中世中華的幻想世界
虹色水晶
オープニング 物語の本筋と関係ない男の話
本編に入る前にある男の話をしようと思う。
これは物語の大筋に関わってこない一人の盗賊の話である。
この盗賊、特に錠前が得意というわけでもなければ刃物の扱いが旨いわけでもなし。
ではなぜ盗賊をしているのかといえばその話術と眼力を活かすためであった。
どれだけ金品を奪ったところでそれで胃袋を満たせるわけでもない。
魑魅魍魎の類ではなし。人は金属を消化できるようにはできてはいないのだ。そこで男は大きな街に出入りし、仲間の盗賊が『仕入れ』てきた金品を売りさばくことを生業としていた。
そんな彼が山道で五十人ばかりの武装集団に出会った。
ほぼ丸腰ではあったが、彼は恐怖を感じることなどなかった。
一行の何人かの目つきを見ればわかる。同業者だ。
「よう兄弟。何か欲しい物はないかい?俺の命以外ならなんでも用意してやるぜ。勿論金は貰うがな」
武装集団は西洋風の鎧を着た一群であった。
だが奇妙な事に、鎧を身に着け、盾を持つ者はいても、兜を被るものは皆無であった。
はて。これくらいの集団であれば頭を保護する兜を被るぐらいは当然であろう。
まれに将軍の類や腕に自慢のある猛者ならば味方を鼓舞するためにその面貌を取る事もあるやも知れぬが全員が全員ありのままの素顔のままでは士気高揚もへったくれもないだろう。
長旅をしてきたわりには鎧には埃の一つもついているようには見受けられず、旅行には必須と言える馬の類は一頭たりとて見当たらない。
それと武器。
幅広の西洋刀を持つ者は多くても、それ以外の武器は皆無と言ってよい。
射程なら槍。威力なら斧に軍配が上がるはずだろう。
弓兵の数も圧倒的に少ない。野戦にしろ、攻城戦にしろ、これでは敵と切り結ぶ前に一方的に攻撃をされるがままではないのだろうか?
まぁ、俺には関係ないか。
良い交換さえあればいい。それが彼の。いや彼らの盗賊団のモットーである。
「欲しいもの?そうだな・・・。食料が必要なんだが。この辺りの地理がよくわからなくてな」
「森で少々狩りをしたり、川で釣りした程度では仲間全員分の喰いぶちが手に入らない」
「このままでは食い物を巡って仲間同士で殺し合いが起きかねない」
西洋鎧を着た一団はかなり困っている様子であった。
「そいつは大変だな。米でよければ多少用意できるが?」
「本当か!そいつは助かる!!」
「あるだけ売ってくれ!頼む!!」
武装集団は金貨や宝石やら金になりそうなものをその場にぶちまけた。おいおいそんなことしたらせっかくの宝石が傷物になって価値が下がるだろうに。男は苦笑いをした。
「それじゃあ五十人分の米を、一週間分くらいでいいか?」
「一万人分用意してくれ。できれば一ヶ月分」
「冗談だろ?」
冗談ではなかった。月明りのカーテンを掻き分けて、一群の背後より、数十人。いや数百人。いや数千人の西洋鎧を着た者達が現れた。
結局、米百俵と酒と漬物。それらを運ぶ荷車を一緒に売るという事で話はまとまった。
「俺はこの近くにある村に住んでいる者でね。まぁしがない農民さ」
バレバレの嘘である。まぁ見抜けないほど相手も間抜けではあるまい。
「お前さん方がお宝を手に入れて来たら俺が買い取ってやるよ。その代わりにあんたらが必要な物を売ってやる。まぁ俺の住んでいる村はちょっとした倉庫みたいなもんだからな」
盗賊の隠れ里なのだから『倉庫』という表現に間違いはない。
「ところで、金貨を一枚出してくれないか?」
「金貨を?」
「そうだ。俺も一枚金貨を出す。その金貨をこの水の入った壺に入れるんだ」
男は西洋鎧を着た一群の前に水の入った小さな壺を出した。
男と、西洋鎧を着た兵士の一人はそれぞれほぼ同時に水の入った壺に金貨を入れた。
「こんな事に何の意味がある?」
「水は嘘をつかない。あんたら天主教の国じゃどうだか知らないが、この地方では古くからある言葉でね」
「天主教?なんのことだ?」
西洋鎧を着た男たちは(もちろん、女も混じっていたが)米を売ってくれた男の天主教という言葉の意味がわからなかった。
「キリスト教のことだろ」
「ああ。そういうことか。なるほど。で、その水がどうだらってのは?」
「水はこの世界のどこにでもある。そしてそれは騙すことはできない。俺達人間は嘘をつくが、水は欺けない。たとえ魔法を使ったところでな。その昔、ただの石ころを妖術で金にみせかける悪党がいたんだそうだ。そこで一計を案じた賢人がいた。その男が造った石ころの金と、本物の金を同時に水に放り込んだ。見た目は同じでも、中身は違うから、沈む速度は違った。悪党は縛り首になった」
「なるほど」
「互いの持つ金は本物。この取引は正当な物だ」
男は自分の用意した米百俵と、西洋鎧を着た一群の持つ財宝を交換した。
「いやあ助かったよ」
「このまま何もない荒野を歩き回り続けて餓死で全滅とかシャレにならないからな」
西洋鎧を着た一群は米俵を大事そうに抱えながら満面の笑みを浮かべた。
「そういえば、これ。このままだと食べれないんじゃないのか?」
「そうだな。じゃんと炊かないと無理だろ」
「済まないが、鍋釜はないのか?」
売ってやれない事もない。が、生憎と一万人ぶんの鍋釜なぞ在庫があるわけがない。
「そうだな。東に行けば街道にぶつかる。そこから北でも南でも道沿いに行って釜を仕入れてきた方がいいんじゃないのか?」
「街道か・・・」
「そうだな。行ってみる事にするよ」
一万人の西洋鎧を着た一群はガチャガチャと金属音を立てながら東の方に行進を始めた。
それから一週間ほど過ぎたある日。
この国の首都。あるいは帝都。大都と呼べる大都市で彼らが渡した宝飾品を売りさばき、代わりに塩、干魚、茶などを仕入れてきた。時折自分が盗賊なのか商人なのかわからなくなる。
しかしこうやって食料品を購入してこなければ、仲間が皆飢え死にしてしまうのは間違いない。
隠れ里に繋がる山道を歩いていると、行き倒れが大量に転がっていた。
こんな辺ぴな場所に不思議な事もあるものだ。
そう思いつつも思い出した。
この場所が以前西洋鎧を着た一群と出会った場所だという事。
そこで倒れている者達が、彼らであるということ。
その数、二十に満たない。
いずれも致命傷を受けている。立派な西洋鎧はいずれも派手に破損していた。
はて。この辺りには妖怪変化の類は出ないはずであったが。
一応後日武芸に秀でた仲間に辺りを調べてもらう事にしよう。
だがその前に。
男はとりあえず道で死んでいる西洋鎧の兵士達から、財布を失敬しておくことにした。
いずれもそれなりに重い。
本当は見つけている武器や防具も頂きたかったが、金属製の装備は嵩張るし重量がある。
ひとつ。ふたつ。みっつ。よっつ。そしていつつめを頂こうと死人の懐に手を伸ばした時。
死者に腕を掴まれた。
「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
「な、なかま、は・・・っ・・・?」
一瞬死者が蘇ったのかと思ったが違った。この男は虫の息で生きていたのだ。
「え、ああ。あ、あんた以外は死んでいるみたいだな。俺が来た時にはもう」
まさか死体から財布を抜き取ろうとして言えなかったので、適当な言い訳をした。
「・・・そうか」
若者は酷く傷つていた。全身が血塗れであったものの、辛うじて命をこの世に繋ぎとめているようであった。
「とりあえずここじゃまともに治療はできん。俺の村まで来い」
「あんた。魔法は使えないのか?」
「魔法?」
「蘇生術とか、治癒術とか」
「そういうのは偉い学士とか仙道の仕事だろう。安心しな。薬と包帯くらいならいくらでもあるぜ」
「あんたの村には魔術師はいないのか・・・」
「ところで、一応尋ねておきたいことがある」
「なんだ?」
「あんた達を襲ったのはどんな妖怪だ?」
「俺達が負けたのは、モンスターでも、動物でもない。この国の、女王、だ・・・」
「はは。なんだそうか。ならアンタは今から俺達の仲間だ!」
「何?」
「俺達はこの辺りではちったあ名の知れた山賊でな。なんなら仲間に入れてやってもいいぞ?」
「仲間の弔いが済んだら、な・・・」
「ところで、あんたどっから来た?」
「俺は、日本から来た・・・」
ニホン。聞いた事のない国の名前だった。
「転生チーターだ・・・。だがやつ、は・・・」
「テンセ・チーターか。変わった名前だな。歓迎するぜ!新しい兄弟!!」
男は気絶してしまったニホンから来たという、この国の女王と戦ったボロボロの西洋鎧を着たテンセ・チーターなる若者を荷馬車にくくりつけながら笑った。
テンセ・チーターの一万人の仲間は全滅してしまったが、安心していい。
今日からは自分と、自分の住む村の山賊団が彼の仲間だ。
ところで、ここまで読んで頂いた読者に残念な話がある。
この隠れ里に住む男と、テンセ・チーターなるニホンから来たという西洋鎧を着た若者は、これから始まる物語の脇役に過ぎない。
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