▶②

 みんなでおびえていた。舞先輩の死体のある隣の部屋にカギを掛けて全員で籠城した。女子はみんなで一つに固まって震えていた。電話をかけ続けていた幌加さんもすぐにその塊に加わった。おそらく元の電話線自体だけではなく、電波も障害を起こしているのだろう。先ほどから電話はもちろんネットにすらつながらない。圏外ではないことから人為的に妨害されている可能性が非常に高い。

 抱きつかれまくって身動きの取れない先輩は推理を続ける。

「第一探偵部の方は少なくとも争っていたわね。転がっていたコップの数からもう一人いたのは確か。少なくとも歓迎されないような人間ではないけど、みすみす殺すことを許すような相手じゃない。―ん? 舞は、殺されるのを許したの……? どれだけ親しくても殺されるとなれば絶対抵抗はするはず。いくらなんでも自分の命には代えられないはずだから。ということは、自分の命以上に大切何かがあった、つまり死を受け入れられるだけの事情があったってことになるわね」

「な、なんで、そうなるの、いろな。気づかないうちに、殺したかも」

「正面から心臓を一突き。抵抗なしにそれを受け入れるというのはやはり何かそれだけの事情を抱えた親しい人。第一の方にも顔が利いていて、でもそちらとはそこまで親しいわけじゃない人。それが犯人」

 だけど。

「だけど、該当しそうなのは私か恒ぐらいなものだけど、二人ともアリバイはみんなが確認済みだわ。舞の時も私たちは浜辺にいたから容疑者からは外れる。舞の犯人は私と恒以外のここにいる誰かか第一の誰か。第一の誰かの場合、立証は難しいわね。また、ホテルの従業員がまだそのときいたのならその人の可能性もないわけじゃないけど、消えたことと事件が無関係だとは思えない。舞殺しはやっぱり身内のだれかだと、思いたくないけど思う。第一殺しは私たち全員がフロントの椅子に座っていた時に第一の皆は殺されたんだからだれか第三者の犯人が他にいると考えるのが妥当な線ね。そしたら、犯人は二人以上ってことになるのかしら。二つの事件に関連性は…もしかして、ない?」

 女子会メンバーの所持物検査を先輩がした結果、刃物類は一切出て来なかったので彼女たちの容疑はゼロではないが薄まった。よって犯人がまだホテル内をうろついている可能性が非常に高いとして隣の部屋にこもった次第だ。

 いつまでもこうしていれば安全に一夜を過ごせるとは思えない。正体のわからないものは恐ろしくて怖い。安心するためにはその正体を突き止める必要がある。

「私が行く」

 先輩が? 俺は複雑になった。先輩一人に行かせて何かあったら俺はもう無理だ。

「照。ここを任せた」

 このドアだっていくら施錠されているからと言って信用しすぎるのは危険だ。犯人が俺たちを狙っているのであればこの程度のドアぐらい打ち破ってくるかもしれない。それでも神がいれば、さすがに人力では退散するしかあるまい。

「これ、もっていって」

 俺の背中には再び剣が装備された。もちろん一本だけ。同時に先輩の手元にも軽めの扱いやすいサーベルのような刀が出現した。少し驚いた様子だったが、女子のそのほかのメンバーほどじゃない。いや、驚いたというよりどこか訝し気だに思えたのは気のせいか。

「いってくる」

「おきおつけて」

 神様特製のヘッドセットが再び装着された。



▶▶▶



 警戒を最大限にしながら俺と先輩は現場へとたどり着いた。合掌を部屋全体にして、すぐに犯人の手掛かりとなりそうなものを探す。神経を最大限に尖らせて室内と室外の殺気に気を付ける。残念ながら室内にはもう生命反応は無いようだったが、警戒だけは怠らないようにずっと気を張っていた。匂いは少しきつかったけど、それ以上に音のない悲愴がきつくて食いしばった。

「やっぱりおかしい。争ったような跡は確かにあるのにみんなが壁際で刺されている。的確に心臓を一回で一突きで。ミスもなく二度差しもない。迷いも躊躇いも失敗する恐れもないってことは相当な自信があったのかも」

 手袋が無いのでハンカチで遺体に触れる。

 部長さん。副部長さん。白石君。小松さん。石川君。佐倉さん。

 全員の遺体を確認して気づいたことは全員が頭部を打撲している。何か物で殴られたというよりも、狭い部屋の中でふと頭を上げたらちょっと頭をぶつけてしまってすりすり撫でて痛みを堪えるようなぶつかり方をしている。

「押し付けられた……」

 各自それぞれじゃない。同時に一斉に押し付けられたんだ。誰か一人だけを押し付けていたら他のメンバーが止めに妨害をするはず。部屋のあちこちで殺してから壁際に立てかけたにしては血痕が散らばっていない。

 一斉に全員が壁際に押し付けられて、そのあと一人一人順番に刺し殺していったんだ。

「なんてひどいことを」

 明らかにこれは一人でできることじゃない。複数犯だ。単独でこれを行うには人力では不可能だ。神とか怪異とか、とにかく人ならざるものでないと起こせない。鎧武者が大群で押し寄せるようなこの世界のことだから完全に否定できない。もしも怪物が相手ならば私なんかじゃ太刀打ちできない。

 恒と恒を助ける神様に頼るしかない。

 

 戦時中に交信のあった少女の声は神様だと恒は言った。この世界を作ってこの世界を支配している神様。だからこの世界を守るために助けてくれた、恒はそう言っていた。舞も咲来も幌加も同じことを言っていた。あの戦車みたいな兵器も神様が製造したものだという。そして明空の妹の照ちゃん。ただ姉についてきたお姉ちゃん娘だと思っていたけど彼女がたぶんその神様だ。明空にはなにか催眠術かなにかで記憶を刷り込ませているのかもしれない。

 人の立場になってまで守らなくてはいけない、監視しないといけない何かがあったのだとすると。私の翼についても彼女は何か知っているはずだ。さっきの恒との会話とこの刀でようやく確信できたことなんだけど。

 この世界はやっぱり何か曰くつきで、それは恒とあの神様が深くかかわっている。事の真実の核を読めば自ずと結論まで来てしまう。

 今回の殺人事件がもしそれに関連しているとすれば、非常に厄介だ。犯人が人間である可能性が薄くなる。もしかしたら恒は、もう。

 急に焦りだして結論を急いだ私は入口のほうに振り向いた。

「ねぇ、恒はどう思う?…って恒、こう?」

 相棒の沓形恒はもう部屋にはいなかった。姿も形も香りもない。ヘッドセットに呼びかけても誰ともつながらない。

 

 ものすごく嫌な予感がした。

 

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