エピローグ 主人公達は勝利し、侵略者は敗北した

 その国には、白い建物があった。

 五階建ての、石造りの、城のような建物だった。

 すべての窓に、透明なガラスがはめ込まれている。

 随分と裕福な国のようだ。

 このような精度の高いガラス製品を大量に用意する事ができるとは、少なくともこの辺りの地域はとても豊かな都市のように思えた。

 外套を着た一人の男が入っていく。

 建物の一番上に、真っ赤な十字架を模した看板が掲げられている。

 天主教の紋章に似ている。

 という事はここは天主教の国なのであろうか。


「随分と慌ただしいな」


 正面の入り口から入った男は慌ただしく走り回る白装束の男女の群れとすれ違いがらそんな事を呟いた。


「切江じゃないか。はやく着替えて患者の処置に回ってくれ!!」


 顔に火傷の後がある男に切江と呼ばれた男は腕を掴まれながらそう言われた。


「そりゃ俺も医者だからね。で、なんだよ。電車の事故か?それとも街中に飛行機でも墜落したか?」


「一週間前にパソコンゲームをしている最中に突然意識を失った患者が大勢運ばれてきただろう?彼らの容態が急変したんだ!それも一斉にっ!!直ちに処置を行うっ!!お前も手伝えっ!!」


「癲癇(てんかん)の一種だろう?別名ポケモンショック。大好きなテレビゲームをやりながら死ねるんだ。そのまま眠らせてやるのも乙だと思うがねぇ」


「運ばれてきた患者には小学生だっているんだぞ?そもそもお前はなんで医者をやっているんだっ!!?」


「大好きな手術をやるためさ。笠間。ま、給料は貰っているから仕事はするよ」


 切江は笠間の手を払うと着替える為に三回へと向かう。

 彼は階段へと。

 向かわない。

 そのそばにある小さな部屋に入ると、入り口そばにあるボタンを押した。

 扉が閉まり、小部屋全体が上がっていく。

 驚いた。いったいどういう仙術の仕掛けなのだろうか?

 まるでわけがわからない。

 三階へと小部屋ごと辿り着いた切江は部屋から出る際、子供とぶつかった。


「おっと。人とぶつかったらごめんなさいだろう?」


「うん。ごめんなさい。おじさん。僕急いでたから」


「わるいが俺はまだ二十代でね。できればお兄さんがよかったんだが」


「約束があるんだ。パインケーキを食べに行かないと」


「そうか。喫茶室は一階だぞ」


「うん。ありがとうおじさん」


 おいおいだから俺はお兄さんだって。

 だが、あの様子からしてすこぶる元気そうだ。俺が面倒を見る必要もない。

 退院も近いだろう。

 そう確信して、切江は着替える為に更衣室へ向かった。


「それで、此度の功績に対する恩賞であるが」


 羅刹王母は玉座に座りながら訪ねる。

 瓦礫は流石に片づけたが、自分が壊した屋根の修理はまだである。


「今回楼蘭の都を襲った私の『元仲間』を処刑しないで欲しい。それが貴方達の勝利に貢献した私に対する正当な報酬。この手で『元味方』の魔法使いや戦士を戦闘中に暗殺しまくって、『元味方』を随分混乱させたんだから、それくらいは妥当な要求だと思うのだけれど」


 ミッドナイトアイはそのように要求した。


「そうはおっしゃられますが、あなたの天主教の国からやってきた、えっと。ニホン、でしたっけ?その『元仲間』の皆さんはとても西梁の人々に対して友好的とは思えない方達でした。乱暴狼藉を目的を働くためだけに歩いて二年以上もかかるこの東方の地に遠路遥々山賊家業をするためだけにやってきた連中ですよ?ええ。実際に二年間歩いて旅をしてきた私が言うんだから間違いありません」


 天主教の国から、実際に二年ほど歩いてきた挙句、同胞であるはず『ニホンジン』から山賊の被害に逢いそうになったアイリーシャはそう言った。


『ま、そういうこった。だから俺達首輪鴉の傭兵団はこれまで通り。契約に従って、この西梁国を護らせてもらうぜ?同じ天主教徒として、『天主教徒のニホンジン』が各地で山賊業をやられると今後の商売に響く。だから盗み、殺しを働く連中には死んでもらう。首輪鶏は正義の味方。そういうキャッチコピーがあった方が傭兵家業としてやりやすいしな。だから追撃隊や警備隊を編成し、そういう連中は狩らせてもらう。もちろん故郷のニホンとかいう国に逃げ帰るんなら話は別だがな』


「その条件で構わないわ」


 ミッドナイトアイは首領の要求を呑んだ。


『ああ。それとお前さんウチの傭兵団に入る気はないか?』


 蒼い全身甲冑に身を包んだ首領は、謁見の間から出て行こうとするミッドナイトアイに対し、

別れ際にそんな誘いをかけた。


「もし断ったら?」


『敵に回ったら面倒なんて正々堂々一騎打ちで潰させてもらう。もちろん俺に勝ったらお前さんは自由の身だ』


 ミッドナイトアイは自分の正面30センチの何もない空間を指で突く仕草をした。


『それ、お前さんの『元』お仲間もよくやってたなぁ。ニホンジン独自の習慣かい?』


「ええそうよ。ところでさっきの返事だけど」


『どうする?俺に勝てればあんたがこの国一番の戦士だ。好きに生きるといい』


「いえ。貴方の部下になるわ。それで私の身の安全は保障されるんでしょう?」


『お、随分とものわかりがいいねぇ?もしかして夜中に俺の寝首をかくつもりかい?』


「まさか。元々日本からこの西梁国に来た私は、自分が長生きするために貴方達に協力しているんだし」


 謁見の間から出ていくミッドナイトアイは、長い廊下で一人。つぶやく。


「斬撃耐性有。即死無効。毒無効。こいつも私には倒せそうにはないわね」


 楼蘭の都の東側。

 大勢の死体が転がっていた。

 それらは皆、天主教の国から来たという、『ニホンジン』達のものであった。

 楼蘭の都の守備に就いていた兵。近隣の村や砦から防衛に集まってきた者達は、辛うじて命を取り留めた者。そうでないものも含めて皆都の中である。一命を留めた者達は施療院にて治療を受け、惜しむらくも戦いで命を落とした者達は寺院にて仏僧の祈祷により御仏の蘇生の奇跡を受けることになる。

 大都のすぐそばで亡くなったという事もあり、また高位の仏僧の祈願。さらに落命した者達の多くがまだ若く、生命力のある御仏の信者達という事で現世に戻ってくる確率はなんと八割を超えているという。

 だが、異教徒である仏敵共。

 即ちニホンジンの死体は戦場に野ざらしにされている。

 敵よりも自国の民の命の方が大事だ。天主教国のニホンではどうかは知らないが、この西梁の国は敵国よりも自国の民の命の方が重いのである。

 そんなニホンジンの死体が転がる戦場に、異形の姿があった。

 人間の頭に雄鶏の体。

 鳬徑(フケイ)である。彼は仲間の異形、虎の体に頭。犬の体に豚の頭などと共に、ニホンジンの死肉を漁る。


「活きのいい人間の死体がこんなに大量あるとわな」


「しかも白昼堂々楼蘭の大都のすぐそばで食事をしているのに兵士も誰も襲ってこない」


西


「人間なんてどれも同じだろう?」



「ま、確かに俺達が殺さなくても人間同士が勝手に戦争をして、その死体が俺達の餌になってくれるのならその方がいいがな」


「それより食い残しは山に隠れている仲間に持って帰ってやろうぜ」


 鄭国は自室の書斎で書類の整理に追われていた。

 何しろ主君である羅刹王母が事務仕事を一切しない人物なので文官である自分がその手の任務を果たさなければならない。

 まずは今回の戦闘で発生した楼蘭の都に関する建築物に対する被害報告の詳細。

 及び人的被害の詳細。

 怪我人の治療はすべて公費で行う必要があるであろうし、建物の被害に関しては建て直しの際に

新規建築費の補助を行う。

 兵士達には給与を支払わねばならない。特に功績があった者達には恩賞を余分に払う必要があるだろう。


「失礼致します」


 鄭国の自室に入ってきた人物がいた。袈裟を着た女性である。


「優曇華院さんですか。どうなされたのですか?」


「我が同門の仏僧達は此度の戦で楼蘭の民を護るために多大な功績をあげました。それだけでなく、今なお戦において傷つき、亡くなられた方々を一人でも多く現世に呼び戻すために御仏の御力をお借りし、復活の儀を行っております。ですが、それとて大変な精神力を必要とする行為なのです。気力、体力とも疲弊した彼らは」


「素直にもっと褒美が欲しいと仰られたらいかがです?そもそもこの部屋まで足を運ばなくとも」


 鄭国は椅子に座ったまま自分の正面。30センチくらい前の何もない空間を指でつついた。

 するとなんたることか!そこに半透明の紙のような中空に浮かび上がってきたではないか!!

恐るべき仙道マジック!!


「これで催促の手紙を送ればよろしいのではありませんか?」


「そういうわけには参りません」


 優曇華院はそう言いつつも、彼女もまた。自分の正面30センチほどの何もない空間を指で突く。

なんと驚くべきことであろうか!そこにもまた、半透明の紙のようなものが中空に浮かび上がってきたではないか!


「この遠距離連絡用仙術を使えば確かにそれは可能です」


「ではなぜそれをなさらないのです?」


 優曇華院は半透明の紙を上から下に指でなぞった。するとそこに描かれた文字が下から上に向かい、遡っていく。


『た、助けてくれっ!!!』

『も、もうだめだぅ!持ちこたえられない!!』

『た、退却だっ!退却をするんだっ!!』

『退却だって?!!どこに逃げればいいんだ??右も左も敵だらけじゃないかっ!!!』


「一週間ほど前から、この遠距離連絡用仙術を他人に見られるのも構わずお使いになられている方々が一万人ほどおりまして」


「西梁、いえ央原の地どころかこの世界中のどこにいても使用者の位置情報が特定できるようになっているのですがねぇ。こんなものをやたらめったら使うとは。一体どんな神を信じて、どこの国からいらっしゃった方々なのでしょうかねぇ」


 鄭国は何かを知っているかのような嫌らしい笑い方をしながらそんな事を言った。


「でもそのおかげでとても良いことがわかりました」


 優曇華院はさらに指を動かす。


『どこかに食料がありそうな村はないのかよ?』


「山賊の一団が食料を探しているのがわかりましたので。近隣の村で夜、宴を開いて貰いました。その村を狙ってもらうように。暗い中、明りがあれば目立つでしょうから」


「どうして食料が足りなかったんでしょうね?まるで彼らが歩いて二年以上かかる国から来た兵士達で、食料が無くなったのを事前を知ってて、彼らがもっと食料に困るよう近隣の村々から食料を買い占めて事前に値段を吊り上げたみたいだ」


 鄭国は茶碗を取り出し、少し温くなった御茶を優曇華院のために注いでやった。

 ついでに茶菓子も出してやる。


「そういえば、聞きました。天主教徒の軍勢が縦一列に陣形をそろえた丁度その瞬間、鄭国様が兵士達に攻撃を開始するよう指示なされたとか」


「まさか。ほんの偶然。たまたまですよ。事前に天主教徒の兵が、


壁壁壁




こういう陣形で攻撃を開始するなんて、私が知っているわけがない」


「まぁそうですか。ところでこの御菓子。果物が入っているようですね。初めて食べますが」


「ついこのあいだ異国の者から変わった珍しい菓子がある事を教えて頂きましてね。

パイナップルという南国の果物を小麦の饅頭に練り込んだものを菓子職人に造らせました。如何です?」


「最高です」


二人は最高の笑顔で笑いあった。


終幕 以下本編へと続く

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