虹別色内 辰の中刻
起床してから四十分ほどが経過した。家の中も外もぐるっと確認したけれど、キャンパスに描かれたように白と黒だけだった。動き回ったら、朝食をまだ食べていないことに気が付いた。パンを焼いて食べようと思ったのだが、トースターで焼いたパンは焦げてしまった。色がないと不便だと思いながら、焼かないでジャムを付けて食べた。パンの味は変わらずいつものジャムで安心した。
黒いイチゴジャムを頬張りながら白黒テレビを眺めていたらスマホが震えてメールを知らせる——舞からだ。
「もらっちゃった」
たった一行の文面と共に二枚の写真が送られてきた。一枚は恒と舞がキスしている写真。もう一枚は十二時辰の表。
十二時辰というのは十二刻・十二時ともいう古い時の数え方。丑三つ時とかそういうやつ。
ここには上刻・中刻・下刻の三つに分かれていて、それぞれが二時間を三等分しているようだ。一区分を四十分で区切っていてそれが全部で十二個分。それぞれに干支の名が付いて時刻を示す。
子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥。
子が二十三時スタートで二時間毎に干支が変わり上中下で二時間を三等分する。今は七時四十三分だから辰の中刻ってところだろう。
もう一枚はどう言うつもりなんだろうか。送り主が舞である時点で何かしらの工作かもしれないし、ただの挑発行為なのかもしれない。でも添えられた文はたった七文字だけで他に何かを求めるような要求も、当てつけも誹謗も中傷もない。
舞は確かに恒に対して好意を寄せているとも言っていた。きっとそれはちょっかいを出したかっただけで、その場の雰囲気で言ったのだろう。おそらく本当だ。
真心だ。
▶▶▶
私と舞の出会いは小学一年の時、同じクラスだったのが
私が首を突っ込みたくなるのは昔からずっと変わってなくて、不正だとか間違いを見つけたら見逃せない質にいつの間にかなってしまった。正義面したいわけでも気取りたいわけでもごっこでもヒーローでも何でもない、どれも当てはまらなくて不適切で言い表せない。
定義できない。
私がそうしたいからそうするだけでしたくないと思ったことはしてこなかった。気分屋だったのだ。そのやりたいことが勧善懲悪だったっていうそれだけ。
でもそんな身の振り方を一度だけ後悔したことがある。
私が余計な口出しをしたがあまりに被害者は二人に増えてしまった。舞だけが糾弾されるところが対象が明空に移りそれを庇った舞も結局は的になってしまった。
いじめがなぜ起こるのか。それは複雑すぎてぐっちゃぐちゃで。でも原点は、起点となる始まりはきっと同じだ。消しゴムの流行なんてきっと別のものでも構わなかったはずだ。鉛筆ころがしでもシール集めでも何でも。いがみ合いたくて対立したんじゃなくて愛されたくて、仲良くなりたくて始めたはずなのに。
出る杭は打たれるっていうのがほんとのところなんだろうな。少しでも目立ったら打たれる。
良い意味でも。
悪い意味でも。
いつも周りと同じじゃないちょっと変わった行動や溶け込めない行動や反発・対立する言動、一歩先んでて優れて羨望の対象となっていても。それは同調してはいないから打たれる。
平等に。公平に。みんな仲良く手を取り合って。
「できるはずないのにね」
だから私は二人を助けようとした。周りから見たら正義のヒーローとか正義そのものとか、はたまた偽善者とも思われているかもしれない。どう思われていようと私は二人を助けたくて実行した。それだけだ。
▶▶▶
恒は私が好きだと言ってくれた。同棲開始から三日ぐらい経った頃だろうか。あの時はどうせ吊り橋効果もあって安心したかっただけなのだろうと、親が子供を守りたいという——母性本能? 見たいなかんじにしか捉えてなかった。
もちろん探偵業を共にし、続けていればそれが本命だということはすぐに分かった。嘘偽りのない本物の気持ちで私に向けられた精いっぱいの愛情。
私としてはそれに応えてあげたい気持ちが今はすごく強い。強いというよりかは強まっているというべきなんだけど——なぜならそれは誘拐され輪姦された時に真っ先に駆けつけてくれ、痛みを誰よりも悔いて嘆いてくれたから。これこそ吊り橋かな。
私以上に私が傷ついた痛みよりも彼は傷ついた。
そんな必要ないのに。
毎日のように見舞いに来ていた彼の顔からそれが消えることはなく、彼に責任は無いのに彼はどこか責任を背負おうとしている。
無い責任を勝手に作って、ホントに馬鹿な子。
彼は私を癒すことも傷を失くすことも、事件の結末が自分の責任ではないということもわかっている。分かっていてそれでも何とかしようと頑張っている。だからそれが空回りにならないように私が受け入れたい。
でも真の誠の聖なる感情を、成就させるのはこんな偽物の世界であってはならない。
ここが現実じゃないどこか違う世界だというのなら、起きたことすべてが偽物で無かった事になってしまうんじゃないんだろうか。
それが一番怖い。
あれこれ考えているともうすでに八時を過ぎていた。
十二時辰が指し示したのは子の中刻。
夜半つまり深夜零時。
すごくもやもやしてイライラして自分が嫌になって一度家を出て叫んでからまた家に入って枕に顔を押し付けた。
嫉妬する私、醜くて辛い。
別にそんなたいそうな大きな幸せを望んだ覚えはないんだけどなぁ。普段通り変わらないように穏やかで小さなことに喜べれば全体が不幸でも構わなかった。
ぬるい世界に憧れて目指してそれでいいと思ってでも敗れて砕けた。
やっぱりどうしても気のせいだとは思ってはいられない。だからこそきちんと目指さなければいけない。
現実に戻らないといけない。
きっとこのメールが私を導いてくれる。だって私の友人だもの。当てつけに送ったわけじゃない。そうだ。絶対にそうだ。
少し寝よう。閑話休題。
起きてからいろいろありすぎでパニックだ。一度リセットしたいのとリセットしてなくなればいいのにという想いで目を閉じた。
「恒の、バカ」
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