飯二つです」
店員が注文した品を持ってきた。
羅刹王母は酸辣湯麺を。鄭国は麻婆豆腐とご飯を。そしてアイリーシャは杏仁豆腐とご飯を取った。
知らない人がいるかもしれないので一応説明しておくが、酸辣湯麺とはとろみのあるスープが特徴のヌードルである。小麦を製粉した麺が使用され、具材として豆腐、ニンジン、シイタケ、もやし、玉葱、豚肉などが使用される。これらの構成は店舗によって異なるかもしれない。
鄭国は麻婆豆腐をご飯にかけて食べ始めた。アイリーシャもそれにならい、杏仁豆腐をご飯にかける。
「これだから天主の民は。そんなものがまともに食えるわ」
羅刹王母はそんな馬鹿にするような口調であったが。
「おいひぃいいいいいいいいいいいい!!!!!」
アイリーシャは凄まじい勢いで杏仁豆腐かけご飯をかっこみ始めた。
「しゅ、しゅごいですっ!!か、かようなおいしゅうものがこのよにあったとは!!わらくりかんれきでござりましゅるううう!!!」
「ど、どうなっておるのだ・・・?!」
「さぁ、さぁ・・?もしかしますと疲労した体には甘味がよく効くと申します。長旅で疲れたお体に、薬のような効果をもたらしているのかもしれません」
西梁国産まれの二人が一口食べる間に、アイリーシャは杏仁豆腐かけご飯を完食した。
そして彼女はこう言った。
「おかわりをおねがいいたしますっ!!!」
その頬には、真っ白な杏仁豆腐が大量にくっついていた。
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