滝川空人 午の上刻

 二ヶ所目。指定された場所は札幌市資料館。藻が生えたような白い建物の壁は古めかしくて仰々しいという第一印象を俺に植え付けた。

「ここか」

 ここでもやることは変わらない。箱を指定されている場所に置くだけ。きょろきょろと、例の箱を持って付近をうろつくが、目印となるものがない。テレビ塔の時には白い枠線があった。おかげで俺は迷わずそこに置くことができたのだが、パッと見近くに見当たらない。

「入ってみるか」

 木製扉を体で押し開けて立ち入る。

「なんだこれ」

 狭かった。建物の外見とは似ても似つかずすごく狭い。広さはざっと畳四畳少しぐらいだろうか。狭くて圧迫感があるのは石像のせいかもしれない。像というほど形を表してはいないけど中央にある石は存在感を放っている。

「なんだ、これ」

 パズルのようだ。全部で・・・十六ピース。何かが刻まれてはいるけど、取っ掛かりすらつかめないぐらいにハチャメチャなパズルだ。

「どうなってんだよ…」

 急に怖くなって、すぐに外に引き返そうと扉を押す。

 動かない。

 開かない。

 びくともしない。木製はいつのまにか石造に変わっていた。

「まじかよ」

 くそう。あんな奴の頼みなんか引き受けるからこんなことに。

 

 くそくそくそくそ。

 

 どっとへたり込んだ。なんでこんな事になってるんだか。日本は家出の一つもできないほど物騒な国になってしまったのだろうか。ちきしょう。

 諦めた。あきらめてやるしかないんだ、そうだろう? くそったれが。

「ったくしかたねぇな」

 やるしか選択肢がないのだから立ち上がる。立って立ち向かう。

 パズル。一見してばらばらにしてあるが如く見えるが実際そうでもない。一つ一つはまるで意味不明の記号にしか見えないがそれもそのはずで意味なんてない。正しく当てはめたときに初めて意味を成すのだから。ピースは揃っているのだから後はただ当てはめるだけ。足りないものを探すより断然簡単な単純作業。

 同時に俺のことでもある。空人って名前は広い空をどこまで行ける人にって願いが込められたらしいんだが、願い叶わず漢字の如く完全に空っぽの人間だ。

 一つ一つの言動に意味なんてない。意味のない意味不明で単純で空っぽの軋み。どこに行きたいのかも何をやりたいのかも当ても崇高な望みもない。日々をただのんべんだらりと空っぽにすることが生きざまだ。

「ふっ」

 ようやく一つはまった。はまるっていうのはいいな。はまって当然のものが、見えて当然の見えなかったものが見えるとそれがとても尊いものに感じられる。うん、どうやらこのパズルは文字を表しているらしい。ワンピース、ひと欠片毎に、組み上げるごとに完成に近づいていく。一つ、また一つもう一つ。確実に実る努力は嬉しいモノだ。

 でもそれは近づいて近づくだけ近づいて終わった。完成してないから終わってないんだけど、俺が途中で手を置いた。

「父と母」

 浮かび上がってくるだろう文字は二文字。途中でもわかるほどはっきりとした文字だ。

 俺の呼びかけと共に目の前の壁面に火文字が現れた。炎のようにメラメラとして彫刻刀のように鋭く刻んでいく。

【どちら?】

 手元のパズルは勝手に組みあがって行き、二つのボタンになった。

 【父】 【母】

 「選べって言うのか」

 くそう、どいつもこいつもバカにしやがって。当てつけか? 俺に逃げるなっていうのか。向き合いたくない時だってあるんだ、逃げずに立ち向かえなんていうのは強者の考えだ。弱者は強くないから、向かっていけないから逃げるしかないんだよ。子供だからって子供にみられれて子ども扱いされるのは嫌なんだよ。正しい理論とか、マナーとか常識とか。そんな物、押し付けられなくてもわーってるよ。十二年も生きてりゃ嫌でも分かっちまう。わかってしまったから逃げてきたんだ。それなのに、なんだ。なんなんだ。

「なんだよこれは、俺を試しているんだろ? そうなんだろ? どこで監視してるんだ、出てこい沓形!」

 息ばかりが荒くなっていた。感情的になって、息が荒々しくなってとげとげで、

「とげまるだ」

「―っ! てめえ、どこから」

「選べよ。選んで次に進め。どれを押しても出られるから安心しな。どれもが正解でどれもが間違いだ。時間がないから早くしてな」

「おい。おい、何を勝手言ってんだよ。どういうことだよ説明しろや出てこい卑怯者! くそぅ…。なんだよ…何だってんだよ……」

 次会ったら殴り飛ばしてやる。そして洗いざらい話してもらう。金を搾り取ってぶん取ってやる。

 あと、俺はあいつの言うことだけは従わねぇ。

「くそぅ」

 俺は両方押した。

 後ろのドアが開くと同時に壁面の文字は変化した。


【君が望むのなら 解決する力を授けよう】


 後ろの扉が開かれているってことはつまり、このまま次に行っても構わないってことか。

 もちろんただでとは言ってない。挑戦するかどうかは俺の自由。

 安い挑発に乗るのは癪だったけど逃げるよりかはよっぽどましだ。

 俺は後ろの扉を力任せに思いっきり閉じた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る