第4話白き巨獣の来訪
白き アイリーシャとその従者は街門を守護する警備兵の手荷物検査を受ける。
街の警備兵は小型のうろこ状の札を重ね合わせて造られた鎧を身に着けている。ラメラーアーマーの一種であろうか。
「あの兵士達が身にまとっているのは筒袖鎧という鎧です」
「トーシュガイ?」
「確か、高名な軍師が開発した言われた防具で大変防御力高いものです。装甲の厚い部分なら六百kgの弩弓の直撃にも耐えられます」
「随分と嘘くさいお話ねぇ。それはいつの時代の軍師様で?」
「確か。アルトリエの王が生きておられた四百年前ごろの軍師だと記憶しておりますが。まぁ自慢するような事でもないですし、後で文献で調べればよいでしょう」
兵士達は手に槍や剣を持っていなかった。
長剣を持つ者は少なく、腰には剣の代わりに短刀を差す者が多く、また木製の、奇妙な形の弓を背中の辺りにくくりつけていた。
「あの変な形の弓は?」
「あれは連弩です」
「レンド?」
「通常の弓は一度に矢をつがえ、一発しか撃てません。ですがあの弓は木製の弾倉がついていましてね。内部に小型の矢が十発ほど入っています。引き金を引くだけでばね仕掛けで連射が可能です」
「なんでそんなものを?」
「彼らは街の警備兵ですよ?戦う相手は盗賊団。仮に非常事態としては敵国の軍勢が考えられますが、そうなると街壁を境界とした防衛戰に必然的になります。当然警備兵は街壁の上から射撃を敵に対して加えるわけですが、剣や斧を投げますか?投げられないでしょう?となるとああいった武器を戦争でない平時の時に開発しておき、有事の際には射撃を行う。壁に隠れる。そこで弾倉交換。再び射撃。そういう訓練を彼らはしているのです。それが街の警備兵です」
「ところで、街の外にも家があるようだけど?」
アイリーシャの言う通り。
南門から伸びる街道沿いに真っ直ぐ南に向かって家々が建っている。
「これは自然発生的にできた住宅街でしてね。たとえば街門で荷物検査するでしょう?」
「ええ」
「とくに人数が多いときは夜になっても終わらない時もあるでしょう」
「そういうこともあるかも」
「昔はそう言った方々は野宿をなされていたらしいのですよ。ですが頭のよい人というのはどこにでもいらっしゃるものでしてね。このように考えました『そうだ。街の外に宿屋を建てよう。夜になっても入れなかった人が全員泊まるから、大儲けができるぞ』」
「なるほど」
「そうしていつの間にか出来上がったのがこの門前宿場町です。街外ですが一万人ほどを超す人が住んでいるそうですよ」
そのようなどうでもいい事を話していると手荷物検査は終わったようだ。
二人は街門をくぐる。
「賑やかな街ね」
安直ではあるが、アイリーシャが西梁国の大都、楼蘭で受けた第一印象はそれであった。
真っ直ぐに伸びた道には人と荷物を積んだ車が擦る様にすれ違う。
具体的にどのような人々が歩いていたのか?それらすべてはアイリーシャのエメラルドをはめ込んだような瞳には映っていたものの、そのすべてを認識することはできなかった。
なぜならば。
王侯、宰相、言語学者、貴族、書記官、法官、ならずもの、家令、総督、お役人、講釈師、お随伴衆、騎士、名士、良識人、慈善家、戦士、施しや、兵隊、部隊長、漁師、漁民、博学者、法学者、
スパイ、中傷者、告げ口や、医者、本屋、代筆業者、自作農、小作農、雄弁家、説教師、ただのおしゃべり、放蕩者、双六をする者、スリ、既にアバタールの域に達した聖者、隠者、超能力者、大食漢、大酒のみ、歌姫、踊り子、自虐か、礼拝の導師、ふたなり、道端にて経典を朗読し托鉢する坊主、ペテン師、身代金の受け取りにきた誘拐犯、殺し屋、追い剥ぎ、コソ泥、一見普通の村人だが実は略奪した品を捌きにきた盗賊の一味の一人、軽業師、乞食、大工、富豪、治癒祈祷師、外科医、薬売り、女奴隷、貴婦人、旅人・・・。
その膨大な人々が行き交う道の最奥に見える朱色の建物が王城であろうか。
そこの城主に手紙を渡せば自分の役目はひとまずは終わる。
道の左右には店舗が建てられている。道路側に店舗。奥側に倉庫。そして住居という構造だろう。
一階建。あるいは二階建てのものが主流だ。
遠くの方に五、六階はありそうな高い塔が建っているが、どうみても兵士の見張り台か、あるいは宗教施設であろう。建物の建築資材はすべて木製である。石と、レンガ造りの建物が多い自分の故郷とは少し違うな。アイリーシャはそう感じた。
店舗はところどころで区切れている。おそらくはそこで左右の脇道に入れるようになっているのだ。『名靴』『名酒』『名刀』『名鎧』『名油』『名食』『名椀』と言った看板が並ぶ。
「なんか半分同じ『模様』の看板が並んでいますわね。どういうことなのかしら?」
アイリーシャは『漢字』が読めなかった。だから従者に尋ねることにした。
だが、彼は残念なことにそれどころではないように見受けられた。首を絞めるように街内の警備に当たっていた兵士の一人に掴みかかる。
「おい。いつからだ?」
「は?なんだぁ?」
「いつからこの街は、この通りは『こんなに狭くなった』んだ?!」
本気で警備の兵士を絞め殺しそうな恐ろしい顔であった。
アイリーシャは温厚そうな従者がこういう顔もするのかと少し驚く。
もっと驚いているのは首を絞められている警備の兵であろうが。
「五年前俺がこの楼蘭の大都を出立した時はこの通りはもっと広かったはずだ!!いつからだ!いつからこうなった?!!」
「い、いつからって・・・。さ、三年くらい前かな?通りに面した店がたくさん商品が置けるから、屋台の類を出し始めて。雨風もしのげるようになるし、いっそ門構えがしっかりした立派な店舗を増築しちゃえって」
「貴様はこの街の法と治安を護る兵だろう?!そんな事でいいと思っているのか?!!」
「王母様は何も言わないよ!むしろ喜んでらっしゃるよっ!!」
「なにっ?」
「お忍びで、ていうかあの方目立つから忍びもなにもないけど、街で楽しく食事ができるって満足してるよっ!!」
その情報を聞き出すと、従者は警備兵を路面に放り捨てた。なんか危なそうな奴と関わり合いになりたくないのか、警備兵はそそくさと逃げていく。おい、仕事はどうした。
「相も変わらずか・・・。あのお方らしいが」
そして従者はアイリーシャにお辞儀をしてこう告げた。
「申し訳ございません。少々用事ができましたのでそこの壁際でお待ちください」
一方的に告げると、従者は再び街門の外へと出ていく。
「何を考えているのかしら・・・」
乗ってきた自分の馬と、従者の分の馬の手綱を持ちつつ言われた通りに壁際で待つ。
待ち時間の間アイリーシャが考えていたのは別れた従者の事ではなかった。
さて。今宵はどのような場所に宿を取るのであろうか。街の中の宿屋か。それとも先ほど見た門前宿場か。
そこで出される夕食は如何なる物なのか。
あるいはこの先に見える城で、今まで長旅をねぎらい、宴の一つも催してくれるかもしれない。
いや。
「ああ。そうだった・・・」
この地は。まだ。自分の旅路の終わりなどではない。
自分は父に頼まれ、手紙を届けに来ただけだ。
それが済んだら今度は今度は今まで歩んできた道を、産まれた祖国に向かって帰らればならない。生きて、故郷に戻るまで彼女の旅なのだ。
「あと二年・・・」
少なくとも、それくらいはかかるであろうと思うと気が遠くなってくる。雲の少ない天蓋に、徐々に太陽が登りつつあった。
「一週間はこの街でゆっくりしていこうかしら」
英気を養っておかねばならない。
再び始まるであろう二年の。干し肉を齧りながら。雨の中調理をする日々に備える為に。
そうアイリーシャが思っていた時だ。
彼女の頭上から、天使の鳴らすが如き鐘の音がした。
それは正確には街を護る壁の上。南門の付近からだった。
アイリーシャがその音の出所を探る前に街の住人達が通りの店から顔を出し、様子をうかがう。
「なんだなんだ?」
「盗賊団でも襲ってきたか?」
それならば街門外の門前宿場から真っ先に襲われそうな気もするが。
アイリーシャがそんな心配をしたと同時。
街門を貫くように真っ白な巨大な岩石が楼蘭の街中に飛び込んできた。
いや。それは岩石ではなかった。
「ば、化け物だーーっ!!」
「逃げろーっ!!」
アイリーシャはその巨体に見覚えが、というより、彼女はその生き物を見たことがあった。
あれは確か。天竺付近に住んでいた巨獣。名前は確か。
「ゾウ・・・だったかしら?」
ゾウは圧倒的なスピードとパワーを併せ持ち、通りに面した店舗を破壊していく。
走るだけで。
次々と店から飛び出す客。あるいは店員。声が聞こえる。それは悲鳴なのか。あるいは騒ぎに乗じて代金を払わずに料理屋を飛び出した男を捕まえようとする店主の罵声であったのか。それはアイリーシャはわからなかった。
「来やがれ化けもぶべっ!!」
「ヒフミナヤコニヴュッ!!!」
彼らはきっと。そう。いわゆる冒険者であったのだろう。
そして、街を襲い来る魔の脅威と戦い、勇者として人々に称賛されたかった。
ただそれだけだったのであろう。
悪の帝国の先兵として平和の国を侵略するわけでもなし。
魔王の手先として暗躍すわけでもなし。
「僕はお金もちですからねぇ。何をやってもいいんですよぉ(ドヤァ)」と弱者を嬲るわけでもなし。
極めて模範的な剣士や魔術師であった。(過去形)
その彼らはゾウが走り壊した(この表現に一切の間違いはない)木材と一緒くたになり、もはやどれが冒険者であったのか彼らの装備品であったのか見分けることすら困難だ。
いや。彼らはおそらく満足な最後だったに違いない。
英雄としてその名は語り継がる事は決してないであろう。
だが、十数年の修行の果てに、一つの街を護るためにその命を散らせたという事実は決して間違った選択ではないはずのだから。
爆走するゾウはそのまま一里近く、つまり約五キロほど疾走し。
そのまま街の中心部に存在する紅鎧城の城壁に激突し、ようやく停止した。
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