【みの章】 みえ隠れっ!
【みー1】 東のエデンを求めた乙女たち
▶①
『起こる可能性があることはいつか実際に起こる』
『何事であれ失敗する可能性のあるものは、いずれ失敗する』
マーフィーの法則というユーモアにあふれた経験則の中にある有名な言葉だが、俺はこの言葉が恐ろしく怖い。意志で固めて理性で制御しているつもりでも、僅かでも可能性があればそれは起きてしまうというのだから、これほど恐ろしいことはない。それが自分ではない他の事であれば徹底的に隙を潰せばいいだけの話なのだが、事が自分となるとどうしても甘えが出てしまう。少しぐらい、ちょっとぐらい、息抜きで気晴らしでと油断してしまう。
余裕と隙間は同時に心の穴でもある。
かの有名なフレデリック・ヴァン・シラーは『いたるところに欺瞞と猫かぶりと人殺しと毒殺と偽りの誓いと裏切りがある。ただひとつの純粋な場所は、汚れなく人間性に宿るわれらの愛だけだ』とも語っている。
愛。
この場合の愛は純粋な恋愛とか一途な恋とかそれではなくて、男が女をただ性の対象てして見ることによって始まる愛だ。はっきり言えばただの性欲。一番純粋なのは汚れることなく今世代まで受け継がれてきた人の本能だけという皮肉にしか俺には受け取れなかった。本来の解釈など知らないが、俺が初めて聞いたとき、楽園は西ではなく東にあるのだと痛感したのだ。
目の前で行われている光景はまさに楽園であろう。欺瞞と猫かぶりで見せつける無邪気さからは目が離せなくなって釘づけにされる。砂浜でネットも無法の無規則のバレーは様々な波と揺れを引き起こす。ちらついたネオンは誘うがそれは押しとどめられる。俺の可能性は彼女が埋めてくれる。だから杞憂にしかならない。
「ほら、恒もはやく行こうっ」
いくら目移りしようと最終的にはここに戻ってくる。エロは悪ではない。そういえば、かの有名なロックバンドスピッツはこうも言っていた。
君のおっぱいは世界一だと。
▶▶▶
夏休みももはや終盤。あと数日で学校が再開されると思うとこの時期はいつも憂鬱になり、エンドレスエイトでも起きないかと願って止まない。本来は先輩と二人っきりの海デートになるはずだったのだが、残念なことに全員付いて来た。いつものメンバーがいつも通り同情などせずに同乗だ。
「ふがっ」
「はい、恒くんアウトー」
勝ち抜き制へと移行したビーチバレーボール大会の第一脱落者になってしまった俺はパラソルの傘下へと逃げ込んだ。いろいろと暑い夏だ。
「天国なのか地獄なのか」
「そりゃあ、天国だろ。シューズ」
「お前らがいるから地獄だ」
「そう冷たくするな。同じ探偵部じゃないかっ。ははは」
部活じゃなくて今回はプライベートなんだけどなぁ。そもそも俺は探偵部じゃない。第二探偵部だ。
荒んだ心と太陽で干からびた俺を潤してくれるのは缶ドリンクだけ。紛らわそうとすこしだけ口をつけて、現実逃避のために俺は海をみた。見たのは海であって他はただ視界に入っただけだ。決していやらしい視線など向けていない。
「滅べ! バースト・ストリィィィム!」
舞先輩の一撃が
……早々一抜けでよかったです。はい。
本日の邪魔者参加メンバー。
・俺 ←わかる
・色内先輩 ←わかる
・女子会の先輩がた ←まあ、わかる
・第一探偵部 ←わからん
どうして余計なものとしか呼べないものがくっ付いてきたかなぁ。
せっかくの俺の楽園が台無しじゃないか。うまくいけば超大ハーレムになるところだったのに。世の中甘くないわけじゃないが苦みも混ざってくるのが煩わしい。
でも嬉しいことを確認できる貴重な機会でもあった。この中には
「はうぅ」
「お、お疲れです。えっと、大丈夫?」
負傷アンド敗北した咲来さんに俺がタオルを渡すと、はにかみながら礼を言って膝に埋もれた。
腫れとまでは行かないけど、庇った腕が少し赤くなっている。俯き気味だったけど頷いてくれたから大丈夫だろう。近くに冷やすものがなくて缶ジュースを当てたら素っ頓狂な声を上げたので少し可愛かった。
それからはずっと定番だった。一度見たようなシナリオをなぞっただけ。海に愛想を尽かされるほど飛び込んで、塩まみれになって、探偵部男子を全員埋めて女子が弄んでから放置した。遊びつくして疲れ切ったころには宿泊ホテルに皆戻っていた。夕日を見るために残った俺と先輩を除いて。最後に気を使ってくれるぐらいの良心は持ち合わせているらしい。
夕日はもう沈みに差し掛かっていた。
「きれいだね」
「そうですね」
「あれ? 『先輩のほうがきれいですよ』はーと、とか言わないの?」
「言いませんよ。何ですか俺にそういうイケメン要素求めないでください備わってないんで」
「はいはい」
俺たちの間で交わされる冗談は繋ぎの役目から繋ぐ役目へと変わっている。だからただ自然に肩を寄せ合った。
俺には夕日がきれいだとは思えなかったので嘘をついたことになる。それはただ焼き尽くすだけで美しくともきれいじゃない。赤はやがて青になって黒くなる。だから俺は最初で最後のこの時をきっと拠り所に、いちばんきれいなものとする。だから夕日なんてきれいだと俺は思えなかったんだ。もうシリアスも悲劇も悲しみもないんだから言葉なんていらない。今はこの場所と時間を共有できればそれだけでいい。身も肩も寄せ合いながら下らない宝物を大事に投げ捨てた。
「先輩、今はこの世界でも時間が動いてよかったと思います。そうでなければこうして夏を楽しむことはできなかった。ただ夏を待ち焦がれるだけの雨が降る五月で傘を差してるだけでしたから。動かせてよかったです」
答えを求めた彼女の口を塞いだ。恋人っていうのはキスしてばかりの醜い夕焼けだ。もうすぐ日の入りの時間だというのに。
▶▶▶
ホテルに戻った俺たちは悲鳴を上げた。正確には悲鳴を声に出して上げたのは先輩だけだったんだが、無理もない。
部屋にいたのは壁に血を垂らして寄りかかっている大簾舞さんだったのだから。
「まい……」
胸を包丁で一突き。今も刺さったまま。時計はデジタル式のため時を刻むカチカチ音すらしない静かに安らかな劇場する死だった。色内先輩の悲鳴にほかのメンバーがすっ飛んで駆け付けたが、できたことといえばただ泣き崩れることだけだった。
「警察、警察に電話。あと救急車」
イチイチゼロ。イチイチキュウ。いくら押しても掛けても据え付きの電話も携帯も繋がらず、音すらしない。焦りと疑念は焦燥して線を切った。
「いやぁぁぁぁ」
第一探偵部はそれぞれ散りじりに散ってどこかへ駆け出してしまった。
今にも逃げ出しそうな困惑している皆を大声でまとめたのは色内先輩だった。
「皆、動かないで。絶対に単独で行動しちゃダメ。必ず私の指示に従って」
俺は舞先輩を壁から床に寝かせて瞼を下した。ベッドのシーツを顔掛けにして静かにてを合わせた。
「とりあえず、フロント見て来よう」
すすり泣きを抑えきれない女子は互いに抱き合いながら、俺に慰められながらエスカレーターへと向かった。
向かった先には誰もいなかった。そんな気はしていたのだ。やはりというかそれが自然であるかのように、残念ながらここには俺たちと殺人犯以外いないようだった。ロビーにへたり込んでからはもう誰一人として動けなくなった。こんな状況だからこそ強くあらねばならないのは俺だ。
「犯人は顔見知りだろう」
「抵抗した跡がなかったからそうでしょうね。すんなりと受け入れているようにも見えた」
「となると犯人はこのメンバーの誰かということになる」
でもこの推理は直ぐに外れることになる。
上の階から籠った悲鳴とうめき声が聞こえたのですぐに駆け付けたのだが、遅かった。すでにその時には第一探偵部員が全員器用に一本ずつナイフを差し込まれていた。全員即死だった。
全員のアリバイがこの目で立証された以上、犯人は第三者の可能性が出てきた。おそらくこのホテルのどこかに潜んでいる誰かだ。
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