▶⑤

 鳩の羽ばたきと共に動き出した世界は号砲に聞こえる。青い光はまるで道案内のようだが、俺は暗号が解けているから青で示された道しるべに頼らなくても目的地には着ける。きっとそのときに今隣にいる少女の体をした神様に頼ることになるだろう。

 

 照神に出された謎の答えは工場だ。一文字目はカッパとオミクロンとウプシロン。それぞれ該当するアルファベットを当てはめてKOU。

 二文字目はイオタとオミクロンとウプシロン。一文字目と同様にしてJOU。二文字続けてKOUJOU。札幌にある工場といえばサッポロファクトリーしかない。

 

 俺はそれから一度も止まらずにファクトリーに着いた。全部青信号だったからすぐに着いたはいいんだけど、いったいどこにいるんだろう。ここは様々な事が詰め込まれた箱だから巡るときも探すときも迷う。映画館やゲームセンター、おしゃれ? な買い物もできるだろうし、一階のお菓子はなかなかに美味だ。加えてイベントステージまである。毎日札幌民が遊びに来るスポットだから人数が多いのだ。正直なところここを監禁場所にしているとはなかなか思えないのだが。

 全く息が上がっていない少女に時間を尋ねるとあと五分だという。ここまで来たら教えてくれてもいいものだが、神様もこれ以上のことは知らないらしい。

 詰んだ。

 将棋でもチェスでも王が取られたら意味がない。俺のような歩が死のうが生きようが、ポーンがクイーンになろうとも王の首を取られたら意味がない。

 どうすればいい。いったいどこなんだ。何をすればいいんだ。

 俺は名探偵でもなければその助手の椅子にすらきちんと座れない分際だ。名推理やひらめきや適格なアドバイスを出せるような気の利いた人間じゃない。今までも最悪のケースを考えてみたらそれと同等かそれ以上にひどいことが殆どだ。多少軽くても状況が悪いケースがいつものこと。日常茶飯事で決まりきった慣例的平生が凡才凡俗して例外なくワンパターンでポピュラーでマンネリしたルーティンワーク。

 そう。いつも同じ。同じなら迷う必要はないじゃないか。やることは変わらない。

 ふぅ。

 落ち着いて考え直す。

 やり直す。

 彼らがやる最悪の場合は色内先輩を殺すこと。でもそんなことはきっとしない。今回の事件が坂田京介の問題の延長であることは間違いない。だとしたら犯人は東楽園花と坂田京介が付き合うことによって不利益を被る人間。これに関しては対象者が大すぎるが、行動に移せる人物はそういない。やはりそれなりにその道に精通していて長けている人物。またはそういう人間を動かせる人物。動かせる人物を動かせる人物がいたとしたら。

 色内先輩がいなくなることで困る人間。東楽園花は先輩の友人であるから当然心配にはなる。坂田京介と交際したことに対する腹いせや嫌がらせの一つか。もしも何か一矢報いるとしたら本人である坂田京介の彼女を攻撃することは考えにくい。そんなことをしたら坂田京介が悲しむ。

 だとしたら、そういうことなら。

 最悪だ。本当に最悪の展開だ。抽象的で悪いが、今は考えが出たらすぐに行動しないと。こういうの好きじゃないけど何せ時間がないんだよ。好き嫌いで判断してるときじゃないんだ。

 爆発はそんなふうに俺が外で四苦八苦しているときに起きた。



 悲鳴と煙が上がり、人々は一目散に逃げ出してきた。すぐに一般客は避難誘導されて消防警察が飛んできた。建物内では犯人グループが人質を取って籠っているらしい。最近の報道能力は素晴らしいので、速報でもうやっている。手持ちのスマホ様から情報を頂いた俺はテレビまで視聴できるこの子は有能すぎると感心していた。

 なぜにこんなにも落ち着いて余裕なのかというと、被害に遭っているのは先輩ではどうやらないみたいだからだ。機動隊っぽいのが出てきて物騒な雰囲気になっても不安にはならず、俺はその便りになる装甲に逆に安心したぐらいだ。

 照神様によると俺は時間に間に合ったそうだ。時間は問題ない。問題ないだけで事件は終わっていない。解決しないと俺が悲しむ。

 それじゃあ解決のために神の力とかいうのを一つ見せてもらおうか。

 

 一人怪しげに笑うガヤ内の一人である俺を後ろ目に特殊部隊は突入していった。

「警察が今突入していきました。中の様子はどうなっているのかこちらからは確認できません。今、たった今警察が、」

「こう、すごいね。でもどうするのどうやっていろなたすけるの。——ってあれ、こう?」

 俺はその時にはもうガヤは辞めていた。



 警察の特殊部隊のおかげで大仏綾香は人質から解放されていた。こんなところで世間を騒がすような事件が起こるとはとんでも想定外だったけど、俺にとっては好都合だった。二階に上がっていた俺は怯えて何かを恐れている大仏綾香と目が合った。安心しな、お前の不始末は俺が片づけておいてやる。

 申し訳ないけど、警察の皆さんにはもう少し付き合ってもらいます。

 刑事が犯人を連行して行くと同時に超武装したおっかないお巡りさんたちは二階へと階段を駆け上がってきた。俺はお巡りさんを連れてそのまま直進する。俺はもう走らなかった。走らずに走った。堂々と憎たらしい顔で走った。先ほど眺めていた時計の上を歩いてまっすぐ進む。目の前にはトイレしかない。もちろん男子と女子の二つ。そしてそのままついこの間罪を犯したばかりの俺はそれを重ねた。女子トイレの扉を何の躊躇いもなく開けると一行は中へと入る。一番奥の故障中と書かれた個室のドアを見つけて、あかなかったから蹴とばした。

 

 俺は長い溜息を吐いた。大きく大きく長く。参上する王子様側って案外緊張するんだな。

 一歩下がって勢い任せに個室の壁を蹴飛ばした。コンクリ偽装の扉は吹き飛び警察が雪崩れ込んでいく。小さな隠れ家アジトにいた半裸の男性計四名はすぐに制圧された。タバコと酒が臭かった。

 秘密の部屋で俺が目にした光景はもう絶望だった。肩が震えているのにも気づかずに膝から崩れ落ちそうだった。

 俺は顔を引きつらせて頑張って堪えて耐えて踏ん張って握って立ち続けて

 できなくて、

 警察に拘束されて連行される四人全員の顔面を一発ずつ殴った。



 先輩は繋がれて囚われていた。全裸で拘束されていた先輩の鎖は俺が全部引き千切った。そして受け止めた。

「遅くなって、すいません。ごめんなさい。先輩」

「……こう。ありがとう。助けてくれて、ありがとう。こう

 弱弱しく擦れて零れかけた命は確かにここにある。力ない抱擁に力任せに抱擁を返す。確実さが欲しくて、不安を取り払いたくて、安心したいだけの我儘で静かにキスをした。今度は頬じゃなくて色が残る唇に。

 その後、毛布を持ってきてくれたお巡りさんに先輩を預けて任せた。彼女の体は痣だらけで痛みまくっていた。

 だから俺は逃げたくて感情的になった。

 

 ▶

 残酷だ。

 良かった。

 最悪だ。

 よかった。

 悔しい。

 悲しい。

 苦しい。

 でも

 生きてて

 よかった。

 ▶

 

 悔しくて仕方がないけど生きていてよかった。間に合わなかったけど間に合って本当によかった。



うぅ。



うぅぅ。




 ▶あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああこのくそったれがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ▶

 






▶ ▶ ▶



 翌日になった。先輩は怪我と精神治療のために市内の病院に入院となった。放課後にいつもの流れでこの校長室が懐かしく思えるようなぐらい俺は疲れていたようだ。自覚なかったんだけど擦り減っているものだ。普段ならお茶汲してもてなすんだけど、今日は照がやってくれるらしい。神の入れたお茶なら何かご利益がありそう。最高のお通しだ。

 パイプ椅子を逆に座るような礼儀悪さは今日はなく、その代わり背もたれを起点に体が梃子てこの原理になっていた。アルキメデスじゃないけど地球とか動かせそうだ。支点・力点・作用点。

「人の力じゃ無理ですよ。神さまならまだしも」

 また読心術かよ。

「それなら、照がちゅーとかしてくれたらできそうだな」

 呆れられた。心を勝手に読むものだから仕返しに冗談でいじってやっただけなのに。釣れない神だ。

「つまり、これは沓形恒に対する復讐であって別に虹別色内に直接的な悪意があったわけじゃないのか」

「……少しぐらいは、ありました」

「それはどうして?」

「……相談に、乗ってくれた数少ない人だったから、裏切られたのが悔しかった」

 大仏綾香はどこで知り合ったのか放浪しているだけの遊び人と知り合いになり、彼らに仕事だと言って雇ったんだそうだ。資金源は実家。どうしても金が掛かる学校には金持ちばかりが集まってしまう。

 今回の問題のトリガーとなったのは他でもないこの俺だ。俺は東楽園花と坂田京介が交際することを事件の解決策に選んだ。だからその後に起こることを予期してアフターフォローすべきだったことをしなかったのだ。

 そもそもこの事件は大仏綾香の依頼が起点。告白したいけど先客がどうやらいるようだからその真意を確かめてほしいという依頼。でも俺はおざなりに済ませた。唯一の頼みの綱だとは露程にも知らず勝手に引かせた。そんなことは求めずにただ応援してほしかったはずで、それでも俺は全体の利益を優先させた。

 いや、東楽園花の涙から始まっていたものを本人の意思だとか言って結論・後始末を押し付けたことが問題なのかもしれない。俺が俺の正しいと思ったことをやっていれば先輩は被害に遭わずに済んだんじゃないか。俺はさっきからすべてが失敗に思えてきて苦しかった。

 悔いてばかりで空っぽの涙ばかりが流れた事件だった。これにて一連の事件は本当に落ち着きを見せたことになる。


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